医学界新聞

第29回日本医学教育学会大会開催

「良医を求めて」を基調テーマに


 第29回日本医学教育学会大会が小田島粛夫大会長(金沢医科大学学長)のもと,さる7月17-18日,金沢市の文化ホールにおいて開催された。
 臓器移植,体外受精,遺伝子治療などの高度先進医療が日常的な医療に導入されるようになった今日,従来の伝統的な生命観を揺るがす生命倫理の問題が提起されているが,小田島大会長は,「このような医学・医療の進歩に対応して,生命への尊厳と医療の調和に対する深い洞察力や,幅広い教養を持つ,人間性豊かな良医の育成が医学教育上の重要な課題である」という意図から,今回の基調テーマを「良医を求めて」とした。
 大会では,西澤潤一氏(前東北大学総長)の特別講演「21世紀を展望した日本の医学教育」の他,シンポジウム,ワークショップ,パネルディスカッション,要望演題および一般演題が発表された。
 また周知のように,日本医学教育学会(会長=筑波大学名誉教授 堀原一氏)は,今春90番目の分科会として日本医学会に新たに加盟し,これまで30年に及ぶ歴史の中で培われてきた「医学教育」という独自の研究成果を共有すべく,すでに他の分科会との横断的な連携が胎動している。同学会に寄せられる期待は従来にも増して大きいと言えよう。(関連記事


シンポジウム 「総合診療科と臨床教育」

 シンポジウム「総合診療科と臨床教育」では,司会の福井次矢氏(京大)が「現在までに総合診療部門が設置されている大学付属病院は23,総合診療科ないし総合内科を開設している臨床研修指定病院も少なくとも23を数える」と報告。過去の臨床教育を振り返り,臓器別専門診療部門での教育の問題点として「あまりにもオロジー的な教え方になっていて臨床場面に必ずしも役に立たない知識の提供になっている。卒後の臨床能力に偏りが生じているばかりか,生活者としての患者をトータルに捉えることができない医師が増加している」と指摘。「ゼネラリストのロールモデルの不在が,その養成を困難にするのではないか」と問題を提起した。

総合診療部門による教育とは

 そのような現状を踏まえ,なされるべき総合診療部門による臨床教育の役割として,(1)医療面接や身体診察,頻度の高い症状への対処,コモン・ディジーズのマネージメントといった臨床技量の伝授,(2)医師患者関係,医療倫理,予防医療,ターミナル・ケアといった横断的テーマへのアプローチ,(3)疾病臓器や疾患の種類により価値付けしやすいパラダイムではなく,患者の抱えるあらゆる問題の解決に価値を見いだすパラダイムを受容すること,(4)成人学習理論などに則った,生涯にわたる自己学習の習慣を身につける,との4点を示し,本シンポジウムでの議論に枠組みを与えた。

医療不信と態度教育

 まず,永田勝太郎氏(浜松医大)が「総合診療部の一般性と専門性-日本医師会のかかりつけ医制度の調査から」を発表。1994年に日本医師会が行なった「かかりつけ医機能に関する研究」より公表されたアンケート結果を検討した。「かかりつけ医を選んだ理由」には圧倒的に「近いから」(58%)という選択肢が選ばれている事実,逆に「望ましいかかりつけ医とはどのような医師なのか」との質問に対しては,「よく説明してくれる」がトップであり,第2位に「信頼できる・腕がいい」,「近いから」というのは第3位でしかないという事実に注目。さらに,それら2つの質問に対する回答のなかで,両者の差の大きい項目を抽出し,市民の医療に対する不満として置き換えるならば「信頼できない」(26.4%),「紹介してくれない」(25.0%),「健康・医療相談に乗ってくれない」(20.2%),「話をきいてくれない」(14.6%)など,「不満のほとんどが医師の態度に関するもの」と指摘した。結果を踏まえて氏は総合診療部における知識・技術・態度のバランスのとれた教育の重要性を強調し,「総合診療部の一般性は臨床基礎教育にある」とし,さらに総合診療部の専門性については「多臓器にわたる複合疾患や患者の身体・心理・社会・実存的な全人的理解に立たねば診断・治療が不可能な多くの機能的疾患,器質的疾患の副作用防止,致死的病態の治療である」との見解を示した。

