医学界新聞

連載
現代の感染症

8.デング熱・日本脳炎

倉根一郎(近畿大学・細菌学)


デング熱・デング出血熱

 デング熱,デング出血熱はデングウイルスの感染によって起こる2つの異なる病態である。デング熱は発症1週間程度で回復する熱性疾患だが,一方,デング出血熱は血漿漏出による循環血液量の減少とショックを主な症状とする致死的疾患である。消化管出血,鼻出血,出血斑などの症状はデング出血熱の10-20%にみられるにすぎない。デング熱は東南アジア,南アジア,中南米などを中心に全世界の熱帯,亜熱帯地域で約1億人が感染していると推察されている。一方,デング出血熱は年間25万人が発症している。致死率は国により異なるが数%から0.3%程度である。最近の問題として,デング感染症のみられる地域の拡大とデング出血熱患者の増加があげられる。国別にみるとタイ,ベトナムなどで,年間約5万人のデング出血熱患者が報告されている。

治療・診断のポイント

 治療はデング熱に対しては対症療法である。デング出血熱に対しては補液が治療の主体となる。ショックの患者に対しては5%乳酸リンゲル液をまず10-20ml/kg/時投与し,症状に応じてこの量を7,5,3ml/kg/時に減量していく。この時ヘマトクリット値が重要な指標となる。
 デング感染症の診断は主に血中抗体価の測定によってなされる。特にデングウイルス特異的IgMの存在はデングウイルス初感染を強く示唆する。Polymerase Chain Reaction(PCR)法を用いた診断も実用化されている。デング出血熱の病態の主体である血漿漏出の機構に関しては,いまだ不明である。現在のところウイルスそのものの性質が重要であるという説と,ウイルスに対する免疫応答の結果として生じるという説があり,解明されていない。
 デング熱,デング出血熱の日本における患者数は把握されていないが,国立感染症研の田代らが1985年からの10年間に東日本で診察された71例のデング熱を報告していることから,診断されていないものを含めると相当数あると考えられる。また,デング出血熱の報告もある。診察に際しては,まずこの疾患を鑑別診断に入れることが大切である。海外における感染であるので,熱帯,亜熱帯地域への海外渡航歴が重要である。実用化されているワクチンはないが,タイにおいて生ワクチンの開発が進んでいる。この生ワクチンは中和抗体やキラーT細胞の誘導が証明されており,実用化への期待が大きい。

日本脳炎

 日本脳炎は豚を増幅動物として,日本においてはコガタアカイエカにより媒介される。日本脳炎ウイルスは不顕性感染の率が高く,発症は感染者の300~500人に1人程度と考えられている。発症した場合25%が死亡,50%は精神神経に後遺症を残す重篤な疾患である。東アジア,東南アジア,南アジアで年間約4万5000人の患者が報告されている。日本では1992年以降年間10人以下の患者数である。診断は血中抗体価測定による。髄液あるいは血中の特異的IgM抗体の存在は診断を確実にする。治療は対症療法である。感染マウス脳を不活化精製したワクチンが実用化されており,有効性が証明されている。副作用として接種部位の痛み,発赤,頭痛,発熱がみられる。
 デングウイルス感染は現在のところ国内では起こらないが,デング熱,デング出血熱や日本脳炎の流行地への旅行者に対する十分な啓蒙が必要である。日本脳炎の予防に関してはワクチン接種の徹底が重要である。さらに医師はデング熱,デング出血熱,日本脳炎が今日の日本にとっても重要な疾患となり得ることを心にとめる必要がある。