医学界新聞

連載
現代の感染症

3.結 核

毛利昌史(国立療養所東京病院)


結核の歴史

 結核と人類の関わりは,石器時代に人類が農耕を開始し,集落を形成するようになってからであり,それ以前,狩猟を中心に小集団で移動生活をしていた時代には,結核はおそらくほとんどなかった。わが国でも,縄文時代の遺跡から骨結核の所見がある人骨が発見され,縄文人の衰退と弥生時代への移行には,大陸からの渡来人が持ち込んだ結核が関与していた可能性が指摘されている。同様の関係は,新大陸の原住民(マヤ,インカ,アメリカインディアンなど)と征服者としてのヨーロッパ人との間にも認められる。18世紀にアメリカ政府はインディアンを強制的に抑留地に収容したが,この抑留地で結核が集団発生し,多数のインディアンが死亡したことも,西部開拓史上有名な暗い事実である。
 結核の蔓延は産業革命による都市への人口集中と密接に関連し,19世紀の英国から始まり,西欧,北米,東欧,日本と拡がり,現在は,全世界の結核患者の90%以上がいわゆる発展途上国に集中している。日本でも結核は,紡績業などの工業化が進んだ明治維新以降急速に蔓延した。
 20世紀に入り,欧米諸国を中心とする先進国で結核は激減したが,日本では太平洋戦争の影響もあって欧米よりも10-20年ほど遅れ,明らかな減少は1945-50年代以降である。わが国の結核の減少は,結核予防法の改正,保健所や国立療養所の整備など,国をあげての結核対策以外に,生活レベルの向上によるところも大きい。

結核の現状

 現在,地球上では毎年約190万人が結核で死亡しているとされているが,その約90%はいわゆる発展途上国の人たちである。1980年代以降,AIDSの影響もあって,結核は欧米でも一時的に増加するUターン現象が認められたが,日本でも結核の減少速度は鈍り(),とくに東京都など大都会では30-39歳の年齢層でむしろ微増傾向さえ認められている。

現在の結核医療の問題点

結核の動向

 結核は元来,社会的弱者の病気であり,貧困の産物でもある。現在,わが国の結核患者の約80%は50歳以上であり,その多くは男性で,単身者,もしくは糖尿病などの基礎疾患がある症例である。日本では,女性の経済力の向上と比例し,熟年離婚者が増え,ひとり暮らしの中・高年男性が増加し,また,核家族化の進行とともに孤独な老人世帯が増加している。このような人たちは社会的弱者の典型であり,結核の温床となる危険性が高い。わが国に限らず,結核絶滅の成否は社会的貧困をいかに是正できるかにあるが,この問題は容易には解決できない。したがって,近い将来,わが国で結核が激減するとは考えにくく,結核罹患率は今後も微減,もしくは現在と同じレベルを維持すると予想される。

結核診断と治療の遅れ

 1959年以来5年ごとに行なわれている全国国立療養所結核死亡調査の結果では,死亡要因中,“doctor's delay”および“patient's delay”に関係する,「既に重症」,「受診の遅れ」,および「患者の無理解」の合計は全体で227例(33.0%),肺結核死群で186例(56.2%)あり,とくに男性で高かった〔(該当例/死亡例)男:58.5%(138/236人),女:50.5%(48/95人)〕。診断,治療の遅れが肺結核死亡要因の約60%を占めている事実は深刻であり,「結核を軽視してはならない」という警鐘とも解釈できる。

結核の化学療法

化学療法の基本

 感染症の化学療法全体に共通することではあるが,特に結核では,
 (1)初回治療に成功すること
 (2)投与薬剤,用量,期間は,定められた治療計画に基づき行ない,完了すること
 (3)患者の服薬を確認すること
 (4)副作用の早期発見と適切な対応
 (5)排菌陰性化および治療完了は必ずしも完全治癒を意味しない の5点が重要である。臨床的に結核が疑われ,化学療法の開始が決まった場合,治療内容と期間は,多剤併用の標準的治療法に準じて行なうべきであり,「とりあえず,INH1剤を投与」といった中途半端な治療は危険である。
 現在の短期化学療法は,6-9か月が基本であるが,その根拠は,この間の治療で結核菌の死滅を完全に達成できるからではなく,これ以上継続しても再発率の減少が実質的に望めないからである。言い換えるならば,どんなに化学療法を続けても,少数の結核菌は体内のどこかで生き残る可能性があり,この点は癌の化学療法と共通している。したがって,結核治療の終了は長期間治癒を意味し,完全治療ではない。治療完了後も不摂生や栄養不良,および老化などにより体力が低下すれば,将来,再発の可能性があることを患者に十分理解してもらうことは,再発予防のためにもきわめて重要である。

多剤耐性結核と初回治療の重要性

 結核は,基本的に治癒可能な疾患であるが,初回治療に失敗すると,菌が多剤耐性化し,難治性結核に移行する危険性が高くなる。
 多剤耐性結核で排菌が止まらず10年以上,場合によっては一生入院を続けざるを得ない症例は現在でもあり,結核は人の一生を左右し得る深刻な疾患であることは今も変わらない。治癒可能であるだけに,結核は絶対に見逃してはならない疾患であり,また初回治療で長期間治癒を達成すべき感染症である。このような認識は,結核の経験があまりない若い臨床医では特に重要である。現在の標準的結核化学療法をに示す。