医学界新聞

ゴードンカンファレンス(GRC):
「時間生物学」に参加して

内匠 透(神戸大医学部・解剖学第2)


 ゴードンカンファレンス(Gordon Research Conference,GRC)は多くの読者もご存じの歴史ある有名なミーティングの1つです。1931年に米国ボルチモアで開かれたのに端を発して,現在は生物学,化学,物理学の分野で年間150のカンファレンス(2-3年ごとに行なわれるものもあるので,全部で現在292のカンファレンスが存在します)に,世界中から1万6000人以上の研究者が参加しています。ニューイングランドのカレッジ,ハイスクールで夏休みに寄宿舎が空くのを利用して,その分野の研究者が世界中から一堂に会し,約1週間まさに寝食を共にする集まりです。
 また,冬には南カリフォルニアで行なわれます。最近はヨーロッパ(イタリア,イギリス)で,1996年には日本でも初めてGRCとして開催されました。
 一堂に会するといっても,参加人数に制限があり,今回私が参加した「時間生物学」には200人ほどの申し込みがあり,約130人がチェアマンより許可を得て参加しました。「時間生物学」は2年ごとに行なわれており,今年は8月10日から15日まで,ニューハンプシャー州ニューロンドンのコルビーソイヤーカレッジで開かれました。
 今回の私の大きな参加目的は,私自身この分野の仕事を始めて日が浅いので,(恥ずかしながら)研究成果の発表というより,この分野の世界の研究動向を知ることと,時間生物学者たちとの親交を深めることでした。幸いにも,時間生物学の素人にもかかわらず,チェアマンであるGene Block氏(ヴァージニア大)のご配慮で参加することができました。
 GRCの「開かれた情報交換」の精神として,ミーティングでの情報を公的利用に用いるのは禁止されていますので,本来私がGRCで知り得た内容を報告することはできませんが,常識的に,また時間が経過したことによりその内容が発表された事柄等,私の判断で取捨選択して報告します。

アウトプットはチャネル,それとも液性因子?

目にもリズムが存在する

 第1日目の「網膜のリズム」(座長=J. W. ゲーテ大 Guenther Fleissner氏)では,まずGianluca Tosini氏(ヴァージニア大)が,網膜にもメラトニン分泌においてリズムが存在することを歴史的な経緯を含めて解説。またCarla Green氏(ヴァージニア大)は網膜のリズムをアフリカツメガエルの系で示しました。特に,アフリカツメガエルを用いたトランスジェニックの実験は,より一般性の高い実験系として興味を引きました。
 Mary Pierce氏(ニューヨーク州立大)はニワトリ,ウズラの網膜におけるロドプシンの概日リズム(Circadian rhythm)を,ルシフェラーゼによるレポーターアッセイ,ERGによる電気生理学的解析を用いて示しました。最後のコメンテーターとして,実力者Michael Menaker氏(ヴァージニア大)はリズム発振器としての網膜の存在を眼球摘出ハムスターの行動を解析することにより示しました。

それでもリズムはSCN

 2日目午前の「視交叉上核(SCN)のメカニズム」(座長=ピッツバーグ大 Robert Moore氏)で,本間さと氏(北大)はラットSCNの培養細胞を用いて形態学的,電気生理学的に概日リズムを検討し,2つの発振器があることを提唱しました。
 Shimon Amir氏(コンコーディア大)は,光とファンの条件刺激を用いて学習とリズムの関連を調べました。両刺激が一致して与えられると行動,体温の位相変位やFos発現誘導が見られるが,刺激が一致していないと起こらないことを示しました。すなわち,光以外の因子により概日時計がリセットされる可能性を発表しました。
 Martha Gillete氏(イリノイ大)は,夜間のSCNシグナリングについて光,Glutamte, cGMP/PKGの情報伝達系の生化学的および電気生理学的データを示す中で,夜間の終わりには,PKGが細胞内から核へ移行することを明らかにしました。また,Piotr Zlomanczuk氏(マサチューセッツ大)はC17-2細胞株を用いてSCNのシグナリングが研究できる可能性を提示しました。
 ホットトピックスとして,Charles Weiss氏(ハーバード大)は彼らがRDA(Representational differential analysis)と呼ぶPCR応用法と,differential hybridizationを組み合わせて,光によりSCNに誘導されるクローン40個を単離したことを発表しました。その中で,c-fosなど既知の遺伝子を含めて,新規のものとし,zinc finger motifを持つクローンを報告しました。さらに,コメンテーターのIrving Zucker氏(カリフォルニア大)はリズム機構における性差の重要性を提案しました。

アルツハイマーではSCNの細胞が減少している?

