医学界新聞

インフォームドコンセントは文化を超えるか

日本サイコオンコロジー学会・日本緩和医療学会 初の合同大会が開催される


 第10回日本サイコオンコロジー学会と第2回日本緩和医療学会の合同大会が,さる3月26-28日の3日間,千葉県柏市の柏市民文化会館で開催された(関連記事を本号に掲載)。
 今合同大会では,特別講演(1)見たり死ゆくを-「死をまもる」ということ(北里大名誉教授 立川昭二氏),(2)精神療法学からみたターミナルケア(慈恵医大教授 牛島定信氏)が行なわれた他,合同シンポジウム「インフォームドコンセントの光と影」(司会=埼玉県立がんセンター総長 武田文和氏,国立がんセンター東病院副院長 吉田茂昭氏)や,両学会が主催する各2題のワークショップが開かれた。
 また,実演展示として「バーチャルリアリティのQOLへの寄与」(国立がんセンター中央病院 小山博史氏)が行なわれたが,この展示には最新のバーチャルリアリティ映像機器を実体験できるとあって,大勢の参加者がつめかけた。これは,国立がんセンターと国内電気メーカーが共同開発した国内初のバーチャルリアリティ応用の治療機器。「今回開発したプログラムは,外出できない患者が森林浴を実体験できるもので,癌患者の精神療法などに応用できるが,将来的には高所恐怖症の克服や,その他の治療などにも応用できるプログラム開発がされるだろう」(小山氏談)。森の風景画面と小鳥のさえずる音で森林浴を体験できる実演展示であったが,この器械は今後国立がんセンターに導入,試験運用された後に患者へ応用される。


インフォームドコンセントの光と影

 合同シンポジウム「インフォームドコンセントの光と影」では,武田,吉田両氏の司会のもと,精神腫瘍学の立場から岡村仁氏(国立がんセンター中央病院精神科),臨床医の立場から笹子三津留氏(国立がんセンター中央病院外科),看護婦の立場から西森三保子氏(京大胸部疾患研病院),弁護士の立場から仙田富士夫氏,報道の立場から和田努氏(医療ジャーナリスト),医療人類学の立場から波平恵美子氏(九州芸術工科大)の6名のシンポジストが登壇。

インフォームドコンセントの成功の鍵

 まず岡村氏は,精神腫瘍学のめざすところは,(1)あらゆる病期において癌が患者,家族,医療者に与える影響を評価し対応すること,(2)癌の危険因子,および癌患者のQOLや生存に影響を与える心理,社会,行動学的因子の役割を同定することであるとし,「インフォームドコンセントはこの2つの方向性の中で,重要な心理,社会的因子の1つ」と述べ,インフォームドコンセントの,QOLや生存への関与,質の向上,妥当性を論じた。
 つぎに笹子氏は,「癌治療を進めるには,患者の意志を尊重することが重要。患者が情報を有意義に使い,正しく納得のいく判断を下すには,インフォームドコンセントが成功の鍵となる」と述べ,その背景として癌患者へのアンケート結果を報告。「治る見込みがない場合にもはっきりと事実を告げてほしいと望む患者が66.2%あった。事実を受け止め,判断を下せる状態になるには,段階,時間,精神的援助が必要」と指摘した。
 また西森氏は,「死の臨床研究会」近畿地区会員に対して行なったアンケート結果をもとに「インフォームドコンセントにおける看護婦の役割」を発表。看護婦の役割としては,(1)医師と患者のコーディネーター,(2)患者の代弁者,(3)医師と患者・家族の理解者,(4)患者・家族の支援者などの6点をあげる一方,アンケートの結果から,「インフォームドコンセントを行なうときに看護婦が立ち会っている」は50%で,「立ち会っていない」と回答したうち,「今後,看護婦が立ち会うのが望ましい」の回答が42%,また「看護婦の立ち会いは必要がない」との回答は0ながら,「回答なし」が35%あったことを報告した。

患者の社会的位置づけも考慮に

 次いで医療訴訟などの医事裁判で裁判官を務めた経験を持つ弁護士の仙田氏は,「判例による法的側面からのアプローチ」を口演。インフォームドコンセントに関する判例を紹介するとともに,特に癌の告知に関しては,日本ではまだ導入されていないものとしてセカンドオピニオン制を取り上げ,さらに進展させたダブルオピニオン制実現の必要を訴えた。
 元NHK職員で医療ジャーナリストの和田氏は,「1973年に,アメリカのベス・イスラエル病院で初めて“patient's rights”に接したことが,インフォームドコンセントとの出会いとなった。アメリカにおけるインフォームドコンセントや患者の権利の推進,進展は,消費者運動と連動していたことが見逃せない」と発言。
 最後に波平氏は,「患者の自己決定権,医師の保護権利を背景として1970年代にインフォームドコンセントは確立されたが,キリスト教文化の衰退を含め,欧米の死の概念の変化などの裏の文化的背景も確立の大きな要因になっている」と述べる一方,日本の現状を踏まえ「予後を自宅ですごすことを望む患者が増えている。医療経済面も考慮に入れると今後は自宅療養者が増加する」と予測。患者の社会的位置づけを考慮に入れた情報提供,インフォームドコンセントの必要性を訴えた。
 総合討論の場では,救急搬送されてきた患者や障害を伴う患者の意志が確認できない場合のインフォームドコンセントをどう考えるか,誰が代弁者となりえるのかなどが話題となった。また,フロアから「告知・インフォームドコンセントは文化を超えるのか。文化の中でのインフォームドコンセントか,文化としての告知か」との質問があり,文化とインフォームドコンセントの関連について論議が行なわれた。これに対して波平氏は,「どちらが正しいという問題ではない。人間を個人なのか,社会の中の人間として見るのかと同じ」と返答。また武田氏は,「告知・インフォームドコンセントを文化で逃げてはいけない。日本人の特性などを考えるのではなく,文化を超えて患者に真実を知らせることが必要」と述べシンポジウムを終えた。

