医学界新聞

突然死に見舞われ時の家族ケアを実演

第31回日本腎移植臨床研究会看護部門開催


 さる1月22-24日の3日間,第31回日本腎移植臨床研究会(世話人=北里大学教授 遠藤忠雄氏)が,横浜市の新横浜プリンスホテルで開催された(本紙2277号にて一部既報)。同研究会では,初日に開かれた腎移植連絡協議会での「小児死体腎移植の適応について」の検討や第1回JATCO(日本移植コーディネーター協議会)研究会での「脳死臓器提供机上シミュレーション」に引き続き,23-24日の両日には,医師部門および看護部門(世話人=北里大病院 石井か代氏)のプログラムが行なわれた。なお,看護部門では33題の研究発表の他,内藤雅子氏(北里大)による教育講演「アンケート調査のあり方」や「患者からの発言」(心のウエルネス研究所 下郡山祥二氏),ワークショップ「家族ケアの実際」(北里大病院救命救急センター 堤邦彦氏)が行なわれた。本号ではこのワークショップを中心に報告する。

突然死を告げられた時の家族の思いは

 今回のワークショップは,「白衣を着ている実際の臨床現場の雰囲気を設定したロールプレイの中から,家族の思いを共有することで,家族ケアの実際を考えたい」(司会=石井世話人)との主旨で企画された。
 最初に堤氏が,患者家族を中心とした「家族ケアの実際」を口演。移植に際しての,発症から入院,脳死判定,臓器摘出に至る経過時間の中での救急医,看護婦,コーディネーターなどの医療サイドのかかわりを,ドナー側とレシピエント側の立場から概説。レシピエント側の患者・家族の心情として「回復の希望,死への恐怖,他人の死を待つ罪悪感」などをあげた。一方,ドナー側としては「突然発症への困惑,動揺,対象喪失の不安,受容否認,医療不信,移植に対する家族間の食い違い」などをあげた他,医療者側にも「救命・延命医療の敗北感」が残ることを指摘した。
 続いてのロールプレイの設定を,「困惑する家族にどう対処するかを参加者とともに考えたい」と紹介。ロールプレイへのウォーミングアップとして堤氏は,参加者に配付した4枚の紙に「自分にとって大切な人」の名前とその人との最近の出来事を記入させた。その後にペアを組んだ相手に1枚を選んでもらい,その紙を捨てさせた。堤氏は,「その捨てられた人が,今,交通事故に遭い亡くなったという連絡が入りました」と解説。会場は一瞬静まり声がなくなった。不慮の死に対し,「その時自分はどう感じたかが家族の思いである」として,その時の家族にどのようなケアができるのかが,ロールプレイのテーマとなった。

家族の反応と看護婦の対応

 ロールプレイで設定された状況は,
・患者:18歳の大学1年生,男性
・家族:父(51歳)銀行員副支店長
    母(43歳)主婦
・状況:(前日21:30)オートバイの自損事故により,救命救急センターに搬送。脳挫傷。一命はとりとめたが,望みはなく臨床的脳死状態に近く,家族の面会は自由。
(当日15:00)医師から臨床的脳死状態であることを話すために面接。医師は,検査,CTの結果を家族に報告した後に,移植コーディネーターの説明を聞く意思があるかどうかを尋ねた(患者はドナーカードを所持していた)が,父親は「考えさせてほしい」と回答。医師は,十分に話し合ってから答えを出すように伝えた。両親は再び息子の病室に戻った。看護婦のあなたは,様子を見に病室に入ったところ,母親が号泣しており,激しい動揺を感じたために,両親を別室に案内した。
 両親役を俳優が演じ,看護婦役2名は藤田保衛大病院の現役看護婦が務めたが,夫にすがりつき号泣する妻,そして医療への不信を表出する夫に対する看護婦の対応(声かけ)がリアルに表現された。
 「まだ温かいし生きている」「脳死って言われたけれど……」「医者は何もしていないじゃないか」「昨夜は一命をとりとめたと言われ,さっきは脳死,絶望と言われ,数時間でそんなに変わるものなのか」「大学に入ったばかりなのに,私よりなぜ早く死ななくてはならないの」「なんとかしてくださいよ」などの両親の言葉に対して,看護婦はほとんど無言で,妻の身体に接しながらも聞くだけの対応であった。

危機はピンチでもありチャンスに

 約15分のプレイ後,参加者の代表となった10名が,家族および看護婦の対応をチェックした内容を報告。家族の反応には,「信じられない落胆→怒り→すがる思い→自責の念→困惑の状況が見られた」という声が。また,家族の思いを代表する母親役からは「医師からもうだめだと言われた後では,どうしていいかわからなくなってしまった」,父親役からは「危篤だと言われたが,温かな息子をみて困惑した。頭では理解しても現実の対応は夢うつつ状態。脳死とはどういうものなのかの説明がされていなかった」との声があった。
 また,看護婦の対応に「看護婦自身に困惑があったのではないか」「共感しようという心づもりは,母親の背に触れるしぐさに現れていたが,『大丈夫ですよ』とは言えない状況では,声かけは難しい」と参加者。看護婦役は「感情を表出させるように努力したが,家族の感情に動揺し,不必要な言葉はかけられなかった」と述べた。
 その後,「脳死の説明を……」という父親の言葉が家族・看護婦関係の流れを変えるかもしれないとのことから,医師から改めて脳死の説明をしてもらうという設定で,再度プレイが試行された。しかし,「脳死になっても患者さんの身体は,ピクッと動くこともある」との看護婦の説明が,「息子はやはり生きているのでは」との疑念につながり,家族の感情は悪化し,看護婦の声が耳に入らなくなってしまった。
 家族も危機に陥っているが,看護婦も危機に陥った状況が改めて浮き彫りにされたが,アドリブでありながらもリアルなプレイに会場は圧倒され,その状況設定は日常の医療現場を彷彿とさせた。
 堤氏は最後にあたり,「このような患者家族の危機は,家族のみならず医療者側にもピンチとなるが,その感情を理解し対処を考えることで,双方がよりよい関係へ向かうチャンスにもなりえる」と述べたが,改めて家族・看護婦関係を考えさせられる有意義な試みであった。