医学界新聞

連載 市場原理に揺れるアメリカ医療(26)

医療戦国時代(2)-老舗病院の苦闘-

李 啓充 Kaechoong Lee
マサチューセッツ総合病院内分泌部門,ハーバード大学医学部助教授


 マサチューセッツ総合病院(MGH)とブリガム&ウィメンズ病院(BWH)の合併に端を発した医療業界再編の動きの中で,ハーバード関連病院が着々とシェア拡大路線を展開してきたのと対照的に,深刻な経営危機に喘いでいるのが,タフツ大学医学部の中枢教育病院であるニューイングランド医療センター(NEMC)である。NEMCは,創立から200年とマサチューセッツ最古の伝統を誇る病院であり,米独立戦争の英雄ポール・リベアもその創立者の中に名を連ねている。臨床・研究ともに全米でも有数のレベルを誇るNEMCであるが,80年代後半の過剰投資が祟り,現在2億4000万ドルの負債を抱えているといわれている。

追い詰められたNEMC

 生き残りをかけて,NEMCは必死となって合併先を探したが,その道のりは平坦なものではなかった。最初はベス・イスラエル病院,次にはパートナーズ社との合併交渉が行なわれたが,NEMCの財政事情のあまりの悪さに「合併しても負債を抱え込むだけ」と,これらの交渉は不調に終わった。また,NEMCの医師たちの間に「ハーバード系の病院に吸収合併された後には,タフツ系の自分たちは二流市民扱いを受けることになる」という拒否感が強かったことも,合併交渉が不調に終わった一因となったといわれている。
 「借金を肩代わりしましょう」と次に名乗りをあげたのが,あのコロンビア/HCA社(以下コ社)である。利潤追求のために医療を食い物にしているという悪役イメージがつきまとうコ社にとって,ボストンのアカデミズムを象徴するNEMCを支配下におくことは特別の意味を持っていたのである。また,NEMCの莫大な負債を抱え込む資金的余力がある交渉先はコ社以外に見当たらず,「NEMCも,いずれは金の力ですり寄るコ社に身売りするしかないだろう」というところまで追い込まれたのであった。
 NEMCの救世主は意外な方向から現れた。97年1月,マサチューセッツ州の隣,ロード・アイランド州に本拠を置くライフスパン社との合併が発表されたのである。ライフスパン社はブラウン大学医学部系の病院を軸にロードアイランド州で系列化・拡大化路線を進めてきた医療企業である。市場拡大をめざし,マサチューセッツ州に地歩を築きたいライフスパン社にとって,NEMCは格好の提携先であった。また,タフツ大学系のNEMCにとって,これまで何かと痛い目にあわされてきたハーバード系の病院の軍門に下るのと違い,ブラウン大学系のライフスパン社と提携することには何の抵抗もなかった。

ハーバード系のHMOが契約を拒否

 NEMCの現在の苦境の背景には,タフツ,ハーバード両医学部間の確執があるといわれているが,これを理解するためには,マサチューセッツ州におけるHMO成立の歴史を遡らねばならない。マサチューセッツ州最初のHMOはハーバード・コミュニティ・ヘルス・プラン(HCHP)社であるが,HCHP社は,1969年に当時のハーバード大学医学部長,ロバート・エバートにより創設された。今でこそ,HMOは医療保険の主流となっているが,「被保険者は保険料の形で医療費を前払いし,保険会社に社員として雇われた医師にかかる」というエバートのアイデアは,当時としては革命的なものであった。
 現在,HCHP社はハーバード・ピルグリム・ヘルス・ケア(HPHC)社と名を変えているが,被保険者100万人と,マサチューセッツ州最大のHMOに成長している。HCHPを創設する際に,エバートはハーバード大学学長を説得し新たなHMOにハーバードの名をつけたが,ハーバードのブランド名を冠したことが今日のHPHC,ひいてはHMO一般の隆盛に寄与したことは疑いを入れない。
 ハーバードのHCHPに対抗してタフツ大学が自前のHMO,タフツ・ヘルス・プラン(THP)を設立したのは1981年である。そのTHPが,被保険者80万人と,今やマサチューセッツ州第3位のHMOに成長し,HPHCと厳しく競合しているのである。
 現在,HPHCはNEMCとの契約を拒み,保険加入者のNEMC受診を実質的に不可能にしている。わざわざタフツ系のNEMCに患者を回し,敵に塩を送る必要はないというわけである。「病院間の競争を促して被保険者によりよい医療を提供するためには契約病院を選別する必要がある」というのがHPHCの説明だが,NEMCを提携病院に入れたからといってHPHCが特別困る理由も見当たらず,契約からの排除はタフツ系のNEMCに対する嫌がらせであるといわれている。
 ただでさえ厳しいシェア争いが展開されている医療市場の現状にあって,州1位のHMOが擁する100万人の患者マーケットから排除されているのであるから,経営難に喘ぐNEMCにとってHPHCのネットワークからはずされている事態は深刻である。ライフスパン社との合併が決まった後,NEMCは「HPHCが契約を拒否しているのは独占禁止法に触れる」と,マサチューセッツ州政界に対し強力な政治キャンペーンを展開したが,現在までHPHCとの契約を確保することには成功していない。

楽観できない予後

 一方,ライフスパン社との合併という好機を捉え,NEMCは,タフツ大学系の他の病院に対する合併・提携強化交渉を開始するという反攻作戦に転じたが,逆に今まで以上の苦戦を強いられることとなった。
 タフツ系の基幹4病院のうち,ニュートン・ウェルスリー,ファークナーの2病院が,こともあろうにパートナーズ社に切り崩されてしまったのである。また,合併先のライフスパン社自体の財政悪化も伝えられ,一度はNEMCとの合併を認可したロードアイランド州総検事局も,「ライフスパン社の厳しい財政状況を知らされていなかったから」と,合併申請を再審査する決定を下している。
 ライフスパン社に救済されたかに見えたNEMCであるが,その予後についてはまだ楽観することはできないのである。「マサチューセッツ州は病院過剰状態にあり,すべての病院が救済されなければならない理由などない」とは,MGH院長兼パートナーズ社CEO,サミュエル・シーア医師の言葉である。

この項おわり