医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内

記憶障害がもたらす問題を総合的に見渡す

記憶障害患者のリハビリテーション B. Wilson,他 著/綿森淑子 監訳

《書 評》鎌倉矩子(広島大教授・作業療法学)

 高次神経障害の患者に接していると否応なく,記憶の問題に関心を持つようになる。たとえ健忘症でなくても,ある種の記憶障害がからんでいると思わせられるケースが多いからである。しかし,この問題を系統だてて勉強してこなかった身の上としては,記憶というのは何やら難しそうで苦手だ,という意識が先に立っていた。
 そんなわけで本書を最初に読んだときには,この本の“位置”をつかむ力が私には欠けているかもしれないと心配になった。そこで認知心理学領域の記憶に関するテキストを数冊,手あたり次第に取り上げて読み,その後でもう1度本書を読むということをしてみた。
 その結果わかったのは,本書が非常に良心的に,かつ客観的に,記憶障害のリハビリテーションを論じた本だということである。執筆者の多くが長年にわたる臨床実践と研究実績の持ち主であり,すでに培われた堅実な視点に立って関連文献のレビューを行ない,自説の展開をしていることにも好感が持てた。

記憶障害とその対処に関わる問題をカバー

 本書がカバーしている領域はかなり広い。これは原題の「Clinical Management of Memory Problems」が示すように,記憶障害がもたらす問題とその対処に関わる問題のすべてを,総合的に見渡そうとしているためであろう。
 最初に掲げられている記憶の理論研究のレビューは,初心者にとって有益である。Atkinson & Schiffrin(1971)以降,この分野の研究がおおよそどのように展開してきたか,要点を押さえて説明してある。
 記憶障害者の記憶訓練というテーマは,1987年のB.Wilsonの著書,『Rehabilitation of Memory』(江藤文夫監訳『記憶のリハビリテーション』,医歯薬出版,1990年)に較べれば,もっと多角的に解説的に扱われている。特定の技術のノウハウを論じるというよりは,種々の訓練ストラテジーを取り上げ,それらの効果がどこまで確認されたかを冷静に論じている。外的補助手段の利用やパソコンによる訓練,あるいは自動グループ形成というテーマについてもかなりの頁数が割かれている。1987年の前書とは本のねらいが違うのは確かだが,その後の実践と研究の積み重ねが,B.Wilsonをさらに一層現実的視点へと向かわせたと見ることができる。
 最近十余年のあいだに英語圏では,記憶や記憶障害のリハに関して,かなり研究が進展したらしい。記憶を1つの“筋肉”のようにみなして強化をもくろむのはもはやナンセンスである。ある訓練法や外的補助具がすべての患者に同じように役立つわけでないこともほぼ明らかになった。しかし,ある患者がある訓練によって利益を受けることはあるし,あるストラテジーが別のストラテジーよりも有効だということはある。訓練効果の汎化はあまり期待できないが,ねらいを定めた訓練が患者に利益をもたらすことは期待できる。本書はそのようなことを読者に悟らせる。

冷静さと静かな勇気を与える

 何というめぐり合わせか。本書を読んでいる最中に私は,視覚失認と健忘症を併せ持つ大変な患者を受け持つことになった。評価を終え,いつものように患者に今後のプランを説明しようとしてはたと気づくことがあり,胸を塞がれた。ああこの人にはこの私の説明さえも,最後の1つがほんの僅かのあいだ脳に留まるだけなのだ。インフォームドコンセントというごく当たり前なことさえ,この人には保証してあげることができない……。
 それでも私は,この患者のために力をふりしぼってみようと思っている。身辺の具体的な事柄を目標にすえて,少しでもこの患者に入りやすい入力のかたちを考えてみようと思っている。読む者に冷静さと静かな勇気を与える。この本はそういう好著だと思う。
A5・頁376 定価(本体7,200円+税) 医学書院


