医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


すべての分野を網羅した臨床検査の辞書

臨床検査データブック1997-1998 高久史麿監修/黒川清,他 編集

《書 評》松澤佑次(阪大教授・内科学)

 日常診療において,疾病の診断および病態の把握に臨床検査は不可欠であり,今日でも,最先端の医学研究から得られた成果を基盤に新しい臨床検査が次々と開発されているのは周知のとおりである。その結果,保険診療が認可された項目だけでも1000種以上に達するとのことである。臨床の場においては,この中から必要最小限の検査項目を選び,適切な組合せで効率のよい検査情報を得て診断を行なうとともに,さらに,より厳選した項目をマーカーとして病勢の経過観察や治療効果の判定を行なっていかねばならない。
 しかし現実には不必要に過剰な検査を行なったり,必ずしも意義を理解せず新しい検査に飛びつく傾向がみられ,時には検査漬けなどと非難を受ける。この背景としては,診断の過程や病態の把握において病歴や理学的所見などの基本的な情報を軽視しがちで,データ優先主義となり,しかもデータについても系統的に分析する習慣がついていないことがあげられる。
 このような問題を解決するためには,臨床医が対応している症例の診断や病態の把握,さらには治療効果の判定のために何を知りたいかの目的意識を明確にするとともに,それぞれの検査の臨床的意義と異常値の出るメカニズムをよく理解して,効率のよい組合せで必要最少限の検査をオーダーするトレーニングが必要となる。しかし,先に述べたように多数にのぼる現在の検査に加えて,次々と開発されていく新しい検査のすべてについて,臨床の現場で常に理解しておくことは不可能である。
 そのような背景の中で,最近『臨床検査データブック1997-1998』が発刊された。本書はほぼすべての分野の項目を網羅しており,臨床検査の辞書とも言えるものである。しかもそれぞれの項目について異常値の出るメカニズムと臨床的意義が簡潔にまとめられているため,患者の病態の把握にきわめて有用である。

‘Decision Level’を強調

 本書の特徴は,異常の出る疾患をただ単に羅列しているのではなく,Decision Levelという概念を強調していることであり,高頻度に異常の出る疾患と,異常の出る可能性のある疾患を分類したり,異常値の程度によって考え得る疾患を区別していることで,最近の医師が陥りやすいデジタル型の思考過程の防止に有効であると思われる。また各検査に要する採血量や検査日数,検体保存日数など重要でありながら臨床医の疎い点についても記載されており,大変実用的である。
 本書は総論で,保険請求上の注意事項がわかりやすく解説されており,勤務医,とくに教育病院で勤務する医師や研修医の最も弱い部分にもふみ込んだユニークな企画も盛り込まれている。ただひとつ欲を言えば,いわゆる検査漬けなどを防ぐための医療経済学の面で,各検査項目に要する費用,少なくとも保険点数も記載されてあれば完璧であったと思われ,改訂の際などに考慮していただければ幸いである。
B6・頁528 定価(本体4,500円+税) 医学書院


本邦の神経学,てんかん学の輝かしい成果

DRPLA 臨床神経学から分子医学まで 辻省次,他編

《書 評》兼子 直(弘前大教授・神経精神医学)

 本書ではdentatorubral pallidoluysian atrophy(DRPLA)の臨床報告(発見)から端を発し,次いで病理学的所見,遺伝子発見に至るまでの経過,および現在残されている課題が包括的に論じられている。
 DRPLAは本邦で疾患概念が確立されたが,その原因遺伝子も本書の著者らにより報告された疾患である。本疾患の発見から責任遺伝子の同定の経過,臨床像と病型分類,鑑別診断,精神・神経症状,外国におけるDRPLA等について実に見事にまとめられている。

鑑別しにくい類似疾患を整理

 臨床家が悩む類似の症状・経過を示すMachado-Joseph病,Huntington病,種々のmyoclonus epilepsy, myoclonus epilepsy associated with ragged-red fibers(MERF),Haw River症候群等との鑑別は臨床症状,神経病理学,遺伝子異常,脳波・画像診断の所見を駆使し,明確に行なえるよう整理されており,本書はてんかん研究者,神経学の専門家,あるいは一般の臨床家にも大いに役立つ。
 DRPLAの疾患概念が確立する過程では,幾つかの論争が繰り広げられたが,その過程は医学の進歩のそれと重ね合わせると,本邦のてんかん学,神経学の輝かしい成果であることがわかる。
 本書はDRPLAを中心に記述してはいるが,DRPLAを理解する過程で周辺の疾患,CAGリピートの症状発現や臨床病型への影響をも理解できるように編集されており,208頁の決して薄くはない本書は一気呵成に読むことができる。てんかん学,神経精神医学を学ぶ者の1人として,本書は自信を持って推薦できる素晴らしいものとなった。多くの方々に読んでいただきたいものである。
B5・頁224 定価(本体11,000円+税) 医学書院


