医学界新聞

〈対談〉 
新雑誌「精神看護」に期待する

武井麻子(たけい・あさこ)
日本赤十字看護大学教授
帚木蓬生(ははきぎ・ほうせい)
作家・精神科医


 小社では本年末に,新雑誌「精神看護」を創刊する。そこでこのたび帚木蓬生氏と武井麻子氏に対談をお願いし,新雑誌へのご意見をお伺いした。
 帚木氏は『三たびの海峡』(吉川英治文学新人賞)や『閉鎖病棟』(山本周五郎賞)などで知られる人気作家であり,医療法人社団翠会・八幡厚生病院の副院長でもある。一方,保母や調理師の経験も持つという武井氏は,12年の精神科臨床を経験した後,看護教育へ転じた。社会福祉の本も執筆する幅広い識見の先生である。お2人の経歴にふさわしく話題は広がったが,常に「臨床こそ宝の山」という視点に立ち返った対話が続けられたように思う。全文は9月に発行される創刊準備号に掲載されるが,本号ではこれに先だって一部を紹介することとする。


●新雑誌の理念[新雑誌概要]


知識を共有する手段としての雑誌

――帚木氏(本名:森山なりあきら)は精神科医としても,「精神分裂病における言語新作」[精神医学30(12),31(2)],「『心的外傷後ストレス障害』の現況」(精神医学32(5))など貴重な論文を発表しているが,対談が始まってすぐに,看護についても造詣が深いことが了解された。
帚木 私はよく『サイコソーシャル・ナーシング』とか『ブリティッシュ・ジャーナル・オブ・ナーシング』とかの外国の雑誌を読むんですが,非常にいいですねえ。たとえば保護室の取り扱い方や拘束というような細かいこと,ナース自身が分裂病になったその体験記,もちろんPOSやSOAPの問題やフォーカス・チャーティングとか,非常にバラエティに富んでいますね。日本ではこういう雑誌はあるんでしょうか。
本誌 学会誌はあっても,精神科の看護に的を絞った雑誌は最近までなかったと思います。
帚木 現場の看護婦さんたちは,そういうものを要求しているんじゃないでしょうか。私は看護婦さんを見ていて思うんですが,医師と比べて「知識の共有態度」が少ないですね。学会や研修に行っても,そこで学んだことをほかの同僚に知らしめない。持ち帰ったパンフレットも宝物のように隠してしまったり(笑)。
 知識というのは人に知らしめないと腐ってしまうんですね。学んできたら必ず同僚やエイドさんにも教えるというような雰囲気がいいと思うんですが,看護婦さんの間ではそれが薄いような気がします。そんな意味でジャーナルが必要かな,と思っていました。
――武井氏は海上寮療養所で,治療共同体の日本での実践者である医師・鈴木純一氏らとともに,臨床看護婦,ソーシャルワーカーとして新しい治療関係を模索していた。そこでの体験から,同じ病院の看護職の間だけでなく,病院相互の情報交流の必要性を強調する。
武井 私も12年間ずっと1つの病院のなかに入っていましたが,そこでやっていることはよその病院でもやっているだろうと思っていたら,どうもだいぶ違うということがわかってきました。お互いにそれを知らないでいる。
帚木 各精神病院のカルチャーですよね。
武井 ルールひとつとっても,ものすごく違います。研究会の報告をするかしないかという先ほどの話もそうですが,いろいろな届け出の厳しい病院,何でも紙に書いて届けることが必要な-何か事故があったら事故報告書とか-病院と,一方ではそういうものは書かないで話し合って終わりという病院とか,さまざまですね。保護室の使い方などにしてもそうですね。
――一方で精神科看護は一般に,自らのノウハウを言語化する努力を怠ってきたともいえるのではないか。
武井 雑誌などの発表の場がなかったというのは大きいですよね。
帚木 あちこちで発表したことをすべて集大成すれば,「うちの病院はこういう看護をやっています」という1冊の本でもできるはずなんですが,それがないわけですね。それで毎年毎年看護学生に,さいの河原に石を積むように同じ説明をしていて,積み重ねがないのです。先輩の知恵を後輩が生かして積み上げていこうというのがなされていない。私がそれを言うと,「そんな暇ありません」とか言われて……(笑)。