冠動脈インターベンショナリストの座右の書

目でみる急性冠動脈症候群変 インターベンション前後の冠動脈病
堀江俊伸著

《書 評》光藤和明(倉敷中央病院・循環器内科部長)

 1981年に出版された著者の大著『心筋梗塞―臨床所見と病理所見の対比』でわれわれ臨床家,特に観血的治療を行なっていた医師は大きな感銘を受け,自らの治療法の裏づけのよりどころの1つとした者も多かったのではないだろうか。著者の研究はその方法がきわめて緻密で,辛抱強く症例を積み上げて1つの結論を出す,ある意味ではあたりまえの方法をとっているが,並の人にはできそうなことではなく,その努力はいかばかりかと頭が下がる思いがしたし,著された事実や結論に大変な重みを感じたものである。

テーマ広げ時代の要請に応える

 今回はその続編ともいうべき本書が出版された。テーマが心筋梗塞に限らず急性冠動脈症候群に広げられ,インターベンション治療前後の冠動脈病変に焦点が当てられており,時代の要請に応えるものとなっている。美しい病理組織の写真をふんだんに使っての構成は説得力抜群であり,各項目のまとめもたいへん充実している。全体として著者の臨床に対する真摯な気持ちがにじみ出ており大変に好感が持てる。判型もB5判と『心筋梗塞』より小振りで運びやすくなっている。すべての臨床家とりわけ冠動脈インターベンショナリストの座右の書としてお勧めしたい。
B5・頁384 定価(本体23,000円+税) 医学書院


検査ベッドの脇に常備したい1冊

大腸内視鏡挿入法 ビギナーからベテランまで 工藤進英 著

《書 評》多田正大(京都がん協会副所長)

 本書の執筆者,工藤進英博士は現在の大腸内視鏡学を活性化させている最大の功労者の1人であり,IIc型早期大腸癌で世界に華々しくデビューした気鋭の研究者であることは紹介するまでもない。学会等で主張する工藤氏の診断理論は,頑ななまでの信念と自信に裏づけされたものであり,常に共感を呼ぶところが多い。
 その工藤氏が医学書院から『大腸内視鏡挿入法』なる純粋のテクニックに関する書籍を刊行したが,私にも早速,熟読する機会があった。長い序文とあとがきに本書にかける筆者の情熱の迸りが感じられるが,X線を必要とせず,内視鏡だけで大腸癌の診断理論を確立したいという氏の積年の理念を完成させるためのステップとして,工藤流挿入手技を世間に広めるために企てた書籍である。
 大腸に限らず,とかく内視鏡手技をマスターするには活字を読むよりも,ベテランの手技を実際に見学することが近道である。日本消化器内視鏡学会でも機会あるごとにビデオを活用した実技セミナーを実施して,会員のテクニックの普及・向上に努めているが,あえて活字で挿入手技を伝授しようとしたところに,筆者の並々ならぬ自信と意気込みが感じとれる。私が同様の企画を考えるなら,ためらわずにvideo & bookの形式をとるところを,あえて理解に不利な活字を選択したところに興味があり,一気に本書を通読してしまった。

著者の信念を貫いた手引書

 本書の第一印象は,大腸鏡の挿入に関して頑なな信念を貫いた手引書である,というところであろうか。工藤流の大腸鏡挿入手技の秘伝・真髄である「軸保持短縮法」を中心に記載されたものであり,ビギナーをターゲットにした入門書であるとともに,自らの手技を確立したベテランにも一人挿入法のよさを再認識させる内容となっている。まさに本書の副題である「ビギナーからベテランまで」を実践した構成となっている。また読者のレベルに応じた研修ステップを明快に示しているところに本書の特徴がある。コラムなども豊富に取り入れて,さりげなく読者に工藤流の真髄を伝授しようとする意図が見事に結実している。痒いところにまで手が届くようにした筆者の気配りを感じとれ,好感の持てる書籍に仕上っている。

