第2261号 1997年10月20日


連載 市場原理に揺れるアメリカ医療(16)

組織犯罪(3) -仁義なき闘い-

李 啓充 Kaechoong Lee
マサチューセッツ総合病院内分泌部門,ハーバード大学医学部講師


 リチャード・スコット,44歳。巨大病院チェーン,コロンビアHCA社(以下コ社)の創設者兼ワンマン会長である。1996年,タイム誌が「もっとも影響力のある25人」という特集を組んだ際に,スコットもその1人として選ばれている。スコットの経営戦略はきわめて戦闘的で,ライバル病院の経営を圧迫しながらコ社の勢力を拡大するやり方から,彼は「医療業界におけるダース・ベイダー(映画スターウォーズに登場する無慈悲な帝国軍司令官)」と呼ばれている。

戦闘的な買収手法

 彼がコ社を興したのは1987年であるが,テキサス州エルパソ市の2病院を買収したのがその始まりであった。彼がこの2病院の経営を立て直したやり方はその後のコ社の戦略を象徴している。彼は競合関係にある第3の病院をも買収し,これを閉鎖することで初めの2病院の経営を立て直したのである。地域で競合する病院に対するコ社の敵対的な姿勢は悪名高く,例えばフロリダ州ウェストパームビーチではライバル病院の門前に「Why stop here?何故ここで止まる?(うちの病院にしなさい)」と巨大な広告板を設置した。
 病院の買収手法自体もきわめて戦闘的である。買収対象となる病院は経営状態がよくないから,「借金を肩代わりしましょう」というコ社の申し出はまさに渡りに船である。さらにコ社は買収される病院の経営者に不当な利益供与を行なっていると批判されている。病院の買収ではないが,オハイオ州の保険会社ブルークロス社の買収にあたり,現経営陣に高額の退職金を払うと持ちかけた例は第6回「病院チェーン」(2210号)で紹介した(ちなみに,オハイオ州保険局は最終的にこの買収を認可しなかった)。

反対派理事を解雇

 ケンタッキー州ローレンス病院はコ社から3回買収を持ちかけられ3回とも拒否した。コ社はローレンス病院の目の前に新病院を建設する計画を作成し,ローレンス市に建設認可を申請したが,市はこれを拒否し,コ社は現在市を相手取って訴訟を起こしている。またオハイオ州の非営利病院ティムケン・マーシー病院の買収は1995年4月の病院理事会により否決されたが,1ヵ月後,売却に反対した12人の理事は突然解任され,その翌日新たに任命された理事たちによりコ社への売却が承認された。連邦政府の基金を受けている事業体の職員に買収交渉の際に利益供与を持ちかけることは賄賂とされているのだが,現在FBIがこの売却をめぐり違法行為がなかったかを調査中である。

医師に対する利益供与

 医師に対する利益供与も露骨である。医師が自らが出資している事業体(検査会社など)に自分の患者を送ることは連邦法(スターク法)により禁止されているのだが,人口過疎地での病院建設を妨げないようにと,医師が病院へ出資することは例外として認められている。コ社はこの法の抜け穴を利用し,医師たちにコ社の所有する病院の所有権を分け与えている。医師は病院の出資者であるから,病院が利益を生み出せばそれが配当となり戻ってくる。患者が入院する必要が生じたときはコ社の病院に送ったほうがよい,という経済的動機づけが生じるのである。
 コ社は医師に病院の所有権を分配することで「医師とコ社との一体感を強め,より効率的な医療を提供するため」と説明するが,取引銀行シティコープの融資調査係とスコットとの間に交わされた文書には「医師に所有権を分けることで,より多くの患者を獲得する」という経営上の戦略であることが明記されている。医師に対する利益供与は,(医学部の学費などで生じた)医師のローンの肩代わり,開業医のオフィスの買い上げ,コンサルタント料支払い,スーパーボウルのチケット,と広範囲に渡るが,それもこれもコ社の病院に優先的に患者を送らせることが目的である。
 今年3月に始まったコ社に対する連邦政府の調査には,コ社が所有する関連事業(在宅介護サービス会社,リハビリ機関)にコ社に出資する医師が患者を送ることがスターク法に違反するのではないかという容疑も含まれていると言われている。法的議論はともかく,医師がコ社に出資することは医療倫理的には明らかに間違っていよう。

裏切り

 コ社の創設地テキサス州エルパソ市での癌センター建設を巡る争いも,コ社ならではのものである。エルパソ市に新しい癌センターを建設することを思いついたのは,シュリクテマイヤーとアバウドの2人の腫瘍専門医である。1989年,2人は共同出資・共同経営の約束を取り交わした。新癌センターはコ社が所有するサン・タワーズ病院と提携することとした。センターにとっては患者の入院先を確保する必要があったし,病院側にとっても患者が増えることは歓迎すべきことであった。
 ところが,提携条件を巡る交渉がもつれ,2人の医師はコ社にはもう患者を送らないと圧力をかけた。これに対しコ社側はアバウドに働きかけ,シュリクテマイヤーを裏切るならば,コ社から20万ドルをアバウドに支払う上に,新癌センターの所有権の半分をアバウドのものにすると約束した(このときのコ社とアバウドとの電話のやりとりが録音され,法廷で証拠とされた)。何も知らないシュリクテマイヤーはアバウドを信じ続けたが,結局新癌センターの建設から排除されてしまった。
 コ社はアバウドに約束の金は支払ったものの(この支払いを会長のスコット自らが承認した証拠が残っている),アバウドに癌センターの所有権の半分を保証するという約束は反故にした。怒ったアバウドがコ社を訴えたことで,シュリクテマイヤーは初めて友から裏切られていたことを知った。シュリクテマイヤーはコ社とアバウドを訴え,97年2月,陪審はシュリクテマイヤーの主張を認め,コ社とアバウドに650万ドルの賠償金を支払うよう評決した。コ社を巡る仁義なき闘いは果てしなく続く。

(この項つづく)