開発・実施・評価に責任

 次に小泉俊三氏(佐賀医大)が登壇し,卒前教育にテーマを絞って発表した。
 佐賀医大において総合診療部の担当している科目は以下の通りである。
 (1)医学概論1:1年生を対象とするこの講座では学外講師(小説家,患者団体等多彩)による特別講義とワークショップ(テーマを学生たちに決めさせ議論させる)とアーリーエクスポージャー(障害者施設等における1日の学外実習。介助も行なう) (2)医学概論2:クリニカルエクスポージャー(準夜帯の病棟看護実習,3年次) (3)臨床入門:4年生を対象として臨床実習を行なうだけの基本的な知識,最低限の医療者としての態度を身につけることを目標とする。具体的には(1)各部門の役割と機構(2)臨床医学の各領域の概要(3)臨床倫理(4)医師患者関係を重視した臨床面接技法(5)身体各部の基本的な身体診察技法(6)臨床検査,画像診断法を学ぶ
 (4)総合外来実習:6年次に行なわれる。通常の外来実習の他,面接技法についてのロールプレイ,診察法の形成的評価を目的とした毎週1回の客観的臨床能力試験(OSCE),救急車同乗実習など
 (5)選択コース:6年生を対象に「臨床医の思考回路を検証する」,「臨床倫理」,「診療所実習」の3コース
 小泉氏は「専門分化していくと各々の専門についてはかなり知識の伝達がなされるが,基本にあたる部分はレクチャーだけでは不十分」と指摘。講義形式を少なくし,小グループによる討論形式を採用することや,ロールプレイや模擬患者による実習,ビデオ,コンピュータ教材等の活用,ポストアンケートによるコース評価の実施等の試みを示し,総合診療部が学生・研修医の基本的診療能力を高め,よき臨床医を養成するための教育プログラムの開発とその実施,評価に責任を持つ統合的な教育部門としての役割を持つべきと強調した。

効果的な臨床研修を模索

 続いて安田幸雄氏(金沢医大)が「総合診療と卒後臨床教育(大学病院の場合)」を発表。初期臨床研修のあり方を模索するために実施した,救急救命科を中心としてのトライアルの結果を報告した。方法としては救命救急科に2か月間ローテイト中の初期臨床研修医を対象に,紹介状がなく特に専門科を指定しない患者を診療対象とし,学内公募のインストラクター7名と救急救命科研修指導医8名とでマンツーマン教育を行ない,週1回の研修医による公開症例検討会を行なうというもの。「到達目標はプライマリケアの知識・技術・態度の習得,専門家へのコンサルト方法の習得」であり,評価は「研修医自身による自己評価」と「複数の指導医による評価」で行なわれた。特にコミュニケーション技法,患者家族との関係形成,身体診察技法,コンサルト方法においてトライアルの有効性が顕著と報告。また,多科の医師が参加する症例検討会は患者を総合的に観察,評価し,治療計画を立てるという視点を得る上で有効であったとした。
 さらに,「総合診療科と臨床教育」と題して伊藤澄信氏(国立東京第二病院)が発表。総合診療科を必修とした「総合診療方式」による卒後初期臨床研修を紹介した。伊藤氏は時代の流れを踏まえ,「外来で診られるコモンな訴えに対する適切な対応方法を初期研修で教育することが総合診療科の役割」との見解を示し,当科開設以来ほぼ毎日開催しているという外来カンファランスにより「当日診察した患者を提示し皆で討論し外来診療の質を高める教育」の実践を報告した。また,研修方式別の研修評価,評価方法論などの検討についても報告がなされた。
 また,箕輪良行氏(自治医大大宮医療センター)は「選択必修BST(Bed‐Side Teaching)に与えるへき地医療経験のある指導教官の影響」を発表。「医学生にロールモデルを提供して影響を与える意味で指導教官の役割は大きい」とし,「卒後9年間地域での診療に従事した医師が総合診療の臨床教育を行なうことがBSL(BedSide Learning)の学生に与えた影響」について検討し,その意義を示した。

プライマリケアの教育という視点

 最後に津田司氏(川崎医大)が登壇。「総合診療における新たな臨床教育の試み」を発表。総合診療部に不可欠なプライマリケアの教育という視点から(1)患者個人のケア,(2)家族指向のケア,(3)地域指向のケアの3要素を強調。家庭医の養成を目指す教育実践を報告した。地域に有するモデルクリニックでの実習を通し,家庭医としての活動(学校検診などの予防活動,外来での医療,在宅ケア)や,福祉や保健(老人福祉施設でのケア等)を含む地域包括医療を体験実習する試み(本紙2206号参照)が報告され,学生は「専門医療と対極をなす家庭医療の重要性,高齢社会における地域包括医療の必要性に気づく」と指摘した。
 各発表を受けての総合討論では,「地域で学生を教育することの重要性」,「生物医学に毒される前に医師としての基本的な考え方,態度を教育することの必要性」などが指摘され,また,大学改革の方向性などが議論された。「良医を求めて」医学教育がどこへ行こうとしているのか考えさせられるシンポジウムとなった。