医学界新聞

1997年度ノーベル医学・生理学賞
S.B.プルジナー氏に決定


 1997年度のノーベル医学・生理学賞はスタンリー・B・プルジナー氏(米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校教授・神経学,生化学,ウイルス学)に贈られることが,さる10月6日,スウェーデンのカロリンスカ研究所から発表された。授賞理由は「プリオンの発見(for his discovery of “Prions‐a new biological principle of infection”)」。
 プリオン(prion)はプルジナー氏の造語で,感染性のタンパク粒子(proteinaceous infectious particle)の頭文字を合成した“prin”にoを加え,物質の単位であるイオンやプロトンのイメージを与えとともに,ウイルス粒子の別名としてvirionという呼び名もあることから,病原体としての関連も持たせたもの。通常,人間や動物の体内で無害のタンパク質として存在しているが,構造が変化すると脳組織に影響を与え,「プリオン病」を引き起こす。
 プリオン病は,人間の場合ではクールー(Kuru)の他,クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD:Creutzfeldt‐Jakob Disease),ゲルストマン・シュトロイスラー・シャインカー病(GSS:Gerstmann Straussler Scheinker disease),致死性家族性不眠症(FFI:Fatal Familial Insomnia),新型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCDJ:variant of CDJ)などが,また動物では羊のスクレイピー(Scrapie),伝達性ミンク脳症(TME:Transmissible Mink Encephalopathy),ウシ海綿状脳症(BSE:Bovine Spongiform Encephalopathy)などが知られている(左下欄“Nature”誌参照)。
 さらに,最近はアルツハイマー病との類似性も指摘されており,ノーベル賞選考委員会は,「アルツハイマー病など他の痴呆にかかわる疾患の分子生物学的なメカニズムの解明に役立ち,薬や新しい治療法の開発に重要な知見を与えた」としている。
 プルジナー氏は,彼の患者がCJDで亡くなったことを契機に,1972年にCJDの本体の研究を開始。スクレイピーに感染したハムスターの脳乳剤の精製を行なった結果,最後に残った部分はほとんどタンパクから成り立っており,タンパク分解酵素の処理によって感染性はなくなるが,核酸分解酵素など核酸を破壊する処置には影響を受けないことが明らかになった。そこで1982年にプルジナー氏は,「スクレイピーの病原体は感染性のあるタンパク質,すなわちプリオンである」とプリオン説を発表。
 しかし,プリオン説ではタンパクが鋳型となってタンパクの増殖が起こることになり,これは「生物の遺伝情報はDNAもしくはRNAなど遺伝情報の本体である核酸が鋳型となる」という分子生物学の中心命題(セントラルドグマ)に反することになり,発表当時,「核酸のない病原体はない」と批判された。その後,1985年にスイス・チューリッヒ大学のエッシュ(Oesch)氏によって,スクレイピーのサンプルから精製したプリオンタンパクのアミノ酸配列の一部をもとにプリオン遺伝子が分離され,プリオン遺伝子は細胞の遺伝子であって,ウイルスのような外来性のものではないことが明らかになった。
 プルジナー氏は,1942年アイオワ州生まれ。ペンシルバニア大医学部卒。カリフォルニア大学サンフランシスコ校神経学助教授,同準教授を経て,1984年同教授およびウイルス学教授,1988年同生化学教授を併任し現在に至る。アルバート・ラスカー賞(1995年),エールリッヒ‐ダルムステッテル賞(1995年),ウォルフ賞(1996年),慶應医学賞(1996年)などを受賞。 なお,授賞式は12月10日,ストックホルムで開かれる。