医学界新聞

第30回目を迎えた聖路加看護大学公開講座

「看護教育における倫理」をテーマに開催される


 1971年に始まった聖路加看護大学公開講座は,第1回のテーマ「水と電解質バランス」以来,バイタルサイン,POS,看護計画から看護教育方法など,医療・看護界をリードするテーマを取り上げ開かれてきたが,さる1月10-11日の両日,第30回を迎える聖路加看護大学公開講座(委員長=小島操子氏)が,聖路加看護大学アリス聖ジョンメモリアルホールで開催された。
 開催にあたり小島氏は,「昨年の臓器移植法や,介護保険の成立に伴い,看護職は改めて人の生老病死にかかわる問題に,専門職として倫理的判断を迫られる場面が激増することが考えられる。しかし,看護基礎教育における倫理の教育は組織だったものがなく,看護教育者個人の考えに任され,模索しているのが現状」と問題提起。今回は,看護職者や看護学生が倫理的判断能力を適切に養う機会になるべく,「看護教育における倫理―課題と実践への応用」をテーマとした。


倫理教育はなぜ必要か

 同公開講座が「看護と倫理」をテーマに取り上げたのは今回が2度目。前回は第19回(1987年)にアンJ.デービス氏(現長野県看護大教授),サラT.フライ氏(ボストン大教授)らを講師に,「看護研究における倫理的課題」をテーマとした。「前回は看護教育における倫理まで掘り下げることができなかった」(小島氏)ことから,今回は視点を変え,再度2氏に参加を依頼,さらに日本側からは手島恵氏(ミネソタ看護大博士課程)が講師に加わった。
 今講座では,(1)倫理の概要,(2)学士課程における倫理教育,(3)倫理教育の看護実践への応用,(4)大学院における倫理教育,(5)教育における倫理的課題の5部構成の講演の他,「看護実践における倫理と人権問題に関する調査」の日米双方の報告,さらにパネルディスカッション(司会=聖路加看護大 小澤道子氏,横山美樹氏,パネリスト=フライ氏,手島氏,小島氏,コメンテーター=デービス氏)が開かれた。

倫理の概要と実践への応用

 フライ氏は倫理の概要に関して,(1)価値観の形成と価値観の葛藤,(2)倫理観形成のための訓練に大別して解説。(1)では「価値観は人生経験の中で育まれる」と述べ,宗教,文化,教育,人生経験の他,個人の信念や信条によっても価値観が違ってくると指摘。さらに「白衣,ナースキャップが看護婦の象徴とされた時代と,ほとんど着用しなくなった現在とでは価値観が変わったように,価値基準も変革する」ことを述べた。
 (2)では,「人間の行動の基本」とする倫理の意味などについて述べるとともに,規範倫理学,記述的倫理学,メタ倫理学の適用と関係性などを解説。また,権威や直観に訴える倫理に関する方法や,倫理学の理論,倫理の原則,ケアの理論,統合された倫理原則とケアの理論について,患者・看護婦関係などを通して具体的に説明を加え,「哲学的で理論的な原則理論である倫理はすばらしい概念である」と結んだ。
 一方「倫理教育の看護実践への応用」では,看護実践のための倫理概念として,(1)患者の権利および基本的人権に敬意を払い守る「アドボカシー(擁護)」,(2)一般の患者の信頼に対する「責任と責務」,(3)プロ同士の結合による「協同」,(4)看護婦と患者とは特別な関係にあり,特別な責務がある「ケアリング」などをあげ,「看護婦はチームのかなめ役」である意識が必要と述べた。また,「倫理教育の看護実践への応用戦略」として,(1)患者ケアにおける倫理問題に関する意見の一致,あるいは,問題に関しての方針を出す「臨床カンファレンスの実施」,(2)学生間小グループでの「ケーススタディプレゼンテーション」,(3)患者の了解を得て,ベッドサイドでの倫理的分析,能力を発展させる「倫理回診」をあげ,それぞれに解説を加えた。

MCSLとは

 手島氏は,「倫理は教えるものではなく,『自分で考えるもの』と言われていた時代から,『看護婦が倫理的判断をするにはどのような教育が必要なのか』を検討する時代となった。『なぜ倫理教育が必要なのか』の背景には,臓器移植や渡航の容易さからの世界的な感染症の広がりなどが考えられる」と述べ,1989年に米・ミネソタ大倫理教育プロジェクトで開発された画期的なプログラム,MCSL(マッスル:Multi-Course Sequential Learning)を紹介。MCSLの開発には,哲学者ら看護学部外からの識者招聘を行ない,看護の視点の必要性を強調しつつブレインストーミングを繰り返して作成された経過も述べた。
 また,3-4年生の授業に取り入れているMCSLのレベルIとして,(1)基本となる諸概念,(2)演習:疾病を持つ成人,(3)健康の回復と増強:急性疾患の成人,(4)実習:急性の疾病を持つ成人,(5)コミュニケーション技術I,(6)実習:疾病を持つ小児/老人,(7)コミュニケーション技術II(上級)をあげた。さらにレベルIIとして(1)クリティカルケアの基本的諸概念,(2)実習:重篤な状態にある乳幼児,小児,成人,(3)地域の健康と長期ケアの基本的概念,(4)健康診査,(5)実習:小児と家族,(6)看護管理におけるリーダーシップとリーダーに従う能力,(7)実習:個人,集団,地域住民ならびに精神障害,(8)応用臨床研究,(9)専門職の問題をあげて解説。その教育方法として,「無脳症児の臓器摘出」や「未成年の避妊」などをテーマに講義,カンファレンス,ロールプレイを行なっていること,さらに評価方法としての筆記試験や倫理に関するレポート提出で学生の責任感,自立性,創造性を養うことを目的としていると述べた。

医師・看護婦関係

 「看護実践における倫理と人権問題に関する調査」の結果報告は,フライ氏と小島氏が行なったが,日米間に文化の違いなどの背景があるために同一質問に対しての回答に違いが見られるものが多くあった。その筆頭に,その後のパネルディスカッションでも取り上げられた「医師―看護婦関係」がある。日本では「看護職が困っていること」の第1にあげたが,アメリカでは,「看護婦の健康に危険となる可能性を伴うケアを提供すること」「患者の権利と人間の尊厳を守ること」があげられた。
 また,職場に「患者ケアに対する倫理委員会がある」としたのは,アメリカが58%,日本が38.2%,「倫理委員会に所属する看護婦がいる」との回答は,アメリカが97%,日本が87.5%であった。
 パネルディスカッションの中で,「医師―看護婦関係」について手島氏は,「相手にどのように効果的に意思を伝えるのかという,コミュニケーション技能を教育することが必要」と指摘。また小島氏は,「看護婦がアイデンティティを持ち,医師と同等な立場であるという信念が重要」と述べた他,デービス氏は「48年の看護婦生活の中でつきまとってきた問題である。医師を含めた話し合いが必要」とコメントした。
 最後にフライ氏は,「倫理教育を学部に取り入れる前に,教員間での調整・理解が必要」と述べた。また小島氏は,「倫理的に責任のある行為がとれる実践者を育てることが最終ゴール。基礎教育の中での先走らない倫理教育が,学生にも看護婦にも大切である」と述べた。