医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


医療事故の実態について警鐘を打つ

病院における医療事故紛争の予防 第2版 岡田清,他 著

《書 評》秀島 宏 (全日本病院協会長/秀島病院長)

医療行為の中の意外な落とし穴

 われわれ医療機関にとって日常の業務の医療行為のうち,医療と背中合わせであり,常に心がけなければならない医療事故の実態について警鐘を打たれたことに,大いなる敬意を払うものである。
 そもそも診療行為が始まった時点で契約が自動的に成立しており,医師は忠実に医療水準をもって対応することが契約の原点である。しばしば医師はこの原点を忘れがちであるがゆえに医療事故につながることがある。現在,患者権利法を作る会ができており,医療事故を多発させる方向にあることを考える時,時宜を得た書に出会った思いである。
 このたび診療報酬にインフォームドコンセントが導入されたので,説明と同意がなされることであろうが,本書に示されているあらゆるケースについて見るとき,医療行為の中で意外な落とし穴があることがわかるであろう。例えば,近年問題になったHIVはじめB型C型肝炎を見ても,ウインドウピリオドにおける感染など多くの問題が山積していることを考える時,医療事故の予防は難しいと考えられる。

日常診療で有用性に富む

 われわれ医師は十分注意していながら事故に巻き込まれる事実にしばしば遭遇する。この中に示されているように,診断,治療,手術が事故件数の大半を占めているが,加えて診断書による事故は多くの医師がケアレスミスとして気がつかずに自ら招くこと,またニアミス,宗教上の輸血等についても踏み込んで本書が述べていることは,日常の診療で有用性に富んでいると感じた次第である。
 私の経験の中で,泥酔してバーの2階から階段を踏みはずしルシッドインターバル10分で昏睡状態となり,私の病院に救急車で搬送された25歳の男性患者の例をもって,医療事故は些細な言葉で大事に至る例を示してみよう。初診時呼吸状態は悪く,ただちに挿管ベンチレーター装着のまま諸検査を行なったが,硬膜外血腫と診断,緊急避難的に家族不在のまま開頭したが,直径11cmであり血腫除去した。翌朝家族来訪,大変感謝をして帰ったが,その後バーの経営者の処に寄り,バーの構造に不備があるとして,医療費の支払いを迫った。そのためバーの経営者は私に泣きついてきた。男気を出して家族に対し「本人の自覚がない」と私が決めつけた故,はじめ感謝していた家族が一転し,私に対して手術のミスで遷延性意識障害を来したとして,5000万円の賠償を要求してきた。8年の民事裁判の末,私は勝訴したが,この間の暗い気持ちを今でも忘れられないのである。
 本書を一読し,あのときこのようなアドバイスがあったらと,今さらのように著者の奥深さを感じた次第である。
 今後高齢化社会を迎えるにあたって,老人特有の事故,医療に対する社会の不信を眼中に入れて,法律音痴の医師が座右の書として活用されると苦渋を避けられることであろう。
A5・頁312 定価(本体3,800円+税) 医学書院


内科臨床医の自己学習に最適の参考書

認定内科医・認定内科専門医受験のための演習問題と解説 第2版
日本内科学会認定内科専門医会 編集

《書 評》山崎正博(近森病院・神経内科科長)

実力を備えた臨床家になるために

 「より良き臨床家像」を求めて,多くの医学生や若年医師が暗中模索の状態にあると思われます。実力を備えた臨床家になるのに必要なことは,卒後のできるだけ早い時期に,重症,軽症や,難易の有無にかかわらず,できるだけ多くの疾患を経験して「医者としてのセンス」を磨くことにつきると思います。また具体的な努力目標を立てることも大切です。臨床医学の評価の1つとして,教科書的な知識ばかりでなく,幅広い経験からの実践的な能力を問われる各学会の認定医や専門医制度があり,臨床家を望むのであれば,その合格をめざすことも具体的な努力目標になると思います。
 大学卒業時,内科専門医の制度があることを知り,その研修施設として天理よろづ相談所病院のレジデント制度を選びました。まだレジデント制度は緒についたばかりで,試行錯誤の状態でしたが,受け持ちの内科各科の患者の回診に備えてデータ整理をしたり,文献を渉猟する毎日でした。症例数が豊富な研修施設でも経験できる症例には限りがあります。そのような時には,他の医師の症例でも,「自分ならこう考えてこのように対処する」とイメージトレーニングをして回診に臨み,上級医の考えと比較したものです。また神経疾患の症例であれば,全例を診察して所見をカルテに記載し,部位診断と質的診断をして,他の医師の所見と比較することにより経験症例を増やすようにしました。
 天理よろづ相談所病院は研修評価の1つが専門医試験に合格することでしたが,内科各科の研修修了後に自己評価できるようないわゆる問題形式の参考書はありませんでした。試験に備えての学習参考書といえば,当時,医学書院から発行されていたアメリカ内科学会編『内科専門医のための研修問題と解説』は,内容が高度でかなり難解だったような記憶があります。

