医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


若い心臓外科医必読の1冊

CABGテクニック 南淵明宏 著

《書 評》佐野俊二(岡山大教授・心臓血管外科学)

 日本に冠動脈バイパス術(CABG)専門の心臓外科医は数多くいるが,欧米の専門家と比べると残念ながらプロ中のプロと呼べる人はそう多くはいない。
 オーストラリアで一,二を争うCABG外科医である,Farnsworth先生のもとで厳しいトレーニングをし,帰国後,新東京病院,湘南鎌倉総合病院,大和成和病院で,年に100-200例の冠動脈バイパス術を,30歳代という若さで,それもchief surgeonとして行なっている南淵明宏氏は,欧米の一流CABG専門医に勝るとも劣らないプロ中のプロであろう。

手術のコツや考え方が手にとるようにわかる

 自分が習得したCABGの手術手技のみでなく,手術に対する姿勢,術前術後管理に至るまで,今までさまざまな機会に発表してきた南淵氏がついに『CABGテクニック』という1冊の本を上梓された。読めば読むほど,CABGのテクニックだけでなく,氏のPTCAやCABGに対する考え方が如実に理解できる。今までの成書にはあまり記載されていなかった手術の細かいコツ,考え方が手にとるようにわかる素晴らしい本である。若い心臓外科医のみならず日常CABGを行なっている心臓外科医が迷ったときに一読すると,Farnsworth先生(彼の行なう年間600-700例の心臓手術中そのほとんどはCABGであるという)がその質問に答えてくれる,そんな気がする本である。もちろん,氏自身がその後経験した多くの症例がその上に加味されているのは言うまでもない。
 静脈グラフトに始まり動脈グラフト,そして最新のmid CABGに至るまで,術中写真やイラストをふんだんに用いてわかりやすく記述され,この本を一読すればあたかも自分がCABGの大家になったような気にさせる。
 氏は,1995年により岡山大学医学部心臓血管外科の非常勤講師として学生への講義だけでなく,時には若い医局員の目の前でCABGを実際に行ないトレーニングしてくれているが,見るたびに氏のCABGテクニックも洗練され上達しているように思われる。Farnsworth先生が氏を日本を代表するCABG外科医と絶賛するゆえんであろう。
 この本を通じて,実際に役立つCABGのテクニックと考え方を1人でも多くの心臓外科医,特にこれからの若い心臓外科医に学んでほしい。そして,南淵明宏氏が数年後にさらに洗練されたCABGのテクニックと考え方を書いた改訂版を出版されんことを願って止まない。
B5・頁160 定価(本体9,000円+税) 医学書院


大脳半球機能に関する問題を論ずる時に

左の脳と右の脳 第2版 S.P.スプリンガー,他著/福井圀彦,河内十郎 監訳

《書 評》岩田 誠(東女医大教授・神経内科学)

右脳信仰とは何だったのか

 一時期,「右脳思考」という言葉がはやったが,今でもそのような言葉が使われることは稀ではない。個人のレベルでも,社会のレベルでも,思考が行き詰まってしまった時には,発想の転換が必要になる。そんな時に突然,思いもかけなかった素晴しいアイディアが浮かび出てくると,どういうわけだかそれは「右脳思考」であるとされることが多い。一般社会の「科学的」常識では,論理的,演繹的な思考に対する直観的な水平思考は右半球の働きであると信じられているようだ。
 一方,『脳の右側で描け(Drawing on the Right Side of the Brain)』という有名な本を著したBetty Edwardsの絵画教育は,造形芸術の実現が右半球の所産であるという信念に基づいている。しかし,彼女の提唱する描画の学習法はきわめて分析的,かつ論理的であり,決して直感に頼った感覚的描画法を教えてはいない。したがって,彼女の提唱する描画教育の結果,ヒトは本当に右脳で描くようになるのかどうか,それは甚だ疑問である。これらの考え方は,様々な局面において困難に立ち向かった場合,新しい発想法により自らの能力を飛躍的に高め,その困難を一挙に解決したいと願いを実現してくれる「右脳信仰」の表れなのである。
 ヒトの精神活動の基盤となっている様々な知的機能を,左右の半球に各々分担させて考えることを,二分法(dichotomy)理論と言う。失語症の病変はほとんどが左半球にあるため,ヒトの言語機能は左半球に偏在しているであろうと考えられたことに対し,それでは右半球は何をしているのだ,という問題が浮かび上がってくる。これに答えるために様々な臨床的事実や実験結果が蒐集された結果,左半球と右半球には,それぞれ反対側の半球は持っていない得意な能力があり,ヒトの知的活動は右と左の半球が分担して実現されているという考え方が一般的に信じられるようになった。その結果,ヒトの知的機能の大部分が,右半球か左半球かの特異的な能力に由来すると考えられるまでに至っている。これが二分法理論であり,これによって生まれてきたのが,右半球能力の重要性を極端に強調する「右脳信仰」なのである。

