医学界新聞

〔新春インタビュー〕
ホスピスケアの体系化をめざして
  聖ヨハネホスピスケア研究所が設立

山崎章郎氏(桜町病院ホスピス科部長・聖ヨハネホスピスケア研究所長)


 昨年4月に,聖ヨハネホスピスケア研究所(東京都小金井市桜町)が設立された。同研究所は,ホスピス現場で培ってきた体験を整理し,内外の文献的な裏づけを基に「ホスピスケア」を体系化することなどを目的としている。昨年11月にスタッフが揃い,桜町病院や聖ヨハネホスピスからも独立した組織としてスタートしたが,このたび実質的な活動計画(次回看護号に掲載)がまとまり,本年4月からの始動が決まった。
 本紙では,同研究所の山崎章郎所長に,研究所の設立動機から,これからの活動内容などをうかがった。


ホスピスナースの養成をめざして

体系化した知識を現場にフィードバック

──設立の動機や研究所の構想についてお話しいただけますか。
山崎 聖ヨハネ会にホスピスができてから10年近くなりますし,私がこのホスピスに来てから6年たちました。そろそろ私たちの今までの体験を,体系的に整理する時期ではないかという思いがあります。また,今までは臨床の現場を最優先してきましたが,その取り組みについても客観的に見つめ直したいという意味もあります。
 これまでの過去の蓄積などをどれだけ整理していくか,その整理したものをどれだけ実践に使えるようし,地域の中で取り組んでいる人たちに伝えていくかを大きな目的に,特にホスピスケアを始めようとする人たちや一般の病棟でターミナルケアに取り組んでいる人たちを対象にセミナーなどを開いて提供したいと考えています。
 私たちのホスピスでは,これまでにも研修を希望する看護婦さんたちには,現場で直接プログラムを作り研修を実施していましたが,これからは研究所が窓口となってカリキュラムを作り,研修を受けつける。現場の研修に加え,私も含めた研究所のスタッフが講義をする時間も作り,知識の上に成り立つ実践教育をしていきたいと考えています。
 最近,各地の病院でホスピスケアをめざす緩和ケア病棟を作ろうとする動きが目立ってきていますが,スタッフに経験がない場合に,一定の研修をすることによって,研修を終える時点ではホスピスのリーダーナースになれるような状態をめざしていきたい。つまり,まったくのゼロからの病棟作り,ホスピスケアを始めるのではなく,ある程度のレベルから始めることができるようにしたいと考えています。
 研修の修了時には,聖ヨハネホスピスで研修をしたという修了証を発行して,その証明があればどの病院でも信頼してくれるぐらいのものができたらいいなと思っています。

フリーハンドな活動をめざして

──ホスピスに関するセミナーは,これまでにもさまざまな機関,団体が行なってきていると思いますが。
山崎 ただ,1日や2日といった短期の講演ですとか講義では,現場との系統立った教育研修はできていません。そういう意味では,ここは現場での研修はたっぷりできます。実際の現場での学びを取り入れながら基本的な講義をミックスしていける場は,こういうところだからこそ持てるのだという気はしています。
 例えば,患者さんの肉体的な苦痛を軽減するための症状コントロールや,死を間近にした患者さんやご家族とのコミュニケーションのあり方,また精神的,心理的,霊的な苦悩や苦痛に対するケアや,ボランティアさんも含めたホスピスチームのあり方,さらにはご家族やご遺族へのケアや支援のあり方などが検討材料にあげられますが,これらを整理し体系化する。そして,ここで得られた知識や技術,もっと言えば心やホスピスの理念といったものをホスピスや一般の医療現場にフィードバックすることもできるだろうと思っています。
──研究所の運営はどのように。
山崎 聖ヨハネホスピスは病院の一部として位置づけられています。ですから,ホスピス付属の研究所とすると,どうしても病院の組織の一部になってしまいます。私としてはもっとフリーハンドでという意味で,形の上からは病院に属さない組織をめざしました。実質的にはホスピスとは表裏一体の関係ですけれども,ホスピスとも違う組織となるわけです。これからは,セミナーや講演会を企画し開催していくというように,もっといろいろな事業展開をしていくためには自由でいたいという思いから,独立した形とさせていただきました。
 研究所のスタッフは,私が桜町病院のホスピス科の部長兼任で所長として参加する他,研究所からホスピスへ出向中の医師1名に加え,これまでにこのホスピスでボランティアコーディネーターを務めてきた臨床心理士と,聖ヨハネホスピスでホスピスケアの長い体験を持ち,主任看護婦として活躍していました看護職1名の体制です。
 所長としての私のスタンスですが,今は全体を3とすると病棟が2,研究所が1ぐらいですが,将来的には半々から1対2ぐらいにしたいと考えています。病棟が1ぐらいの割合で研究所が中心になっていければということです。ホスピスのスタッフは医師を含めて実践面ではかなりできあがっていますし,そういう意味では少し離れてもいいだろうと思っていますし,ホスピスケアに対しての支障はないと思います。