最新の知見を取り入れた 実践的な内容

 今回,医学書院から改訂第2版が発行された『認定内科医・認定内科専門医受験のための演習問題と解説』は,内科認定医,あるいは内科認定専門医試験には必須の参考書であった第1版の内容を大幅に入れ替え,症例数を増やし,解説には最新の知見を取り入れて,受験用の参考書としても,あるいは知識を整理する本としても,より実践的な内容になっています。若年医師の臨床研修には,熱心な指導者のいる症例の豊富な研修施設とよい参考書が必要と思います。日本では公募できるよい研修施設がまだまだ少ないのが現状です。不十分な,あるいは偏った研修の中で,今回大幅に内容の改訂された第2版は自己評価あるいは自己学習という目的には最適な参考書だと思われます。
 今,定額制の導入など医療費の抑制が大きな社会問題となっています。そのためには,的確な診断を早期に行ない,適切な治療を短時間でできるような真の実力を持った臨床医が求められ,その鍵はこれからの臨床を担う若手医師の双肩にかかっていると言っても過言ではないと思います。今回の第2版は,真の実力をつけたいと思う内科臨床医には,その目的のためにも必須の参考書だと思います。
B5・頁300 定価(本体5,900円+税) 医学書院


薬理学の基本と最新の知識を盛り込んだ教科書

標準薬理学 第5版 海老原昭夫 監修

《書 評》橋本敬太郎(山梨医大教授・薬理学)

薬理学・分子生物学領域の進歩を反映

 本書は第5版ということで,医学部学生用の教科書としては古典的な評価を受けているが,大幅に改訂された。薬理学,分子生物学の領域として進歩の著しい受容体,生理活性物質を主流にした構成になり,物質としての薬物が,細胞機能をどのような物質を介して変化させ,治療効果を示すかという薬理学の基本が理論的に理解しやすくなっている。
 総論には臨床薬理学,医薬品開発も含み,また中毒学の領域まで古典的な薬理学教科書として取り扱う範囲を全てカバーしていることもあり,内容が増えた分,手頃なサイズというには少し大きな教科書になってしまった。しかし,より詳細な知識は大きな教科書を図書館などで得ることにすれば,医学生が自分で購入する教科書として必要十分な本であろう。

薬理学に興味を起こさせる内容

 第2編の薬物と生体機能制御系は,最新の分子生物学的な知見に基づき薬物の作用点,作用様式が理解しやすく書かれており,薬理学に興味を起こさせる内容になっており,イオンチャネルの電気生理学的な解説が少し足りないのではないかといった不満もあるが,初版の頃の最小限の薬理学の知識のまとめといった私的な感想は完全になくなっている。
 「Side memo」はどの本にもあるはやりではあるが,適切なものが多いし,随所に他の教科書にない図があるのは執筆者の古い版に対する反省と改良の意気込みの現れであろう。古典的な薬理学とは言え,欧米の教科書が省略することの多くなった用量,反応関係の数式を用いての解析や薬物動態の理論の基礎がきちんと書かれていることは,数学に決して弱いわけでない医学生に,基礎的な簡単な理論が薬物の評価に使い得ること,理論的に薬物の作用が理解できるはずであることを示しており,大変よいことだと思われる。
 第2編での生理活性物質を中心にした章と第3編の疾患別の治療薬の部位で薬についての記述がかなり重複してあり,相互に参照しやすい工夫は親切であるが,相互に触れる内容を統一すればページ数を減らせたのではないかと惜しまれる。またこれだけの教科書になったのなら,読者が研修医になったときにも使い得るような用量,用法の基本的な記載や,臨床での頻用度からの薬物選択が行なわれたらより有用になったのではないかと思われる。医学生なら間違っては困るような副交「換」神経などとヘッダーについているのは愛嬌だが,最新の知識を練り込んで改訂をしたこの本の意気込みを買いたい。
B5・頁496 定価(本体6,400円+税)医学書院