病棟で何が起こっているのかを明らかにする研究を

――近年,看護婦のなかでも研究への取り組みがさかんになり,そのための研修も多くなってきた。そうなると今度は,参考書をつなぎ合わせたような「研究」が闊歩してしまうのでは,と武井氏は心配する。
武井 まずは実態がどうなのかを観察する,それを報告するだけでも研究になると思うんです。けれども,どうもそのあたりが短絡的で,問題解決指向になっちゃうんですね。「研究によって問題を解決しなきゃいけない」と。そうなると大変。そんなテーマはたくさんあるわけがない。
帚木 ときどき看護婦さんの書かれた論文を読みますと,その論文で物事を解決しておかなきゃいけない,というようなものが意外と目につくんですね。こういう問題があるからそれをオープンにする,つまり「私はこう思いますが,どうか意見を聞きたい」というものが少ないんです。決着をつけないと論文じゃない,というような傾向がありますね。
武井 肥満だったら,運動させたら何キログラムやせましたみたいな。
本誌 「未解決の観察」が,むしろ宝の山で……
帚木 おもしろい。そうですよ。そのままセメントの打ちっぱなしでいいと思うんです。
武井 そういう意味では雑誌は,「投げかけるだけの問題」を幾つも提示することができる。
帚木 その場合,匿名でも投稿可としておかないと,あの看護婦がまた投稿して婦長に呼びつけられて,というような病院もあるでしょうからね。
本誌 私たちの雑誌では,第1ページ目を投稿欄にしようと思っているんですよ,もちろん匿名でも結構ということで。

作家の目,精神科医の目

――『閉鎖病棟』は,九州のとある精神病院を舞台にしたサスペンス小説である。精神分裂病で30年余りも入院生活を余儀なくされている〈チュウさん〉の目を通して,精神病院の日常が描き出される。通常「患者」と一括りにされてそれ以上省みられぬ人たち-非常に感じやすく,他者への配慮に満ちあふれた人たち-の本当の姿が,それぞれ個性的な言動を介して立ち現れてくる。一見こわもての看護主任が,料理教室で「迎え団子」を作っているチュウさんの姿を見て家に帰りたい彼の気持ちを察する,という場面が印象的である。
武井 作家の目とまではいかないんですけれども,私の勤めていた病院では,朝の引き継ぎのとき特記事項のある人だけ各病棟から読み上げるんです。おもしろいエピソードだとみんなにウケるわけです。若い看護士さんなどは日々,患者がこういうことを言った,こんなことをした,おもしろいね,という種を虎視眈々と探していますよ。そういうエピソードに1日に1回でも当たったら,書いておこうって。それを引き継ぎで読み上げるとみんながどっと笑う。それがすごくうれしい。
帚木 それはその病院のよさが出ているんじゃないでしょうかね。いわゆるプロブレム探しじゃないですね。もう少し目を前に向けた,患者さんのポジティブな面を観察してのプレゼンテーションだと思いますから。
武井 1つひとつのエピソードは先生の小説のなかに出てくるような話なんですよね。そういう意味では,単に看護の目だけじゃない,そこに人間的なものの目も必要なのかなという気がします。症状として見たり,問題として見るのではなく。
――『三たびの海峡』では,強制的に日本に連行され炭坑で無念の死を迎えなければならなかった韓国・朝鮮の人々を描いている。吉川英治文学新人賞の〈受賞の言葉〉には,次のように記されている。「書いている途中で何度も涙が出た。作中人物がもっと俺のことを書いてくれと言っているような気もした。受賞を喜んでいるのは,あの無縁仏の坑夫たち,異国で口惜しい一生を終わらなければならなかった韓国・朝鮮の人々ではないかと思っている」。5月に発表された最新作『逃亡』も,戦犯として追われる憲兵が主人公である。帚木氏の作品はつねに,「利用され,捨てられる者」への熱い思いに貫かれている。
武井 看護界のいまの動きを見ると,偏見なのかもしれませんけれども,科学性だとか客観性だとか,どうもすべてが問題解決指向です。POSなどもそうですね。ですから,「いかに早く的確に問題をつかむかに看護婦の能力がある」みたいな方向に行こうとしている気がするんです。
帚木 現代の精神医療を支えてきたのは,少なくともSOAPもなかった,POSもなかった,見よう見まねでやってきた看護婦さんたちですよ。その人たちの実績を,もう古いとか,学ぶものがないとか言って,科学的なもので片づけている。しかしそれは大変な財産を切り捨てることになると思うんです。
 そうこうしていたら,アメリカやイギリスのジャーナルに Solution Focused Approachとか,Solution Focused Treatment についての論文が出てきました。あれは3年ぐらい前でしたかね。ああ,これは精神科にはいいなあと思いました。要するに,精神科の患者さんにとっては,プロブレムはもうどうでもいいんですよ。幻聴は消えないし,いくらやってもプロブレムが残る患者さんばっかりのところもありますから。それよりは,幻聴はあるけれども好きな陶芸には精を出すとか,人の世話はそれなりにするという「患者さんの良さ」に特にフォーカスをしたアプローチが必要なんです。これが出てきて,POSよりもいいアプローチだなあと思っていたら,最近は現場でも言われてきているみたいですね。
武井 もう1つ,看護診断というおばけが……(笑)。
帚木 武井先生,言わせてください(笑)。
――POSや看護診断への疑問に続いて帚木氏は,「精神科看護というのは,言うなれば普通の看護より数等上ですからね。なのに精神科に就職になりましたと言うと,“そんなところに行って!”と怒る看護学校の先生がまだおられるらしいですね。とんでもない話で,看護の一番のうまみは,精神科に残っていると思うんです」と述べた。これを受けて,話題は新カリキュラムの〈精神看護学〉の位置づけ,看護教育の問題,さらには精神科看護をめぐる誤解に対する雑誌の役割について,と広がっていった。
 対話はまだまだ続くが,詳細は9月発行の創刊準備号に譲ることとする。なお,新雑誌「精神看護」についてのご意見・ご注文をお待ちしております。どうぞ皆様の声をお寄せください。