冷静な考察のもとに

 ここに紹介する『左の脳と右の脳』(第2版)は,このような「右脳信仰」に対抗すべき冷静な考察の書物である。左右の大脳半球に機能的な側差があることは事実であるが,本書では,それをどのように解釈すべきか,どこまでが言えて,どこからが言えないのかを,きわめて詳細に掘り下げて論じてあり,読み進んでいくと,この大きな問題には未解決の部分が大きいことを改めて実感させられる。失語症の歴史的考察や,用語法,図等に細かな問題点を指摘することもできなくはないが,それを補っても余りある読みごたえである。医学の分野のみにとどまらず,ヒトの営みを扱うすべての研究分野において,左右大脳半球の側差にかかわる問題を論じようとする人々には,ぜひとも一読を奨めたい。
A5変・頁430 定価(本体4,800円+税) 医学書院


がん治療の最新情報を速やかに医療現場に

専門医のためのがん治療学レビュー'98 最新主要文献と解説
西條長宏,加藤治文 監修

《書 評》高久史麿(自治医大学長)

 『専門医のためのがん治療学レビュー'98』西條長宏,加藤治文監修(総合医学社)の書評を頼まれ,その実物を見て企画のユニークさに感心をした。同社から出版されている「専門医のためのレビュー」シリーズはいずれも同じスタイルであると考えられるが,本書も各項目で筆者が引用する文献を1996年4月-1997年3月に絞り(中にはもう少し旧い文献も散見されるが),その内容を中心としたレビューがなされている点がこのシリーズの特徴である。本書ではまた,編集担当の方が参考論文のimpact factor(IF)を各レビューごとに計算し,その値が各論文の上に記載されているが,このこともユニークな試みであると言えよう。監修の方々が「序文」に述べられているように,このIFの値を見ることによって,がんの治療学でどの分野の研究が最も先鋭的な仕事をしているかがわかるであろう。またこのIFの値は,執筆の方々がどれだけよい論文を拾い上げたかということの指標にもなると考えられる。

各治療法のstate of the art

 本書の目次の中で目立つことは手術療法,放射線療法,化学療法の各々について“state of the art”が要領よく述べられていることである。このことによって読者はこれらの治療法の現況の概略を知ることができる。また各レビューごとに「最近の動向」が短くまとめられていること,さらに「文献」を従来のように末尾に並べるのではなく,本文の右側に記載して参照しやすくしたことなども本書の大きな特徴である。
 現在,ある程度以上の規模の病院では,がんの治療を受けている患者が,入院患者の中の大きなパーセントを占め,その割合は年々増加するものと考えられる。当然がん治療の進歩も年々その速度が速くなっている。このような時代にあって医療の現場でがん患者の治療に当たっている医師は,常に新しい情報を入手し,その情報を医療の現場で利用しなければならない。本書はこのような現場の要望に応えるべく,企画されたものと理解している。事実各レビューの執筆者の方々は,各々の専門分野の第一線におられる方々で,各レビューは現在の世界の流れをよく把握した内容のものとなっている。この他,現在話題になっているICH-GCP,psycho-oncology,化学予防,などがトピックスとして取り上げられ解説がなされていることも本書の特徴と言えよう。
 医学の各専門領域のアニュアルレビュー的な本は,欧米では以前から出版されており,歴史の長い有名なシリーズが多い。わが国でも少し前から同じような目的を持ったレビュー書が刊行されるようになったが,この「専門医のためのレビュー」シリーズでは色々な新しい試みがなされている点が注目される。『専門医のためのがん治療学レビュー』が毎年刊行され,がんの治療に関する新しい情報が速やかに医療の現場に伝達されることを期待している。
A4変・頁240 定価(本体9,800円+税) 総合医学社


硬化療法の実際をわかりやすく解説

下肢静脈瘤硬化療法の実際 岩井武尚,他 編集

《書 評》久保良彦(旭川医大副学長)