外科臨床のあらゆる現実的な問題を1冊に

実践の外科臨床 門田俊夫,他 編集

《書 評》牧野尚彦(兵庫県立尼崎病院長)

実際的な教訓と示唆にあふれた 記述

 この本はそのタイトルどおり,まさしく臨床の現場からの声であり,きわめて実際的な教訓と示唆に満ちあふれた“実践”の書である。
 執筆者の顔ぶれをみると,いずれも実績を誇る第一級臨床病院の外科医であり,研修医たちの指導の最前線に位置する方々である。ともすれば研修内容が偏りがちな大学病院と違って,そこには大小取り混ぜて外科臨床のあらゆる現実的な課題が日常的に存在するから,執筆者たちが何を問題とし,どんな解決法をとっているのか,ページを開く前から大きな期待感を抱かせる。
 まず開腹と縫合,消化管吻合などの基本手技が実際に即して語られる。それに続いて,研修医に当たることの多い基本的疾患の診断と治療のポイントや,周術期管理の実務的な側面が重点的に取り上げられる。外来小手術のコツや救急処置の実際があるかと思えば,創面処置やドレナージの基準があり,さらには告知や緩和処置の問題まである。
 書き出しが剃毛の是非の科学的評価から始まるあたり,この本の面目躍如たるところである。私も若い頃,術後の経鼻胃管や蠕動処置や予防的抗生物質投与などに疑問を持ち,改革に取り組んだことがあるので共感を持てるのだが,執筆者は些細にみえることでも,こういった科学的根拠の薄い因習を打破して,外科臨床の近代化や合理化を意図していることがよくわかる。
 記述は徹頭徹尾具体的であり,臨場感にあふれている。
 特筆すべきは,主要項目ごとに,執筆者の属する5つの病院の基本方針が一覧表で対比されていることで,読者はこれによって近代外科の動向や,地域ごとの独自な創意工夫を知ることができる。さらに各章末には各病院の指導医による「私はこうしている」というコメント集があり,これも自らの病院と対比して,たいへん興味をもって読める。

現実に密着して最新の考え方と 対処法を提案

 この本は,決して臨床外科に関する系統的・網羅的な本ではない。そのかわり,若い外科医が研修の期間に遭遇するであろうほとんどの課題について,要所をとらえ,現実に密着して最新の考え方と対処法を提案してくれる。いってみれば,この本は臨床外科医の“戦訓集”のようなものであって,いつも座右におけば大いに心強いだろう。
 ただしこの本は,主な読者層とみなされる研修医や専攻医だけでなく,指導医クラスにとっても一見の価値があろう。というのは,指導ポイントを整理したり,自分の病院のやり方を再評価するのに,きわめて有益な視点を与えてくれるからである。私自身書評を依頼された機会に通読して,大いに啓発されるところがあったし,このような意欲的な企画を成功させた執筆者の方々に心から賛辞を贈りたい。
B5・頁280 定価(本体6,500円+税) 医学書院


麻酔学の知識を網羅した奥深い専門書

麻酔科学ベーシック R. K. Stoelting,他 著/稲田英一,他 監訳

《書 評》花岡一雄(東大教授・麻酔学)

