医学界新聞

医療保険改革に揺れる臨床検査 JCCLS学術集会より


 高齢社会の到来にともない対国民所得で7%を超えるようになった医療費は国家財政の負担として顕在化し,抜本的な医療保険制度改革の必要性が叫ばれている。7月7日づけで厚生省は医療保険制度の抜本改革案を示し,それをたたき台にした形で議論が進んでいる。主な論議の対象は(1)老人医療費の抑制をめざし,老人保険制度を見直す,(2)薬代を押さえるため薬価基準制度を廃止する,(3)医療費の出来高払いに加えて定額払い制を導入することの3点である。これらの改革が医療界に与える影響は大きい。
 日本臨床検査標準協議会(会長=菅野剛史氏,以下,JCCLS)はISO(国際標準化機構)/TC212(臨床検査と体外診断検査システム)の国内審議団体の登録を受け,標準に関わる活動を行なっている。さる8月30日に,順天堂大学有山記念館講堂で開催された学術集会では,シンポジウム「臨床検査の標準化と医療経済」(司会=JCCLS幹事 河野均也氏)を企画。制度改革が及ぼす影響について検討が行なわれた。


 シンポジウムでは,まず,日本臨床病理学会から森三樹夫氏が発言。「臨床生化学を中心として自動分析器の導入などの機械化が進み,精度,正確度が大幅に向上した。その結果,他施設のデータも高い信頼度で利用することが可能になり,経時的でトータルな患者さんのデータを把握できつつある」と標準化の到達点を示した上で,医療保険制度改革の行方に触れ,「慢性疾患に対する定額払い制,薬価における上限価格制,あるいは,現在国立病院などで試験的に導入され,その評価が行なわれようとしている日本版DRG(Diagnosis Related Groups:急性期入院医療において疾病別に支払額を設定する定額払い制,米国で発達している)が導入されれば,検査,薬剤のコストは縮減する。検査部の運営に大きな影響を及ぼすことは明白であり,制度改革をめぐる動きを注意深く見守らなければならない」と指摘した。

重複検査が減り医療費縮減

 日本臨床衛生検査技師会からは大沢進氏が発言し,技師の立場から施設間差の縮小を中心とした標準化への取り組みを紹介した。その標準化の結果として「(1)施設互換性のある検査データの確立は,重複検査を防止し医療費を節減する,(2)疫学調査の低コスト化と信頼性の向上をもたらす,(3)医薬品治験(臨床試験)の検査費用を削減する」などの経済効果が得られるとした。
 同様に日本衛生検査所協会を代表して金村茂氏も,衛生検査所が進めている課題として,「検査データの施設間差の解消」を目的とする「地域拠点ラボでの検査実施」をあげ,これにより得られる経済的効果として,「輸送コストの削減,地域での人材確保(人件費の節減)」を指摘,さらに,機器・試薬の統一化にともなう精度の向上,検査コストの低減,管理コストの削減等を指摘し,「結果として医療費が削減される」との見通しを示した。

検査のあり方が問われる時代に

 医療制度の改革により甚大な影響を受けると思われる検査薬メーカーを代表して登壇した黒住忠男氏(日本臨床検査薬協会)は強い危機感を持って発言。「検査の標準化のめざす施設間差の解消,すなわちデータの共有化が100%実現すれば,はしご受診・重複検査がなくなり,検査は減るものと考えられている。昨年末,医療保険審議会が示したアクションプランの中では,2005年以降としながらも,それらの是正を狙い被保険者証のICカード化が記されている。しかし,ICカード化のイニシャルコストや,個人の医療情報がインプットされたICカードが普及するために不可欠なすべての医療技術の標準化のためのコスト,インプットやアップデートにかかるいわゆるオペレーションコスト等はまったく試算されていないのが現状である」とICカード化に必要な公共投資の莫大さを指摘。さらに,差し迫った問題は「標準化を達成するまでのコストと標準化を維持するためのコストをどうするか」ということであり,メーカーとしては「投資コストを製品価格に転嫁せざるを得ない」とし,「標準化とは第一義的には医療の質の向上に貢献するものであり,医療経済的にみれば,むしろコストが医療費に跳ね返る」との見解を示し,「『医療経済』という言葉は,本来,医療のコストパフォーマンスを計量・評価し,適切な施策を検討,実施していくために用いられるはずだが,今日,社会的に流通しているそれは,片面にある医療費の抑制という部分だけが取り上げられて議論が進められている」との懸念を表明した。
 総合討論では「定額払い制の中ではいかに効率よく検査するかが問われる」,「検査の充実なくして在院日数の短縮はありえず,むしろ十分な検査を行なうことが医療費の節減になるということを積極的に示さねばならない」等の議論がなされ,吹き荒れる改革の嵐の中で揺れる臨床検査現場の不安を浮き彫りにした。