医学界新聞

40年の歴史から21世紀を見据えて

第40回日本糖尿病学会が開催される


 第40日本糖尿病学会が初の女性会長である大森安惠氏(東女医大教授)を擁して,さる5月22-24日の3日間,東京国際フォーラムで開催された。

エベルスパピルスから21世紀へ

 今学会では国民病とも言われる糖尿病に対し,古代から連綿と続く糖尿病医学の発展を見据え,分子生物学的技法が主流になりつつある現在,21世紀へ向けた臨床や研究の最先端の成果が一望できる集会をめざして,キャチフレーズを「エベルスパピルスから21世紀へ」とした。
 開催期間中の午前にはプレナリーレクチャー6題,また招待講演は海外からの演者を含め3題が企画され,この中で酒井シズ氏(順大教授)はこのテーマに沿った「歴史からみた糖尿病との闘い」を講演。さらにシンポジウム3題,ワークショップ4題,教育講演8題の他,最終日には一般市民を対象とした市民講座を開催し,第1部では小宮山洋子氏(NHK解説委員)の司会によるパネルディスカッション「どうしたら糖尿病を封じ込められるのか」(シンポジスト:作家 澤地久枝氏,俳優 渡辺文雄氏,イラストレーター エムナマエ氏,滋賀医大教授 吉川隆一氏,日本糖尿病学会理事長 赤沼安夫氏),また第2部ではオペラ歌手の岡村喬生氏,林康子氏による「世界を巡る歌の旅」が行なわれた。
 学会初日には,大森会長自身がファンでもあるという作家の渡辺淳一氏が,「医師から作家」を特別講演。札幌医大整形外科から作家をめざし単身上京した経過や,著書が売れるまでの苦労,多くの人との交流などをたんたんとした口調で語った。
 また,大森会長は「私のライフワーク:陽は昇り,陽はまた沈む‐糖尿病と妊娠に関する臨床および研究」と題する会長講演,(1)糖尿病と妊娠の相互作用,(2)東京女子医大での糖尿病妊娠治療の歴史,(3)糖尿病患者の計画妊娠の重要性等をテーマに口演。死産や奇形児出産などの危険率が高いとされる糖尿病患者の妊娠について,「インスリンコントロールで普通の人と同じ出産が可能」と述べた。
 なお,一般演題は医師,看護セッションを中心とする1133題が,ポスターおよび口演,学会誌上にて発表された。

NIDDM遺伝子研究に注目: 3つのアプローチを討議

 開催期間中の毎夕行なわれたシンポジウムのうち,「多因子疾患としてのNIDDM(インスリン非依存型糖尿病)-インスリン分泌障害とインスリン抵抗性をもたらす諸要因」(座長:神戸大 春日雅人氏,東女医大糖尿病センター 岩本安彦氏)では,6人の演者が登壇した。

 シンポジウムに先だち春日氏は,「糖尿病は複数の遺伝要因に,さらに複数の環境要因が加わって発症する多因子疾患であり,発症にはインスリン分泌障害とインスリン抵抗性のいずれもが関与していることが多い」と前置きし,「日本人に最も多いNIDDMの発症に関与する遺伝子を明らかにする方法は,(1)候補遺伝子アプローチ(candidate gene approach),(2)ポジショナル・クローニング,(3)罹患同胞対法に大別される」と紹介。
 これに基づき,「候補遺伝子アプローチ」に関連して3氏が報告した。まず,染谷至紀氏(京大)は,「インスリン遺伝子の転写調節とGKラットにおける変化」を解説。「糖尿病の発症要因には,(1)末梢でのインスリン作用の低下,(2)β作用によるインスリン合成および分泌の低下があげられる」として,インスリン遺伝子の転写調節領域に存在するCRE(cyclicAMP Response Element)に着目し,転写調節領域での解析をするとともに,糖尿病の成因に関与するか否かを検討。その結果,「CREやこれに結合する転写因子群がブドウ糖によるインスリン遺伝子の発現にきわめて重要であることが示唆された」と述べた。さらに,GKラットの膵ラ島の転写因子の発現を検討した結果,「転写因子レベルでの発現量の変化がインスリンの合成や分泌の障害に関与しうることが示唆された」と報告した。
 次に,金塚東氏(千葉大)が「NIDDMにおけるCD38遺伝子ミスセンス変異」と題してNIDDM患者100名と非糖尿病患者90名を対象に,CD38遺伝子異常と糖尿病との関係について検討した。
 さらに三家登喜夫氏(和歌山医大)は,「NIDDMの組織学的な特徴として,膵ラ島のアミロイド沈着があげられるが,これが膵β細胞を障害し,インスリン分泌低下を招くことが想定できる」として,日本人NIDDM患者294名,IDDM患者59名,高齢(老人)糖尿病患者87名を対象にアミリン遺伝子について検討,「発症年齢が35歳以下では高位に遺伝子変異がみられる」など,「日本人NIDDM患者におけるアミリン遺伝子変異とその意義」を報告。
 また,MODY(若年発症成人型糖尿病)は常染色体優性の遺伝形式を示し,通常25才以下で発症するが,山懸和也氏(シカゴ大)は「ポジショナル・クローニング」を用いて,MODY遺伝子の同定,および日本人NIDDMにおける遺伝子異常の検索結果を発表。MODY1とMODY3がそれぞれHNF(Hepatocyte nuclear factor)4αと1αであることを明らかにし,「HNF1αおよびHNF4αがインスリン合成に深く関与しており,これらの異常が,NIDDMの成因の1つであることが判明した」と報告。
 次いで,「罹患同胞対法」については,岩崎直子氏(東女医大糖尿病センター)が172家系393名(274同胞対)を対象とした日本人のNIDDMの解析結果を報告。さらに島健二氏(徳島大)が「膵β細胞増殖能とNIDDM-モデル動物の成績から」を発表。膵β細胞増殖能障害によるβ細胞量の減少がNIDDMの成因に深く関与している可能性があることを示唆した。