ホスピスケアの理念の普及も視野に

山崎 それから研究所のもう1つの目的は,ホスピスの理念などの広報だと思っています。方法としましては,さまざまな地域で市民運動を展開している人たちと共催での講演会の開催などが考えられます。また,全国各地の医師会などの関係団体などから依頼があれば,モルヒネの使い方や症状コントロールなど,私たちの経験を報告していきたいと思っています。
 研究所の3本の柱としては,主にスタッフ向けの各種セミナーの開催(もちろん他職種の参加も可能)とホスピスナースの養成,それとホスピスケアを受けるかもしれない人たち,一般の人たちに対する広報活動があげられます。それから,もちろん研究所という名前がある以上,これまでの実践の中で十分に取り組んでこれなかった新たなケアの導入と探究も模索していきたいと考えています。
 いま進めている研究の1つが音楽療法です。現在ボランティアで音楽療法をしてくださっている方が週に1回ぐらいですが,ホスピスのラウンジでコンサートを開いています。その方とこの春以降に共同研究を進めます。ここには現場がありますから,今後は集団ではなく患者さんと1対1の関係の中での取り組みも考えています。
 近い将来の希望としては,出前セミナーのようなもの考えています。要請があれば,全国各地へ行っていろいろな立場からの集中講義を行なう。普通の講演ですと総論だけになりがちですけれど,各論的なものを含めてしたいですね。
 あとは,先ほど触れましたがホスピスナースの養成も視野に入れています。ホスピスドクターの養成も将来の可能性としてはできるかもしれません。
──ホスピスはナースが中心ととらえてよろしいのでしょうか。
山崎 やはりチームスタッフの中では一番多い数ですし,看護婦さんたちのレベルが上がれば,いいケアに結びついていきます。そういう意味では現場で一番多いメンバーである看護婦さんたちを育ていくというのは大切だと思います。

ホスピスの理念に基づいた研修を

日常的な生活をサポートすること

──先ほどの「ホスピスの理念」ですが,もう少し具体的にお話しいただけますか。
山崎 死に直面している患者さんとか,自分の家族を失おうとしている家族,そういう人たちが直面している問題に対して,少しでもいい状態での時間が過ごせるように,学際的なチームでサポートしていくことがホスピスの1つの目的であると思いますし,理念であると思っています。
 聖ヨハネホスピスでは,その理念をさらに具体化していますが,そのキーワードは4つあります。まず1つは快適さです。それからコミュニケーションと選択。さらに患者さんの立場で選択したことをチームで支えるということになりますので,まとめると(1)快適さ,(2)コミュニケーション,(3)選択,(4)チームのアプローチです。ホスピスの理念を達成するためにこの4つのキーワードをベースにその実現をめざしていくことが重要となります。言うなれば,それが私たちの考えているホスピスケアということになると思います。むろんこれは一般病院,病棟にも相通じることですし,展開はどこでも可能だと思います。
──患者さんの選択というのは。
山崎 患者さんは,それまでの日常的な生活の継続を希望する方が多いですから,毎日の暮らしができるだけ長く継続できるようにということが基本です。選択と言うと大げさな言葉になってしまいますが,現実的には「日常的な生活を続けたい」とおっしゃる方が多いわけですから,私たちはそれをサポートすればよいということになります。例えば食べることもそうですけれども,患者さんは,散歩に行くことやお風呂に入ることをとても喜んだりするわけですね。しかしそれが患者さん1人ではできなかったり,家ではできなかったりということもありますから,そこにスタッフがかかわり,本当にささやかな援助をします。
 患者さんたちが希望しているのは「日々の暮らしの継続である」と言いましたけれども,患者さんやご家族の方にとってはそれらがとても貴重なものだということですよね。その貴重なものを私たちがお手伝いすることによって,限られた時間を少しでも納得しながら,亡くなる時に,人生にはいろいろなことがあったけれど,最終的には「まあよかったかな」と思えるような日々になっていただければと思います。

これからの研修は

──これからの研修体制などについてのお考えは。
山崎 具体的にはこの3月までにカリキュラムを作りあげ,4月からはそれをベースにした活動を開始したいと考えています。
 今までは4週間単位の研修で,現場のボランティアさんや看護助手さん,あるいは看護婦さんと一緒に行動する中から学んでいくというシステムで,現場のことはそれなりに理解できたのでしょうが,事象の1つひとつについて,改めて講義をするということはあまりされていませんでした。これからは,研究所のカリキュラムに沿った研修が展開できます。しかし,研究所は独立した事業体でもありますので,研修費はいただくようになります。金銭的な面だけでなく,研修期間の問題もありますので,個人での申し込みではなく,病院施設から研究所へ研修に派遣をするという形にしていくつもりです。将来は,3か月間,半年間の研修カリキュラムも考えたいと思いますが,当分は4週間の研修コースから始めたいと考えています。そうして一定レベルの実力をつけてほしいという要請に応えていく形になっていくだろうと思いますね。
──研究所の運営が軌道に乗り,発展しますことを祈念いたします。今日はどうもありがとうございました。

(了)