臨床で必要な情報を正確かつ簡潔に

 本書『麻酔科学ベーシック』は,“Basic of Anesthesia"の訳書である。原著はもともとRobert K. StoeltingとRonald D. Millerによって麻酔学の実用的入門書として,医学生や若い研修医のために執筆された教科書である。第1版は1984年に麻酔学を臨床で実践するために必要な情報を正確かつ簡潔にまとめることを基本的なコンセプトとして発行されている。この本はAmerican Board of Anesthesiology認定試験を受ける若い麻酔科医の間で評判となり,このたび第3版が刊行された。
 この第3版には麻酔学本来の領域とともに,近年注目を浴びている急性病としての術後疾病の管理,臓器移植,いわゆる手術室を離れた場所での麻酔,外傷患者の麻酔についても加筆されている。いわば麻酔学の入門から,必須知識までをも網羅した奥深い麻酔学専門書とも言える。
 監訳者が序文で述べているように,訳者数はわずか7人で,しかも監訳が厳重に行なわれており,全体を読み通すのに無理がない。また,日本と米国との実情が異なる点については訳注がつけられており,その点においても単なる訳書ではない。全体は7章からなっている。第1章の「麻酔の歴史と領域」においても,日本での麻酔の歴史が訳者によって加筆されており,諸外国と日本との関連性がさらによく理解できる。
 第2章「薬理学」では,自律神経系の項目においても解剖,生理から論じられており,さまざまなカテコラミンについて解説され,さらに交感神経作動薬,降圧薬,βアドレナリン受容体作動薬,抗コリン作動薬,抗コリンエステラーゼ薬とそのほとんどから述べられているので,非常に便利である。また図表が多く,本文との関連性が確実であり,非常に理解しやすいのも特長である。この章には,吸入麻酔薬,静脈麻酔薬,局所麻酔薬,筋弛緩薬など臨床麻酔上不可欠の薬物が簡明に記されている。また筋弛緩薬の項では新しい非脱分極性筋弛緩薬であるrocuronium,mivacurium,pipecurium,cis‐atracuriumの日本での開発状況が示されているので,読者にとっても現状の把握がしやすいのは,監訳者らの心憎いばかりの配慮である。

図や写真を駆使した解説

 第3章「術前の準備と麻酔管理」においては,日本でも近年社会問題となっているインフォームドコンセントについて記載してある。米国での現況もかなり厳しい。また,術前評価などもよい参考となる。前投薬も心理的前投薬と薬物的前投薬に分けられており,患者の不安な心理状態解消の重要性が改めて認識させられるなど,随所に目をひく記載が見受けられる。麻酔装置は麻酔器と呼吸回路から構成されているが,基本的な構成部分の解説もわかりやすい。また呼吸回路についても歴史的なmapleson AからF回路までの分類やBain回路なども掲載されているので,呼吸回路の基本的概念がよく理解できる。
 気管内挿管に際しては,日本でも近年,体格などの向上によって挿管困難症に遭遇する機会が多くなってきたが,喉頭鏡による声門開口部の視野や頭位,喉頭鏡ブレードの適切な位置,挿管困難症に対するアルゴリズムなど参考になる部分が多い。また光ファイバー喉頭鏡による挿管やブラード挿管用喉頭鏡,ラリンジアルマスクなども図や写真をふんだんに使用して解説してあるので一目で理解できる。脊椎麻酔や硬膜外麻酔,末梢神経ブロックとしての頸神経叢ブロック,腕神経叢ブロック,上腕の末梢神経ブロック,肋間神経ブロック,下肢のブロック,星状神経節ブロック,腹腔神経叢ブロック,静脈内局所麻酔法なども同様に視覚に訴えて解説してある。体位とそのリスクでは,他書ではあまり触れられていない,合併症と注意点を詳細に記述してあり,新人研修医にとっては大いに参考となろう。モニタリング,酸塩基平衡と血液ガス分析,輸液と輸血療法など総論としての豊富な内容に驚かされる。
 第4章「麻酔各論」では心,血管疾患患者,慢性肺疾患患者,肝・胆道系疾患患者,腎疾患患者,内分泌疾患や栄養疾患患者,中枢神経系疾患患者,脳外科や耳鼻咽喉科疾患患者,産科患者,小児や高齢者から臓器移植患者の麻酔管理にまで及んでいる。また手術室外での麻酔の必要性も増してきたが,本書では体外衝撃波結石破砕術,放射線学的検査や治療,電気ショック療法の麻酔管理まで述べてある。
 第5章では術後管理について回復室での注意事項,副作用,術後疼痛管理を扱っている。最後の第6章「特殊な麻酔」では集中治療と外傷患者の管理,慢性疼痛管理,心肺蘇生法に触れてある。第7章は付録で, 麻酔での基本的モニタリングの基準,産科麻酔における脊椎麻酔および硬膜外麻酔のガイドライン,麻酔後管理の基準は今後の日本での方向づけにも大いに参照したい。本書は単なる訳書を超越しており,改めて監訳者の先生方の御努力に敬意を表す次第である。
A4変・頁448 定価(本体12,000円+税)MEDSi