両学会のワークショップから

再建か温存か

 日本緩和医療学会主催のワークショップ「がん患者のQOL向上のための各科からのアプローチ」(司会=国立がんセンター東病院長 海老原敏氏,聖路加看護大教授水口公信氏)では,癌患者のQOLをめぐり,癌切除後の再建か,機能温存かで論議。 「ステント療法の進歩とQOL」(琉球大澤田敏氏),「薬物による支持療法の進歩」(国立がんセンター中央病院 平賀一陽氏)の口演の後に,波利井清紀氏(東大)が「再建外科の進歩と今後の展望」と題し再建術の概論を述べた。
 引き続き,林隆一氏(国立がんセンター東病院)が,舌癌,喉頭癌の症例を中心とした味覚・発声機能の温存と再建について,「根治性と同時に機能の温存が患者のQOL向上に必要」と指摘。また名川弘一氏(東大)は,「肛門括約筋温存・再建の現況と可能性」と題し,QOLをめざした工夫として術前放射線照射の有用性を解説。さらに鳶巣賢一氏(国立がんセンター中央病院)は,尿路再建法の進歩と課題について,「代用膀胱の形成で,術後機能の回復が実現できたが,尿意がはっきりしないなどの問題はある。また,男性に比べ女性は成績が悪く,さらなる術式の改善が必要」との見解を示した。

遺伝子診断の現況

 日本サイコオンコロジー学会主催のワークショップ「がん遺伝子診断の進歩と倫理」(司会=国立がんセンター研 山口健氏,東医歯大 岩間毅夫氏)では,遺伝子診断による癌の発症前診断の技術・進歩に伴うさまざまな問題について論じられた。
 最初に司会の山口氏が,常染色体優性遺伝する家族性腫瘍であるMEN2型(Multiple Endocrine Neoplasia:多内分泌腺腫瘍症)の発症前診断を例にあげ,癌の遺伝子診断の現状を概説するとともに問題点を指摘。MEN2型については,保因者を早期に発見し予防的外科手術をすることで発症を未然に防げるなど,その臨床的有用性を解説。一方,保因者に対する社会的差別の可能性や,出生前診断の可否,また現時点では有効な治療法がない家族性腫瘍の場合,遺伝子診断を行なうか否かの倫理,社会的問題に触れ,「保因者に対する心のケアやカウンセリング,医療者の守秘義務の徹底や“知りたくない権利”を行使しうるインフォームドコンセントのあり方などを慎重に検討していくことが必要」と述べた。
 続いて武田祐子氏(東医歯大)が看護の立場から発言。遺伝子診断を患者のQOL向上に役立てるためには,個々の状況に応じた支援が不可欠であるとし,「正確かつ最新の知識をわかりやすく患者に提供し,疾患に対する否定的な考えや逃避的な態度を修正していくことが必要」と指摘した。
 また福嶋義光氏(信州大)は,信州大学附属病院の遺伝子診療部における遺伝子診断およびカウンセリングの取り組みと現状を紹介。福嶋氏は,「カウンセリングなどを通じて主治医とは異なる立場から,患者や家族に対し十分な情報の提供や実践可能な選択肢を提示を行ない,その意思決定を援助する医療機関が必要」と述べた。さらに,遺伝カウンセリングは診療報酬が得ることができないという医療制度上の問題点を指摘。その上で「このような医療制度下であっても遺伝医療を発展させるためには,臨床遺伝部門が必要である」と述べ,臨床遺伝学の重要性を強調した。

遺伝子診断と社会

 広井良典氏(千葉大)は,医療政策の観点から遺伝子診断について考察。診断技術の先行により診断が可能でも,治療の手段が発見されていない疾患が増加していることを指摘し,「これらの疾患の患者に対しては,医療ではなく,福祉の制度を適用するといった医療と福祉のリンクや,“障害”の概念の見直しなどが必要になる」と述べ,これからの医療・福祉政策の課題を明らかにした。
 最後に青野ゆい氏(毎日新聞)が「遺伝子診断とメディアと社会」と題する特別発言を行なった。青野氏は,「遺伝に関する教育の不在や遺伝子診断の社会的な認知度の低さが,遺伝病や遺伝子診療に対する偏見の原因となっている」として,遺伝学教育の必要性を主張。さらに「教育プログラムの編成には医師だけでなく,患者団体や,コメディカルなどが協力してあたるべきである」と述べた。