外科医の「揺りかごから墓場まで」的な1冊

実践の外科臨床 門田俊夫,他 編集

《書 評》諏訪勝仁(聖路加国際病院外科)

手術手技からターミナルケアまで

 医師社会というのはとかく封建的である。ことに外科においては如実であり,長と名のつくスタッフを頂点に下はレジデントまで独特な社会を築いている。1度入局すれば,その施設のスタイルを叩き込まれ,5~6年もすればいっぱしにも「当院では……」などと述べるようになるのである。しかし逆にその頃には,自ら学んできた知識や技術が一般的にどうなのかと自問してみたくなるものである。つまり「この場合,他の施設ではどうなのか?」という問い掛けが生まれるのである。私なども聖路加国際病院に就職して以来,当院のスタイルを習得しようと必死になる一方,常に他の施設ではどうなのかと考えていたものである。
 さて,このたび医学書院より出版された『実践の外科臨床』であるが,本書にはいくつかの素晴らしい点があるので紹介したい。まず,皮膚切開より始まる手術手技の基本を第一項とし,診断と治療の実際,周術期管理の方法,そしてターミナルケアをも含めた諸問題についても言及し,理論的にかつわかりやすく書いてある。まさに外科医,特にレジデントにとっては,「揺り籠から墓場まで」的な1冊であるように思う。

各施設のスタイルに触れる

 しかし,本書の一番素晴らしい点は,各項において随所に記されてるさまざまな施設の意見の交換「私はこうしている」である。執筆にあたられた先生方は,関東では有数の研修施設のスタッフばかりである。普段当たり前のように行なっていることも,各施設のスタイルに触れることで,より身近なものと感じたり,あるいは少し遠くから見つめ直してみようと感じるのである。これは,まさに私の待ち望んでいた1冊といっても過言ではない。基礎的なものほど,外科医は自分のスタイルを容易に変えることはできないが,逆に「これで正しいのか」と疑問を持ったりもする。基礎から応用まで,様々な施設のスタイルが実に面白く,刺激的である。おそらく,本書を読んでこう感じられるのは,レジデントや若い医師だけではなかろう。手術,手技はちょっとした工夫や色づけで,驚くほど上達するのである。レジデントを終え,自分の道を歩んでいる諸先生方にとっても力強い1冊ではなかろうか。
 とにかく,一読していただければ,本書が単なるマニュアル本や研修医向けの手技本でないことがわかる。ページのそちこちに,ダイアモンドのようにきらきらと光る先人らの教えがある。ぜひそれに触れ,感じていただきたい。
 本書の出版にあたり,ご尽力された先生方,出版社の皆様に敬意を表したい。
B5・頁280 定価(本体6,500円+税) 医学書院


本格的な除菌療法時代の到来を見据えた好書

ヘリコバクター・ピロリ除菌治療ハンドブック 藤岡利生,榊信廣 編集

《書 評》小越和栄(県立がんセンター新潟病院)

 1983年にHelicobacter pylori(以下H. pylori)の存在が明らかになって以来,わずかな年月にもかかわらず,その臓器障害のメカニズムや病態についての解明が急速に進んでいる。これらが完全に解決され,H.pyloriの除菌治療が確立されれば,消化器病学そのものが大きく変わると考えられる。
 日本では健康保険制度の制約の影響もあり,H.pylori除菌は諸外国に比較してかなり遅れている。現在ようやく除菌療法に関してフェーズ2の治験が始まったばかりである。したがって,このような現状では日本の一般臨床医レベルでの除菌療法はまだ先のことで,専門医以外へのH.pylori除菌知識の啓蒙もまだ先のことと私は考えていた。
 しかし,世界の流れは急で,昨年秋には「Maastricht consensus」が発表され,欧米ではすでに専門医のみならず,一般臨床医での除菌が始まっている。日本でも同様の機運が高まっており,一部の有志の間では「consensus」についての討論もなされている。したがって,一般に除菌療法が普及するのも近い将来と考えられる。
 このような状況下で,除菌療法についてわかりやすく解説した本書の出版は,時宜を得たものと考える。また,本書には随所に「Maastricht consensus」を考慮した記載がなされている。