配慮の行き届いた専門的指導書

 下肢静脈瘤に対する硬化療法の歴史は,わが国ではきわめて浅いと言わなければならない。しかし,その拡がり方はまるで燎原の火のようであったことが印象深く思い出される。数人のパイオニアの努力で1991年に全国規模の研究会が持たれ,それが契機となって一気に花開いた感がある。硬化療法に熱心な医師のいる地方病院には評判を聞きつけた患者が近郷近在から集まり,年間100例単位の患者が治療を受けている。
 多くの症例で日帰り治療が可能という低侵襲性が,その適用患者数の増加をもたらしていることは論を待たないであろうが,さらに,この治療法の実施面での高いコンプライアンスもその普及に大きく関わっている。すなわち,使用薬剤の種類,濃度,注入方法,注入量,圧迫方法,外科療法との併用などに多少の修飾が加えられても,ほとんど同じような効果があげられ,しかも危険な合併症はほとんどみられない。言い換えると,誰でも取りつきやすい治療法ということができる。それだけにこの治療法の正しい普及のため,十分配慮の行き届いた専門的指導書が待ち望まれていた。
 このたび,わが国の下肢静脈瘤硬化療法が今回のレベルに到達するのに中心的役割を果した研究者の手になる『下肢静脈瘤硬化療法の実際』が上梓された。
 今日までの硬化療法の概括,必要な基礎医学的・薬学的知識,手技,合併症,予後などがコンパクトにまとめられており,現在のわが国のトップレベルが示されている。とりわけ,それらが中期的予後を除いて,「硬化療法単独で治せる静脈瘤」と「付加処理を要する静脈瘤」とにはっきり区分して解説されている点が読者にわかりやすく,これから本法を手がけられる医師に大変親切な入門書となると思われる。

詳細なデータで症例報告を

 さらに本書に特徴的なのは詳細なデータが記録されている症例報告が多数収載されている点である。入門者はもちろんであるが,本法に経験豊かな医師にとっても示唆に富むものであると思われる。
 医療の低侵襲化が大きな流れとなっている今日,下肢静脈瘤硬化療法の専門的指導書である本書が,下肢静脈瘤硬化療法の適正な普及に役立ち,さらに,なお未解決な点の多い本法研究の新たな展開のいとぐちとなるよう願ってやまない。
B5・頁208 定価(本体8,500円+税) 医学書院


研修医にとっての真の実用書

外来診療・小外科マニュアル 「臨床外科」編集委員会 編

《書 評》藤川貴久(天理よろづ相談所病院・腹部一般外科)

 近年では,医療が専門分化しすぎてしまったという反省を踏まえて,卒前・卒後教育において総合診療を重視する傾向が徐々に出てきており,特にプライマリ・ケアに最低限必要な手技の習得は一般外科医のみならずすべての研修医に必須となってきている。日常診療ではあまり遭遇しないようなめずらしい疾患やその治療を覚えるより,プライマリ・ケアをきちんとした形で習得するほうが大切である。こうした傾向を踏まえて,本書のような日常外来診療で役立つ実用書のニーズは研修医全般に確実に広がってきている。

外来診療に重点を置いた編集

 本書の内容は非常に多岐にわたっている。外来患者の基本的な診療法に始まって,各部の外傷性疾患(顔面外傷/骨折,胸壁や腹部の外傷,四肢の損傷,尿路外傷など),いわゆる一般外科関連疾患(乳腺腫瘤,女性化乳房,褥創,肛門疾患,嵌入爪,鼠径ヘルニアなど),整形外科関連疾患(各種骨折,脱臼,関節損傷,四肢切断など),その他(にきび,鼻出血,頸肩腕症候群,帯状疱疹,腰痛,腱鞘炎,薬物中毒など)といった具合である。これらはいずれも,各専門科の枠にこだわらず,いわゆる小外科を中心とした外来診療に重点を置いた編集の結果であり,広い意味での“プライマリ・ケア”を意識したものといえる。広く内科系を含めた研修医にとっての外来診療研修に有用であるのみならず,専門外科医にとっても日常の外来診療においてよく目にする専門領域以外の疾患への対応に役立つと思われる。
 一方,本書の各項目はそれぞれの著者がそれぞれの経験をもとにして記述しているため,本書全体としてはやや統一性に欠け,全文を通読することはやや困難な印象を受ける。これはある程度しかたのないことで,特に日常診療における小外科的処置などは,経験に裏打ちされた工夫や知識の集積といったものが実は非常に有用である。“日常外来診療”に重点を置く以上はむしろ各著者の工夫や“コツ”を最大限に読者に伝えられるように,本書のごとく各項目が独立した形をとるほうが好ましいと思われる。
 本書はあくまで実用書であり,必要に応じて患者の訴えや疾患に該当するページをめくり,診療に役立てるといった使い方が最適である。内科,外科を問わず広く一般臨床医,特に研修医にとっての真の“実用書”となると思われ,ぜひ一読をお勧めしたい。
A4・頁376 特別定価(本体7,800円+税)「臨床外科」第52巻11号(増刊号) 医学書院