医学界新聞

 日本消化器病学会は,1898(明治31)年12月17日長與稱吉・胃腸病院院長の主宰により「胃腸病研究会」として創始された。この日午後2時,会場となった東京市麹町富士見町(現・東京都千代田区)の西洋料理店富士見軒(九段下,靖国神社の西あたり)に,長與稱吉をはじめ金杉英五郎,山極勝三郎,三浦謹之助,北里柴三郎,入澤達吉,林曄,近藤次繁,高田耕安,山田鐡藏ら学者,医家ら190名が出席して発会式を盛大に挙行した。
 これら参加者は関東近県をはじめ,仙台,名古屋,富山,岡山,長崎などの各地から遠路かけつけたが,これは当初から胃腸病研究会の発足が全国的な関心を呼んでいたことを語るものであった。
 発会式の冒頭,ドイツ留学から帰国した金杉が長與の来歴を紹介したのに続いて,壇上に立った主宰者長與は,発会の辞として次のように「胃腸病研究会設立ノ主意」を述べ,胃腸病研究会の進むべき道を明確に示して満場の拍手を浴びた。
 「胃腸病研究会は日本固有の消化機病学を確立する事を使命とする。日本人の疫病中,大多数を占める消化機病は他の内科疾患と特別に密接な関係を有し,循環器系,呼吸器系,神経系等の諸病とは其の前駆あるいは,経過中に合併するものであり,近時内科外科との関係は日々近づきつつある。消化機病学の進歩はひいては医学全体の進歩であり,従って関連基礎医学及びその他の学問と共に前進せねばならぬ」(略)
 長與会長の発会挨拶のあとを受けて,4題の特別講演が行なわれ胃腸病研究会の船出に錦上の花を添えた。

(「日本消化器病学会100年の歩みより抜粋)