一般臨床医も対象に解説

 本書の特徴は消化器の専門家のみならず,一般の臨床医をも対象として,H.pyloriと消化器疾患との関連性についての解説がなされていることであり,直接因果関係が明白でないものも,人為的介入試験の結果から,除菌の必要性が説かれている。
 さらに,H.pylori除菌の判定方法について,種々の検査法の比較や日本消化器病学会で作成されたガイドラインについての解説もなされている。除菌に用いられる薬剤の解説についても,日本の現状をふまえて防御因子強化剤を含め,各薬剤の特色が述べられている。特に注目する点は,抗生物質に対する薬剤耐性の出現への警告が取り上げられていることで,安易な薬剤選択についての注意も怠っていない。薬剤の耐性を含む副作用については編集者の藤岡先生が常に強調されていることで,細かな配慮が感じられる。

H.pylori除菌治療の実際

 また本書で特に興味のある点は,H.pylori除菌治療の実際として,4人の執筆者が「私の除菌法」としてそれぞれの経験と意見を述べていることである。4人の著者の除菌の経験には,それぞれ現在の除菌法の選択に至ったいきさつ,外国でのレジメンについての長所や短所について検討を行なった結果が記述されている。そのなかで,日本ではまだ報告の少ない薬剤耐性について,信州大学の後藤暁先生が記載しているが,日本ではまだクラリスロマイシンの耐性は9.5%で,諸外国に比して少ない。しかし,本格的除菌が始まれば今後増加することも予想される。
 「私の除菌法」には自治医大の木村健先生の局所療法の紹介もあり,その方法も詳細に解説されている。
 最後に除菌で疾患がどう変わるかについて,現時点での結果および予測を記載している。
 本書はこれからの本格的な除菌法の到来を前に,除菌を行なう予定の人も,もう少し待とうと思っている人にも,是非一読していただきたい書物である。
A5・頁150 定価(本体3.500円+税) 医学書院


視覚を通して生理学の知識を吸収

コンパクト生理学 R.F. シュミット 著/佐藤昭夫監訳

《書 評》内薗耕二(東大名誉教授・生理学)

 監訳者佐藤昭夫博士の序文にあるとおり,本書はカラー印刷によるわかりやすい図版を用いためずらしい教科書である。まことにそのとおりで,カラーによる美しい図式による本格的な副読本として,本書はまことにユニークであると思う。

視聴覚時代を先どりしたユニークな発想

 原著者のシュミット教授と佐藤博士はお互いに若い頃からの永い間の共同研究者としても知られている国際的にも著名な方々である。2人とも医学教育に熱心で,単著,共著の生理学教科書,参考書も少なくない。特にシュミット教授は早くから生理学教育について独特な熱意を持ち,先駆的な著書が目立っている。視聴覚時代を先どりした図や表を思いきり取り入れたユニークな発想がある。
 これまで,生理学の教科書づくりは,それまでに集積された膨大な資料を,先を競って取り入れようとして努力してきた。そのために,教科書は年とともに膨大なものとなり,中にはもうはるかに教科書と呼ぶにふさわしくない大きさに達したものもある。
 この傾向は,日進月歩を越えて,「分進秒歩」とまで言われる学問の急速な発展期といわれる20世紀後半はもはやとどまるところを知らないようである。
 その点,本書では十分な配慮が払われ,資料の取捨選択が行なわれているように見受けられる。
 細胞生理学から始まって,組織,器官,個体と順序よく配列され,その第1頁には,生理学で使う単位と記号が添えられている。

類書に見ない見事な図版

 本書の特色は何といっても美しい,わかりやすい図版が思いきり取り入れられている点であろう。類書に見ない見事さである。学生のみならず,研究者も本書の図版に簡潔に記載されている説明の背景に,膨大な生理学の知識が秘められていることに思いを致すべきである。現代生理学を本書のみによって理解しようとしてもそれは無理であろう。この点に関しては,著者にはオーソドックスな教科書があることを知るべきであろう。
 本図版には,いずれにしても,要領よく生理学の知識が美しい図版によって視覚を通して訴えてくるものがある。
 大学における教育において,教える側の悩みは,年とともに膨大化する教科内容を,限られた年月の間に後に続くものにいかにして継承させるかということである。
 古典的な背景を忘れることなく,学問のフロントに並べられた知識の体系を効率よく後に続くものに継承させることが教師の重大な任務であるとするならば,本書は正に学生のみならず教師の机辺にも備えるべき貴重な資料である。
 佐藤門下によって入念に作られた日本版『コンパクト生理学』の出現に敬意を表したい。
B5変・頁312 定価(本体4,800円+税) 医学書院