医学界新聞

リハビリテーション医学は
老年期痴呆にいかに対応すべきか

「第34回日本リハビリテーション医学会」より


 人口の高齢化とともに,痴呆に悩む高齢者とその家族は増加の一途をたどっている。わが国の痴呆性老人の数は1990年で100万人と推定されているが,2000年には160万人,2015年には262万人に達することが予測されており,その対処が焦眉の急を要していることは言うまでもない。
 本紙第2259号および本号第2面で既報のように,IRMA VIIIがさる8月31日-9月1日,京都市の国立京都国際会館において開かれたが,同時開催された第34回日本リハビリテーション医学会では,スーパーセミナー「リハビリテーションにおける老年期痴呆への対応」(座長=埼玉医大教授 小坂健二氏,独協医大教授 江藤文夫氏)企画され,神経病理や高次機能障害などの分野も含めて,リハビリテーション医学からの老年期痴呆へのアプローチが試みられた。

アルツハイマー型痴呆の病理学的背景

 神経病理学の立場から水谷俊雄氏(都老人研)は,「脳の変性疾患では原因究明の前に,臨床症状を引き起こしている部位(責任部位)の特定とその病理学的性質(病理発生機序)の解明が病理診断の重要なステップである」と指摘し,高齢者に多く見られる原因不明の痴呆として,「アルツハイマー型痴呆(以下ATD)」を取り上げ,その病理学的背景を概説した。
 ATDでは萎縮した海馬・海馬傍回が責任病巣であり,萎縮の原因はNFT(アルツハイマー神経原線維変化)や老人斑にあるとされ,生化学的・分子遺伝学的研究が進められてきた。水谷氏は,「しかし,その成果はATD患者の病態とはほど遠く,基礎研究は現在混迷の状況にある」と述べ,その一因として,病理発生機序の解明が不十分なためにATDが臨床病理学的疾患として成立しにくいことを挙げた。同時に水谷氏は,ATDを病理学的に(1)Neocortical type(狭義のアルツハイマー病),(2)Limbic type(狭義のアルツハイマー型老年痴呆),(3)Plaque-predominant type),(4)Non-ATDに分類し,その病理発生機序が異なる可能性を示唆した。 記憶障害からみた アルツハイマー病患者  次いで,高次機能障害の観点から山鳥重氏(東北大)は,Tulvingが提唱した2分法である「episodic memory(生活健忘=日常生活上で問題となる記憶障害)」と,「semantic memory(知的健忘=言語などの素材的な記憶障害)」に基づいて,生活健忘を示す定型的アルツハイマー病患者の記憶問題に絞って,その手続き記憶(procedual memory)能力および予定記憶(prospective memory)能力についての研究成果を発表した。
 山鳥氏によれば,手続き記憶能力を調べるために,初期アルツハイマー患者で認知性,触覚性,運動性手続き記憶の形成能力を調査した結果,これらの手続き記憶は,陳述性記憶障害の目立つ患者でも保存される場合があることが明らかになった。このような意識に上らない記憶が保存されている場合,日常のケアやリハビリテーションで,この事実を応用できる可能性がある。
 さらに予定記憶能力については,初期アルツハイマー患者と同程度の記憶障害を持つ健忘患者を比較すると,前者では予定記憶やその予定記憶課題についての想起・再認が有意に低下しており,山鳥氏は,「日常生活上の物忘れ,いわゆる生活健忘が大きな問題となっている背景には予定記憶障害が関与している可能性が示唆される」と報告した。

痴呆のない活動的平均余命

 また高辻一郎氏(東北大)は,危険因子と自然史からみた「痴呆の疫学」を検討。高辻氏によれば,仙台市で行なわれた疫学調査の結果から年齢別死亡率と痴呆の罹患率をもとに計算すると,65歳に達した者のうち生涯を通じて約60%の者が痴呆に罹患する(life time risk)と推定され,そのインパクトは大きい。また,痴呆の危険因子についてはすでに様々な要素が指摘され,その予防対策も検討されているが,高辻氏は「活動的平均余命」という新しい指標を紹介した。
 これは,「平均余命=(健康か病気かは別として)あと何年生きられるか」という単なる生存の量を計る尺度に対するもので,「あと何年,健康で自立して生活できるか」という概念であり,その1つとして「痴呆のない活動的平均余命(dementia-free life expectancy)」がある。仙台市民を対象に測定した結果,65歳の男性では18年の平均余命のうち16年が痴呆のない期間で女性では23年のうち18年であった。この両者の差,つまり男性の2年間と女性の5年間が,痴呆を抱えて生存する期間となる。また,この結果を欧米の成績と比較すると,日本人では平均余命が長いにもかかわらず「痴呆のない活動的平均余命」には差がなく,日本人は痴呆を抱えて生存する期間が欧米人より長いことになる。
 高辻氏は,これらの興味深い疫学的な統計値をもとに,寿命の延びとともに痴呆の急増が予想される今後の医療福祉資源の適切な配分策を検討した。