 2日目夜の「アウトプット制御」(座長=ヴァンダービルト大 Carl Johnson氏)でJennifer Loros氏(ダートマス大)は,アカパンカビの概日発振器のネガティブフィードバックループの中心をなすと考えられるfrqに関して,翻訳開始部位の異なる2つの型のFRQがあり,それぞれ時間特異的にリン酸化を受けることにより種々のFRQを形成することを発表しました。
 Stuart Dryer氏(ヒューストン大)はニワトリ松果体におけるパッチクランプ法により,活性が夜間に高く昼間低いとの概日リズムを示す非選択的陽イオンチャネル(LOTC, long open time cation channel)の存在を示しました。LOTCはbreferidin Aにより阻害を受けることから,蛋白合成が必要であることが示唆されました。
 Rae Silver氏(バーナード大)は,ハムスターにおいて,膜で覆ったSCNの移植により概日運動リズムが維持されることから,SCN由来の拡散性のシグナルがリズムのアウトプットとして働いている可能性を示唆しました。コメンテーターのMartin Zats氏(National Institute of Mental Health)は内容がわからなくなるくらい?ユーモアあふれるスピーチで会場を大いに沸かせました。
 3日目午前のセッション「老化」(座長=ノースウエスタン大 Fred Turek氏)はより臨床的な話になり,筆者は「ふむふむ」と納得するだけで,その仕事の評価ができないので,演者の名前をあげるだけでご容赦いただきます。Derk-Jan Dijk氏(ブリガムウイメンズ病院)は高齢者の早朝覚醒や夜間睡眠障害を,Donald Bilwise氏(エモリー大)は老年痴呆患者の調査を行ない,アルツハイマー病患者ではSCNの細胞内容が減少していることを報告しました。Timothy Monk氏(ピッツバーグ大)およびScott Campbell氏(コーネル大)も高齢者の睡眠・覚醒リズム障害の報告をしました。

現実となった時計遺伝子の存在

体内時計を分子の言葉で語ると

 3日目夜の「時計機構1」(座長=モアハウス医大 Kelwyn Thomas氏)で,Michael Rosbach氏(ブランダイス大)はショウジョウバエのTシャツを着てショウジョウバエ概日時計の現況を述べました。その中で,時計蛋白の周期は転写周期に比べて明らかに遅れがあることと,新たな時計ミュータントとしてjrkやcycを,さらにperのサプレッサーとしてelvis(timSL)を報告し,timが時計の主要要素であることを示しました。Susan Golden氏(テキサス A & M大)はシアノバクテリアの遺伝子発現の概日制御について述べました。
 Steve Kay氏(スクリプス研)はperなど時計遺伝子の発現をルシフェラーゼを指標にショウジョウバエをin vivoで観察し,末梢にもリズム発振が存在することを報告しました。最後のコメンテーターはKathy Siwicki氏(スウォースモア大)でした。
 4日目午前の「時計機構2」(座長=ミュンヘン大 Till Roennenberg氏)で,Michael Young氏(ロックフェラー大)はtimelessの長周期変異体の解析を行なうとともに,新しいリズム変異体doubletimeを紹介しました。
 Steve Reppert氏(マサチューセッツ総合病院)は,Silkmothのperiodを単離し,ショウジョウバエと異なり核に存在しないことを報告。さらに,アンチセンスの実験による行動の解析や,蛍光物質による分子標識をin vivoに注入することにより,脂肪や消化管といった脳以外の組織に時計遺伝子が存在することを紹介しました。
 Jadwiga Giebultowicz氏(オレゴン州立大)はMalpighian tubulesでの時計機構の存在を,またDavid King氏(ノースウエスタン大)はリズムミュータントマウスであるclockのポジショナルクローニングを報告しました。連鎖解析,物理地図作成,ショットガンシーケンス等により候補遺伝子を絞り込み,YACならびにBAC contigによるトランスジェニックマウスを作成するという壮大な仕事により,bHLH-PAS領域を有する転写因子と想定されるclock遺伝子を単離しました。clock変異体はsplice donor siteのA-T変位により,エクソン19の欠失変異体であることが判明しました。
 岡村均氏(神戸大)はホットトピックスとして,ショウジョウバエperiodの哺乳類ホモログの存在,およびそのmRNAの発現がSCNに明け方に高く,夜低いという概日リズムがあること,一方で,clock遺伝子はconstitutiveに発現していることを報告しました。コメンテーターのPaul Hardin氏(ヒューストン大)は昨年にはいって,clock, periodという2つの哺乳類時計遺伝子が単離されたことにより,哺乳類においても,体内時計の分子機構の仕事がこれから急速に進むであろうと提言し,自らのデータとして,ショウジョウバエperの上流域にEboxが存在することを報告しました。
 4日目夜に行なわれた「光同調機構」(座長=ダートマス大 Jay Dunlap氏)で,Amita Seghal氏(ペンシルヴァニア大)はTrp変異体を取り上げ,カルシウムチャンネルを介するCa2+イオンの流入によりtimの分解が起こることを示しました。Susan Crosthwaite氏(ダートマス大)は,アカパンカビにおける青色光制御因子としてWC-1およびWC-2を報告しました。共にPAS領域を有するDNA結合蛋白で転写活性因子として働くと考えられます。WC-2自体は時計本体,WC-1は時計関連遺伝子であることが示され,フィードバックループのポジティブ因子と示唆されました。Arnold Eskin氏(ヒューストン大)はAplysiaのC/EBPリズムについて報告しました。コメンテーターはTerry Page氏(ヴァンダービルト大)でした。

