医学界新聞

第28回国際麻薬研究会議に参加して

植田弘師(長崎大薬学部・薬物学)


 国際麻薬研究会議(INRC)は,1969年にスイスのバーゼルで開催された国際薬理学会のサテライトシンポジウムとして初めて開催され,昨年香港にて第28回を迎えた歴史ある国際会議の1つであります。これまでは,最初の2年は米国で開催され,翌年からは世界各国で開催されています。1981年の国際薬理学会が東京で開催された時には,やはりサテライトシンポジウムとして京都において開催されました。このときは高木博司氏(京大)が会長となられました。この国際会議からエンケファリンが誕生し,また世界中のオピオイド関連の研究者がここから育ってきました。しばらくはセミクローズドな会議でしたが,最近では後に示すように,ホームページを開設し,広く研究者の参加を求めるようになってきています。ちなみに,京都のINRCの準備のために開かれた国内版,鎮痛薬・オピオイドペプチドシンポジウムも毎年各地において開催され,1997年8月28日-29日,京都にて第18回が開催されました(世話人代表=岐阜大 野崎正勝氏)。

返還後間もない香港での会議

 さて,第28回目の開催地となった香港は中国に返還されたばかりであり,感慨深いものがありました。また,もともとアヘン戦争がきっかけとなり,英国統治が始まったこともあり,本麻薬研究会議が香港で開催されることは歴史的に意義深いものでした。さて,こうした背景があったからであるのか,8月3日頃は香港にはまずらしく,数10年ぶりの大型台風に見舞われました。筆者は都合で,関西国際空港から飛び立ちましたが,台風による空港混雑の余波を受け,香港付近の上空で,1時間半,余分に待機させられました。後日談ですが,福岡空港から同時刻に飛び立った研究者の場合,沖縄,台北上空で待たされたあげく,福岡に戻り,結局その便はキャンセルとなったとのことでした。
 日本からでさえ,こんな状態であったのですから,世界各国からの研究者の体験は大変なものであり,バス移動の際,この共通の話題のために車内がずいぶん盛り上りました。大変な思いをして,世界中から約160人の研究者が参加し,8月3日から8日までのスケジュールをこなしました。例年200-300人の参加者が集うのですが,今年は宿泊料金や航空運賃が割高であったため,残念ながら大幅に参加者数の減少が認められました。しかしながら,人数とは関係なしに,討論での熱気は大いに盛り上がりました。日本からは,発表者は10名弱でしたが,参加のみの研究者も含め合計10数名が参加しました。筆者は,本研究会議の理事を務める関係上,この数年毎年参加していますが,特定のテーマに絞り,4-5日もの期間をぶっ続けて研究発表を行なう本会議が,30年近くもの間継続されるという事実は,この研究会議の重要性を示しているように思います。
 今年のプログラムは,2つの特別講演と7つのシンポジウムとポスター発表から構成されていました。特に特別講演では,日本から佐藤公道氏(京大)が,オピオイド受容体のキメラ変異体を作成し,リガンド結合に関わる認識部位の決定についての膨大な系統的研究成果を発表され,注目を浴びました。シンポジウムでは,やはり分子生物学的アプローチが注目を集めていました。たとえば,μ,δ,κの各オピオイド受容体の遺伝子制御機構,特にプロモーター領域の決定がなされ,レポーター遺伝子作成などによりβ-ガラクトシダーゼ活性変化を測定することで受容体遺伝子発現の細胞レベルと個体レベルでの調節機構などの解析を行なった研究が報告されました。

遺伝子欠損マウスの作成と生理機構との関わり

 もう1つ注目を集めたのが,これらの受容体の遺伝子欠損マウスの作成と生理機構との関わりについてであります。μオピオイド受容体については,本会議のメンバーによりすでにNature誌に発表されていますが,新たにδ,κの各オピオイド受容体の遺伝子欠損により,当然のことながら受容体アゴニストの薬理作用は完全に遮断されますが,全体としての疼痛閾値についてはあまり変化が認められないようであります。この点はオピオイドペプチド,エンケファリン前駆体遺伝子欠損マウスでの結果と異なっていますが,一般化されるかどうかは今後の課題であると思われます。また,大麻の成分である,テトラヒドロカンナビノールに対する受容体,エンケファリン,サブスタンスPなどの前駆体遺伝子欠損についての最も新しい研究成果が次々と報告されました。
 追加発言として,筆者もノシセプチン受容体の遺伝子欠損マウスでの疼痛閾値上昇,モルヒネ耐性減弱という新しい知見を紹介し,注目を集めることができました。ちなみにこのノシセプチンというのは,1992年にクローニングされたδオピオイド受容体のホモロジーとして,1994年にクローニングされたオピオイドに親和性を示さない,オーファン受容体(ORL1)に対する内在性リガンドで,1995年に発見され,その作用はアンチオピオイド(疼痛過敏)の性質を持つペプチドであります。
 また,この受容体の遺伝子欠損マウスは竹島浩氏(東大)らにより作成されたものであります。その他の話題として,オピオイドによる耐性,精神的および身体的依存のメカニズムの研究進展,ノシセプチンの薬理,生理機能の研究,オピオイド受容体を介する細胞情報伝達の新展開,オピオイドペプチドのプロセシングと細胞内輸送などがシンポジウムとして取り上げられました。
 最後に,本年はドイツで国際薬理学会のサテライトシンポジウムとして開催されます。Garmischという大変美しい町での開催ですので,関心のおありの方はぜひご参加下さい。ホームページアドレスは,
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/mnozaki/index.html
です。