巧みなイラストで理解を助ける

 軸保持短縮法とは何か,読者の疑問は本書を通読すればたちまち氷解するが,本書が経験の乏しい初心者にとっても理解しやすい理由はイラストの巧みさによるところが大きい。聞くところによると作画の才能のあるお弟子さんの協力も得て完成したとのこと,見事なでき映えである。活字では理解し辛い手技を表現するのに,まさに的を得たイラストであり感服させられた。
 さて私自身の挿入手技は本書では糾弾されている二人法であるが,正確には工藤氏の考えているような手技ではないことをこの機会に述べておきたい。私の二人挿入法手技の基本も,表現形こそ違え,本書で繰り返し述べられている如くループを少なく直線的に挿入するように努めるものであり,1人で操作するか2人で行なうかの単純な違いにすぎない。したがって和痛対策のための前投薬は一切用いず,多くのケースでは苦痛もほとんどなく,3-5分程度で回盲部までの挿入ができる。他のベテランが本書を読んだ感想は後日伺うにして,挿入手技の基本に関する限り本書で強調されているような違いは少ないのではないかと感じる。
 colonoscopyの手技に関する書籍は既に新谷弘美,神保勝一,岡本平次氏などの名著があり,いずれも高く評価されている。本書が前著を乗り越えるものであるか否かは,本書を読んだ読者の何人が工藤流に共感を覚え,その手技を導入してcolonoscopyの達人に変身できるかにかかる。これからのcolonoscopyが楽しみである。
 書評を締めくくる言葉として,「本書は座右の書として……」という称賛の言葉が述べられることが多い。しかし本書に関する限りそのような表現はふさわしくない。百科事典の如く座右に飾り置くのではなく,検査ベッドの脇に常備しておき,挿入に困った時にはためらわずページをめくり,文字通り糞に塗れながら活用しなければならない書籍であろう。
B5・頁134 定価(本体12,000円+税) 医学書院


胸部CT読影の軸になる指南書

胸部CTの読み方 第3版 河野通雄 著

《書 評》片山 仁(順大学長)

 河野通雄教授が主宰する神戸大学の放射線科は,故楢林教授以来一貫して胸部の画像診断を教室のテーマとしてきた。『胸部CTの読み方』第1版は1982年に出版された。1982年といえば全身CTが臨床に導入されて数年しか経っておらず,私どもは症例をまとめるような行動はまだ起こし得なかった頃である。河野通雄教授はいち早く臨床経験をまとめられ,著書を出版されたが,その仕事の速さ,症例の豊富さにびっくりさせられたものである。神戸大学の放射線科は河野教授の努力で,放射線科を中心に外科標本や,病理標本がまとめられるようになっており,本書に掲載されている症例は,外科・病理の裏打ちがあるものである。言わずもがな,この背景は記述を説得力あるものにしている。

随所に胸部X線と対比

 さて,1980年代初めにMRIが出現し,その有用性からX線CTは守勢に回ったように見られたが,高分解能CT(HRCT)やスパイラルCTの出現によって完全に息を吹き返し,MRIと違った意味で臨床的有用性が再確認された。MRIやUSに席巻されかけたという修羅場をくぐったX線CTの有用性は本物である。X線CTの画質は隔世の感がある。ソフトの改良も素晴らしい。まだまだルティーンの検査になっていないものの,3次元画像や内視画像など驚きである。本書でも随所に胸部X線と対比してあるが,大変役に立つ。われわれは胸部単純写真は迅速で経済的で,しかも情報量が多いと思ってきたが,単純写真で見落としていた病巣がX線CTではっきりとらえられ,X線CTの所見より胸部単純写真を見直し,単純写真の読みが深くなることをしばしば経験するようになった。単純写真での描出能の悪さに愕然とさせられる。X線CT装置の改良が重ねられ,画質もよくなったし,新しい知見も見られるようになったので,本書も第2版,第3版と改訂がなされてきたのは当然である。
 本書では胸部CT検査法と適応がさらっと解説してあるが,これは最終のチャプターにもっていき,正常のCT解剖から入ったほうが入りやすいかもしれない。掲載されている症例は肺疾患の一般的なものはすべて含まれているが,河野教授の専門領域の肺腫瘤性疾患(肺癌)にやや力点がおかれているようである。肺という臓器に限ったとしても,肺のすべてをこのようなハンディな本にまとめることはできないと思う。狭く深く勉強したい方は,さらに専門書を探せばよい。本書はあくまでも肺について広く,そして簡潔に記載されている胸部CTの入門書,あるいはジェネラル向きの本といったほうがよいかもしれない。伝統ある神戸大学放射線医学教室のすべてを出すには限られたボリュームであるが,よくまとめられている本だと思う。胸部CTの軸になる指南書であることには間違いない。私自身もいつも側に置いている好書である。
B5・頁302 定価(本体10,000円+税) 医学書院