・医学書院看護出版部・白石/安部
 TEL(03)3817-5785/FAX (03)3815-4145

新雑誌の理念

●建て前ではなく,現場感覚に基づく方法論を追求する
 臨床現場では,日々さまざまな看護実践・看護管理の方法が工夫されています。しかし,これらが蓄積されずその場限りの対応に終わってしまったのでは進歩はありません。「精神看護」は,多くの「発見」を蓄積し,発酵させる雑誌です。

●「情報の交差点」としての役割を果たす
 アメニティの考え方,婦長会のやり方……病院にはそれぞれの「病棟文化」があります。読者の皆様からの情報と,全国に配置された情報提供スタッフやモデル病院からの情報が交錯する媒体が「精神看護」です。

●制度改革の本質を探り,先行きを読む
 介護保険創設,医療保険改革など,90年代に入り医療・福祉領域の諸制度はめまぐるしく変わりつつあります。精神科領域は,これから本格的な改変期に入るといってよいでしょう。ますます先見性が問われる時代に,「精神看護」は最新情報をお届けします。

●臨床・教育・研究の連携を促す
 新カリキュラムの専門科目として「精神看護学」が正式に位置づけられました。しかし,何をどのように教えればよいのでしょうか。学生はどのようなことを知りたくて,現場の看護者は教育・研究に何を期待しているのでしょうか。「精神看護」ではそれぞれの本音に迫り,より効果的な教育技法を探ります。

●保健・医療・福祉統合の先駆領域として,精神科看護をとらえ直す
 施設vs.地域,疾病vs.障害,治療vs.生活,さらにはセルフヘルプグループ,グループホーム,ケアマネジメント……精神科領域では,現在先進諸国で課題となっている事柄を先駆的に扱ってきました。「精神看護」は,そのノウハウを他領域・他職種に伝える媒体となります。

[新雑誌概要]
●誌名 精神看護
●発行形態 隔月刊(年6回 1・3・5・7・9・11月号)
●創刊日 1997年12月1日
●体裁 判型:B5判
頁数:72頁
●定価 本体1,200円+税
●年間購読料(未定)
●特集・連載テーマ例
・医療制度改革は日常ケアをどう変えるか
・今月の婦長会
・精神看護ステップアップ講座
・教員リレーエッセイ――精神看護学・私の方法
・今さら聞けない精神科看護Q&A