医学界新聞

連載
現代の感染症

6.マラリアなどの輸入感染症

木村幹男(東京大学医科学研究所・感染免疫内科)


マラリア

 WHOによれば,世界全体でのマラリア罹患者数は年間3-5億人で,死亡例が150-270万人とされる。国内例については,厚生科学研究費「熱帯病治療薬の研究開発班」(班長:大友弘士教授)への届け出が最も実数に近いと思われるが,最近数年間では年間100-120人である。ちまたでは,少なくともこれの3倍はあると言われている。
 また,国外での邦人のマラリアによる死亡も後を絶たない。全世界的にはサハラ以南アフリカでの数が全体の8-9割を占め,ここでは最も危険な熱帯熱マラリアが圧倒的多数を占める。日本人もアフリカへ行く機会が増えており,国内例での熱帯熱マラリアの割合も増えつつあることから,適切な診断・治療を行なう必要性が増している。

診断のポイント
 発熱を主訴とする患者を前にしたら,すべての場合にマラリアを疑う必要があり,海外渡航歴をただす。その際,世界の中でマラリアの分布地域を頭においておく必要がある。しかしこれには,特定国の情報のみでなく,その中の地方別の情報もあるとよい。マラリア予防薬服用の有無についても聞くが,どの予防薬がどの地域でどの程度の効果があるのか知っていることが望ましい。稀には,海外渡航歴がなくても,海外から航空機を介して持ち込まれた蚊による感染や,輸血による感染などもありうる。
 熱型も重要である。規則的に1日おきであれば三日熱マラリア,2日おきであれば四日熱マラリアが疑わしい。しかし,この両者のマラリアが常に規則的な熱型を示すわけではなく,初期の頃は連日発熱することが多い。発熱に伴う悪寒はすべてのマラリアに多く見られるが,戦慄は熱帯熱マラリアでは見られないことのほうが多い。ほとんどの例では38℃以上の高熱があるが,マラリア流行地域で生まれ育った人,稀にそうでない人でも以前に数回罹患している人などの場合,発熱は気づかない程度で,倦怠感,頭痛,関節痛,腰痛などを主訴とすることもあり,注意が肝要である。
 随伴する症状として咳,下痢などが見られることがあり,気管支炎や肺炎,急性腸炎などと誤診されがちである。発熱にのどの痛みや腫脹を伴う場合には,マラリアでない場合が多い。

検査所見
 一般検査では,白血球数については一定の傾向はなく,貧血は特に初期の場合など見られないことも多い。血小板数が減少することは多く,LDHの上昇,総コレステロールやアルブミンの低下などが見られる。以上のようなことから,マラリアの疑いがどの程度あるのかを推測する。しかし,それらはあくまでも参考程度に過ぎず,迅速に原虫検査を行なわなければならない。
 血液塗沫には薄層法と厚層法があり,いずれもギムザ染色を行なうが,染色液のpHは7.2-7.4と中性にする。厚層法での診断は熟練していないと難しい。原虫種の同定にはいくつかのポイントがあるが,成書などを参照されたい。危険な熱帯熱マラリアであるか否かがわかれば当面足りる。自信がない場合,速やかに専門家に相談することが求められる。

マラリア以外の輸入感染症

腸チフス・パラチフス
 熱帯・亜熱帯地域からの帰国者で発熱を主訴とする場合,はじめにマラリアの診断を行なうべきであるが,次に腸チフス・パラチフスの診断も急ぐ必要がある。これもマラリアの場合と同様,発熱を主訴とすることがほとんどで,下痢は多くなく,むしろ便秘になることもあり,バラ疹も見られないことのほうが多い。好酸球消失はよく見られる。幸いなことにこの菌は,抗生剤投与前に血液培養を行なえば検出されやすい。骨髄穿刺液の培養が必要になることもある。ヴィダール反応は不確実である。

デング熱・A型肝炎
 他にデング熱とA型肝炎が重要であるが,前者は,眼の奥の頭痛,腰痛その他の筋肉痛,関節痛など痛みが目立つことが多く,二相性発熱や後の発熱に伴って出現する広範な紅斑,リンパ節腫脹,検査上での白血球減少や血小板減少,また,マラリアや腸チフス・パラチフスなどを否定することで診断がつくことが多い。専門家に依頼し,血中ウイルスのPCR法での検出,血清IgM抗体の検出などで確定診断が得られるが,それらを急性期に行なうことは難しい。A型肝炎では高熱が通常3-4日程度で,無治療でも解熱傾向になり,全身倦怠が高度で上腹部の不快感や疼痛が見られることがあり,灰白色便,濃褐色尿,黄疸などが見られる。トランスアミナーゼやビリルビンが経時的に上昇し,IgM抗体が陽性であれば確定する。

その他の発熱性疾患
 発熱を主訴とする場合,頻度の上から上述の4疾患が重要であるが,その他,アメーバ性肝膿瘍,リケッチア症,ブルセラ症,レプトスピラ症,内臓リーシュマニア症,フィラリア症,メリオイドーシス,ウイルス性出血熱(エボラ出血熱,ラッサ熱,マールブルグ病,クリミア・コンゴ出血熱)など種々の可能性がある。

下痢疾患
 下痢を主訴とすることは多く,頻度としては旅行者下痢症が最も多いが,毒素原性大腸菌,カンピロバクター,サルモネラその他の細菌以外にも,ランブル鞭毛虫,クリプトスポリジウム,シクロスポーラなどの原虫も関与する。もちろん,コレラ,細菌性赤痢,アメーバ赤痢などの疾患も重要で,これらは時に典型的な下痢を起こさないこともあるので注意する。

対策
 国内における対策として,出発前の問題が挙げられる。旅行者自身が目的地にある病気の危険性,それを予防する手段などについての知識を持たないことが多い。旅行会社や航空会社などは顧客に熱帯病の注意を喚起させ,相談を行なうようすすめる義務があると思われる。しかし現状では,仮に旅行者が相談をしたいと思っても,欧米でのトラベルクリニックのような機関がない。トラベルクリニックを開設しようにも,治療を対象とする現行の保険制度のもとでは経営できない。当面は,採算を度外視して公的機関にトラベルクリニックを開設するのが望ましい。
 国内での診療体制については,マラリアその他の熱帯病あるいはその可能性がある場合などに,専門家と迅速に連絡が取れる体制作りが望まれる。