医学界新聞

第7回日本健康医学会を主催して

野尻雅美(千葉大学看護学部教授)


  

「エコヘルス」を提唱

 21世紀を豊かな世紀にするためには,高齢者のQOL(生命の質,生活の質)を高める研究がより一層深められることが期待されよう。そこで,私が会長を仰せつかい,昨年11月29日に千葉大学で開催した第7回日本健康医学会総会において,メインテーマを「高齢者とQOL」とした。
 また,会長講演「21世紀は生態学的健康観で-健康行動と環境行動-エコヘルス」で私は20世紀をバブルの,そして21世紀をポストバブルの世紀と位置づけ,次世紀には環境行動は健康行動にもまして重要となり,ヘルスもエコロジーのもとに展開されるべきであると提示した。はからずも,地球温暖化防止京都会議の直前に,このような主題について話すことができたのは,図らずもな何かの因縁のようで,生涯の記念となった。

メインテーマ(「高齢者とQOL」)の概念を解説した特別講演

 特別講演は,メインテーマに即して「高齢者のQOL」と題して,柴田博氏(都老人研副所長)にお願いして,現時点における研究成果の総括と,21世紀へ向けての展望を語っていただいた。
 柴田氏は必ずしも一致した見解に達していない「QOLの概念」を,次のように整理された。すなわち,老年学におけるQOLの流れは,社会政策,医学,社会心理学の3つの流れの延長線上にあり,それが合わさってて1つの奔流になっていることを指摘し,これにそって老年学のQOLの枠組みを提案した。
 そして,これまで認められていた4つの要素,(1)客観的QOL(生活機能や行為・行動の健全性:ADL,手段的QOL,社会的活動など),(2)認知されたQOL(生活の質への認知:健康度自己評価,認知力への自己評価,性機能など),(3)居住環境(人的・社会的環境,都市工学,住居などの物的環境),(4)主観的幸福感(生活満足度,抑うつ状態など)に加えて,5番目の要素である「役割達成感」,すなわち就労,家政,相互扶助,ボランティア活動などのProductivityを伴ってはじめて日本的なQOLである「生きがい」になるとし,内外の文献を用いて考察を加えるとともに,自験例によって明解に示された。

シンポ「高齢者のQOLと感覚,運動,性」-“聴覚の立場から”

 この柴田氏の総論的な特別講演を受けた各論的なシンポジウム「高齢者のQOLと感覚,運動,性」(司会=上都賀総合病院長 大井利夫氏,木更津保健所長 小倉敬一氏)では,まず「聴覚の立場から」と題して今野昭義教授(千葉大耳鼻咽喉科)が講演され,臨床の専門家の立場から健康医学に深々と切り込んでいただいた。
 今野氏は聴力は加齢とともに確実に低下すること,その始まりは30歳代で,50歳代で急激に進行すること,環境騒音が多い地域では障害が早期に始まることを指摘し,「老人性難聴の特徴は,(1)言葉の聞き取り能力が著しく低下し,(2)不快閾値と聴力閾値との幅が狭く,(3)高音漸傾向(一部の音は強く,一部の音は弱く聞こえる)であり,この結果,会話に苦痛を感じることが多くなる」と述べた。
 また,老人性の難聴に対する有効な治療法が確立していないために,社会から孤立しがちであり,これを避けるためには,補聴器をうまく使って積極的に周囲とのコミュニケーションをはかることが高齢者のQOLにつながることを指摘した。

“視覚”,および“骨・関節”の立場から

 第2席「視覚の立場から」では,塚原重雄教授(山梨医大眼科)が豊富な臨床経験をもとに以下のようにまとめられた。
 眼疾患は死亡の直接的な原因にはならないが,収集可能な情報全体の80-90%をも失い,高齢者のQOLを著しく低下させ,かつ医療費も増大させる。したがって,将来の老人医療対策として,眼科診療を組み込ませ,失明原因疾患の予防や視覚機能維持を保つことが健やかな老後生活の条件でありQOLにつながる。また,老化による視力低下の現状として,65歳以上では人口10万対の障害者率は緑内障13.6,白内障13.7,糖尿病生網膜症7.1,黄斑変性3.3であり,加齢とともに増加する。
 塚原氏はこれらの疾患のQOL改善のためになされている革新的な治療法を,他分野の会員にもわかりやすく解説された。
 第3席は「骨・関節の立場から」で,鈴木隆雄室長(都老人研社会医学研究系)が講演され,全国にまたがる地域をフィールドした長年にわたる疫学研究の成果をまとめられた。
 高齢期の痛みに伴う骨格系の老化として,1つは骨粗鬆症があり,もう1つは変形性(骨)関節症がある。前者については転倒による大腿骨頸部骨折によりQOLを損なうことが多い。転倒をもたらす因子には,反応性の低下,下肢筋力の減少,平衡機能失調,骨量(骨密度)低下などがある。さらに,骨量低下の予防要因として日光浴,適度の運動,布団で寝る習慣,畳の上の生活,日本茶・適量の飲酒・魚食・納豆・豆腐の摂取などをあげてわが国独自のライフスタイルを見直す必要があると締めくくられた。

“性の立場から”

 第4席は「性の立場」からで,特に「高齢女性と性」という副題で,性教育・エイズ教育の第1人者であり,産婦人科医でもある武田敏氏(千葉大教育学部教授)が,豊富な文献引用と興味ある自験例をもとに講演を行なった。
 高齢者の性は必ずしも性交のみではなく,2人だけで生活を楽しむことでよいとのことや,更年期症状の強い女性に夫のやさしい言葉や思いやりのある態度をとることで治った事例を紹介された。ちなみに,女性の性交の頻度についての全国調査では60歳代前半ではほとんどないが,32.8%,月に1回が31.0%,月に1-2回が23.0%,2週に1-2回が10.1%とのことであった。
 また,夫が高齢女性の身体的変化に無理解であることにより,膣内分泌の低下による性交痛のためにセックスに対して嫌悪感を持つようになることがあり,膣潤滑剤を使用することで,苦痛が和らぎ若々しいセックスができたと喜ばれたそうである。さらに,性ホルモン分泌低下による膣炎などを併発することもあり,ホルモン療法により痛みのみならず各種の自覚症状が消失し,QOLが高まったとのことである。
 いずれのシンポジストも健康医学の理念にそって講演の準備がなされており,特別講演を5題も聞いたような充実感を覚えた。さらにまた,異なった分野の研究素材を提供し合って健康を考えて語ることは本学会の使命であり,それがみごとに達成されたようであった。当日はあいにくの雨であったが,そのお陰もあってか討議時間が20分も延長したにもかかわらず,席を立つも参加者が皆無であった。また,一般演題13題,紙上発表2題があり,どの演題も「健康」を科学的,医学的に解明する健康医学の理念に基づいたもので,活発な討議が展開された。