やっぱり最後は人間様?

 最終日の「ヒト概日リズム」(座長=ブリガムウイメンズ病院 Derk-Jan Dijk氏)は,「老化」のセッション同様の理由で,演者の紹介に留めますが,Christian Cajochen氏(ブリガムウイメンズ病院)は体温,EEGにおけるメラトニンの位相変位効果を,Debra Skene(サリー大)はメラトニンリズム障害を報告しました。
 本間研一氏(北大)は人のメラトニンリズムに対する睡眠の位相反応曲線について,Elizabeth Klerman氏(ブリガムウイメンズ病院)は盲被験者における概日光受容について述べました。ホットトピックスとしてBenita Middleton氏(サリー大)がメラトニンの概日周期に及ぼす効果を示しました。コメンテーターはSerge Daan氏(グロニゲン大)でした。
 最終日の夜は,当初Aschoff氏のplenary lectureの予定でしたが,残念ながら病気で出席できないとのことで,ホットトピックスが組まれました。紙面の制限上,個々の内容には触れませんが,Liyue Huang氏(マサチューセッツ大),Vincent Cassone氏(テキサス A & M大),Helena Illnerova氏(チェコ科学アカデミー),近藤孝男氏(名大),Yi Liu氏(ダートマス大),Birgit Piechulla氏(ロストック大),Elzbieta Pyza氏(ジャギロニア大)とまさに世界中からの発表でした。
 なお,ポスターセッションも3日間にわたって80題の発表があり,それぞれの演題の前で熱心な討論がありました。また,夜10時のオーラルセッション終了後,ビールを飲みながらのディスカッションが連日,深夜(早朝?)におよび,毎度のことながらアメリカ人の体力のすごさに驚きました。

あなたはごきぶり? わたしはねずみ?

 私の当初の目的(世界の研究動向の会得と時間生物学者たちとの親交)は十分達せられたと思っております。これまで分子生物学を中心にやってきた筆者にとり,多くの時間生物学者たちとの出会いは貴重な経験となりました。
 最初に交す会話の中で「何を研究していますか?」の答えが「カビ」「ごきぶり」といった対象生物なのには驚きました。私は仕方なく?「ねずみ」と答えたものの最後まで奇妙な感じでした。しかし,生理学が中心であった「時間生物学」の分野にも分子遺伝学や分子生物学の手法が確実に増えています。ヒトを含めた哺乳類でも時計遺伝子の存在が現実のものとなった今,次回2年後のイタリアでのミーティングでは,筆者のような遺伝子工学屋にも全く違和感のない会になるものと思われます。
 最後になりましたが,金原一郎記念医学医療振興財団から研究交流助成をいただいたことに深く感謝いたします。