医学界新聞

“ナビゲーションシステム”の現況と将来展望

A New Dimension in Image Guided Surgery


 手術支援にコンピュータを利用する試みは拡大の一途を辿っている。ことに「術中ナビゲーションシステム技術」は,術野の観察のみならず,術中に手術計画やCT像などを術野と直接対比しつつ参照することを可能にし,外科医に新しい「目」を提供する手段として認知され始め,高い関心と注目を集めている。
 また一方では,外科領域において近年開腹や大きな開頭を必要としない低侵襲外科治療(minimally invasive surgery)が要求されるようになり,これに伴って狭い術野での手術操作を支援する技術としても,ナビゲーションシステム技術が重要視されている。 そのような折り,先ごろ開催された「第17回日本脳神経外科コングレス」の会期中にC.Sainte‐Rose氏(Hopital des Enfants Malades, Paris)によるユニークなセミナー「Image Guided Surgery」が開かれた。
 そこで本紙では,同セミナーの司会を務められた高倉公朋氏(東女医大学長)および河瀬斌氏(慶大教授)に,脳神経外科における「ナビゲーションシステムの現状と将来展望」についてご意見をお伺いした。



“ナビゲーションシステム”の現況

術者の経験のみに頼らず,副次的な効果も期待

 「術中ナビゲーションシステム」とは,手術器具の先端あるいは顕微鏡の焦点の位置が,術前もしくは術中に撮影されたCTやMRI上のどの位置にあるのかを,リアルタイムでコンピュータのモニター上に表示する装置。脳ナビゲーションシステムも,大きく分けて位置検出装置(digitizer)と画像処理装置によって構成される。 
 それでは,マイクロサージャリーにおいてナビゲーションシステムはどのような位置づけにあるのだろうか。
 河瀬氏は,「これまでは,手術者の経験に頼らざるを得ない部分が多くありました。しかし,このシステムでは必ずしも必要以上に長い経験のみに頼らずとも,目的の部位に導けることにその大きな特徴があります」と指摘する。
 前述のように,ナビゲーションシステムにおいては,手術計画と実際の手術部位とを常時レジストレーションして,客観的に一定の精度で突き合わせができるように支援するが,高倉氏によれば「手術スタッフも術者と同じく手術計画や手術の進捗状況に関する情報をいつでも参照できるようになるという副次的効果がある」。

低侵襲で,正確に,さらに,患者さんのQOLを高める

 また,ナビゲーションシステムの導入によって,手術のプロセスにどのような変化が起こっているのだろうか。
 河瀬氏はこの点に関して,「手術が正確になることによって,侵襲性が低くなると言えるでしょう。また,不要な脳のダメージを減らすという意味からも,患者さんのQOLを高めるとともに,トラブルが減少することにもなります」と言う。
 高倉氏も同様に,「このシステムを導入することによって得られる低侵襲手術では,なるべく小さく切り,狭い経路を通って目標に到達することができます。そして,正確で適切な操作を行ない,しかも手術時間を短縮することが可能になります」と述べている。
 さらに,このシステムの生命とも言える精度に関しては,「理想的には1mmくらいだが,現実的には2~3mm,機器の開発状況から考えても,現在は3mm程度でも十分使用に耐えうる」というのが両氏の一致した意見である。


“ナビゲーションシステム”の将来展望

「ブレーンシフト」への対処

 次に,両氏は今後の課題として,「脳組織の変位とその対策」を指摘する。
 開頭手術にあたっては,脳槽を開けたり脳室を開放したりすると,髄液が流出するため,重力によって脳実質が初めの位置から変位することがある。また,腫瘍を大きく切除すると当然脳実質の変位が起こってくる。ナビゲーションは術前に撮影した画像を基準として行なうために,脳の変位が大きいとナビゲーション不可能になることがある。
 この「ブレーンシフト」を克服するための対策として,(1)術中にCTあるいはMRIを撮影して基準の画像を更新する方法と,(2)コンピュータを用いて変位をシミュレーションする方法が考えられている。
 (1)に関しては,手術室にCTやMRIが設置されている限られた施設のみでしか適応できないので,根本的な解決にはならない。しかし,将来的には術中のMRIはopenMRIとして開発が活発に行なわれているので,期待は大きい。
 (2)に関しては,コンピュータ関連技術の長足の進歩が前提となる。信頼できるシミュレーションを行なうには,脳や硬膜,脳室などの不均一な構造体のそれぞれのコンプライアンスなど,物理的正常を計測するという基礎的な研究の積み重ねが必要とされ,一朝一夕には解決できないだろうが,近い将来には実用化されるとのことである。

ナビゲーションシステムが普及するためには機器の一体化が

 それでは,今後このナビゲーションシステムが普及するためにはどのような条件が必要とされるのか。
 実際の運用面では,特に画像転送が容易にできるかどうかがもっとも大きな問題となる。転送媒体,つまりonlineかoff‐lineか,またoff‐lineの場合には何を用いるかによって転送速度が異なる。
 次に問題となるのは,画像の取り込みが可能かどうかである。各メーカーの診断装置(CT,MRI)の画像フォーマットの機密性とかかわり,実際に画像が転送され,読み取れるまで,画像処理装置のソフトの開発が必要な場合もあって,これらの点での各メーカーならびに販売会社のバックアップ体制が必須であるという。
 河瀬氏によれば,もっとも簡便な方法として,スキャナーで読み取る方法があるが,時間の点では実用的ではないし,三次元画像のような高度の処理には,やはりオリジナルなdigitalデータを直接取り込む必要がある。つまり,ユーザーの立場からは,「一体化」が最大にして最高の条件となるわけである。

ナビゲーションシステムの手法を軸としたトータルなコントロールも

 また一方では,術中の位置計測というナビゲーションの原理を拡大すると,さまざまな手術機器の制御が可能となる。
 近年注目を集めている内視鏡下の手術に際しても,内視鏡をナビゲータと組み合わせてオリエンテーションをつかむことは大変有用である。また,脳神経外科の手術に多用される手術用の顕微鏡にナビゲーション機能を持たせて,顕微鏡で観察している部位をモニターしたり,顕微鏡の指示そのものをロボット化して,ナビゲーションしつつ,自動的に目的に向かって動いていく顕微鏡の実現なども目前であるという。
 さらには,手術台をも含めた自動化によって,ナビゲーションを実現することも将来的には考えられ,両氏の予測によれば,このような内視鏡や顕微鏡などとの連携によって,「ナビゲーションシステムの手法を軸としたトータルな手術室のコントロール」の実現さえ不可能ではない。
 まさに,「医学とナビゲーションシステムとの出会い」が,これまでは夢の世界のできごとと夢想していた手術を可能にするのかもしれない。

(文責:週刊医学界新聞編集室)