呼吸器病学を学ぶ人のために

呼吸の生理 第3版 J.B.West著/笛木隆三,富岡眞一 訳

《書 評》石崎武志(福井医大助教授・内科学)

 『呼吸の生理』第3版の書評を行なう機会を与えられた。本書は故笛木隆三氏と富岡眞一氏による『Respratory physiology』第5版(J.B. West著)の日本語訳である。

呼吸生理学を理解しやすく

 本書の構成はRespiratory physiology第3版(J.B. West著)の訳書である『呼吸の生理』第2版(医学書院,1989年)と同様である。ページ数も207ページとほぼ同様であるが,旧著の図を取捨し,新しく図が1枚と表が2つ加えられている。限られた紙数の中で呼吸生理学上のエッセンシャルな事項も含め,同時に近年の分子生物学的成果をも盛り込み,呼吸生理をよりわかりやすく説明しようという著者の努力がそのまま読者に伝わる好訳書である。ページ数の手ごろさは多忙な医学生,コメデカル関係者,研修医にも受け入れられる必須条件であり,文章の簡潔明瞭性は呼吸生理学を講義する教官にも十分参考になると思われる。
 呼吸生理学書は一般に理解が難しく,正座して学習しても自己知識として身につきにくいという誤解(?)をされかねぬ一面があったが,本書にはそういった抵抗感はない。その理由は「肺の構造と機能はガス交換の為にまずある」という主題のもとに,どのような特性を備えているかという単純明快な論理の展開が貫かれているからであろう。各章ごとに副題も添えられて読者をうまくリードしてくれる。これは,訳者の注意深い配慮のある日本語訳で,著者の意図するキーワードが生きているからであろう。

最新の知見を盛り込む

 本書には旧著にみられない最近の知見がいくつか盛り込まれている。例えば,血流と代謝の章で低酸素性肺血管収縮の機序として一酸化窒素-cGMP系の関与を追補し,エンドセリンの話題や肺循環における各種血管作動物質の代謝除去,アラキドン酸代謝物についても取り上げている。換気血流関係の章では,不活性ガスを応用した換気血流比分布図を,末梢へのガス輸送の章では,低酸素血症と組織低酸素症のタイプと特徴の図をそれぞれ加え,知識の理解に一工夫されている。第9章のストレスと呼吸系では運動時のガス交換能の変化と対応の項目が新たに加筆されている。最終の第11,12章は,呼吸生理を理解する上で必要な数式がまとめられていて手軽に参照でき,また,どの程度本書の内容を把握したか自己評価用の演習問題も含まれており,便利である。さらに,関連文献も巻末に列挙されており,興味のある読者は知識を深めることができる。このように本書は小粒ながら盛りだくさんの内容を持っている。
 本書は呼吸器病学を学ぶ学生や研修医のみならず,呼吸器病専門医の知識の再整理にも応えてくれる好著といえる。
A5・頁208 定価(本体3,200円+税) 医学書院