医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


心身医学の格好の入門書

心身医学を学ぶ人のために 末松弘行,他 編

《書 評》桂 戴作(日本心療内科学会理事長)

 本書を初めて手にしたのは,4,5日前のことであったが,封筒から取り出した第1の感想が「何とスッキリした本」というものであった。
 「白い表紙も悪くないな」と思ううちに赤色に目がとまり,そのハート形がややピンクに傾いている。しかも下のほうのものには“ひび”が入っていて,さしあたり狭心症の発作かな。次いで人が2人,これも真黒ではないところがスマートさを感じさせる所以かもしれないが,「上のほうの人は,これまた何かの発作らしい」などと想像していると,本のタイトルの,やや沈んだ黒も,苦心されてのことと感心する。
 それにしても,こんな表紙を見たことはあまりないような気がする。ここ1年少しくらいの間に発刊された心身医学の本が,私の手元だけで8冊ある。昨年,心療内科が標榜科名として公認されたためであるかもしれないが,これらの本の中でも,やはり本書は内容まで含めてスマートな本といってよいだろう。
 厚さはせいぜい230頁である。そんなに厚い本とはいえないが,「本も厚けりゃよいというものでもないのだな」と感じさせる。というのは,この厚さの中に重要事項はすべて盛り込まれているからである。

心身医学的療法の実践を誌上 ワークの形で解説

 ことに,他の本と違うところが,第1章「心身医学とは何か―その実際と概説」である。編者も述べておられるが,全人的医療,心身医学的療法の実践が誌上ワークの形で解説されている。これなら読者の方に心身医療の勘どころがわかってもらえるであろう。
 昨今,医学の世界では,心の問題にふれられることが多い。全人的医療,人間性の医学と医療,医療におけるこころと言葉,などなどである。
 しかし,それらを臨床に生かしているのは心身医学である。本書は,そのサンプルを示されたということでもあろう。
 さらに国際学会などで眺める限り,心身相関を科学する学問としては,日本の心身医学は,かなりのレベルと思うのであるが,これは筆者のみの感想ではない。今後,日本の心身医学は世界をリードしていかねばなるまいが,その入門書,指導書としても本書は格好の本といえそうである。
 最後に,保険診療の仕方,心身医療機関一覧,用語解説と認定医試験問題なども掲載されていて,これから心身医学を学ぼうとする初心者向けとしてきわめて親切である。また,ある程度この方面で臨床・研究に従事された方々にとっても,コンパクトに知識の整理を行なう意味でも有意義である。
 編者は,末松弘行,河野友信,吾郷晋浩の3氏。現代心身医学の第一人者であり,発行は医学書院である。3,4年前から奥付でなくて前付に変えた斬新さは,本書全体にも貫かれている。実際,内容,装丁ともによい本が出たものである。医師のみでなく,多くの医療関係者の心身医学入門の書として,広く読まれることを願うものである。
B5・頁230 定価(本体5,400円+税) 医学書院


免疫系の基本現像を3様の角度から眺める

免疫のフロンティア 免疫寛容 谷口克,奥村康,西村泰治 著

《書 評》矢田純一(東医歯大教授・小児科学)

 免疫系は自己と非自己とを識別し,非自己を排除して自己を保全する生体システムとされる。従来,感染防御が主たる目的と考えられてきたが,本書でも述べられているように,それでは説明しがたい事実がいくつかあり,むしろ免疫系は内部統御のためのシステムであって,結果として感染防御に役立っていると考えたほうがよいのかもしれない。その免疫現象の基本である自己と非自己の識別は免疫寛容によって成り立っている。特定の抗原に免疫応答を起こさない状態(免疫寛容)を自己の抗原すべてに作り出すことによって,非自己に対してのみ応答する機構が生み出されている。

分子レベルの現象と同時に 免疫システムの意義に目を

 本書はこの免疫系の基本現象といえる免疫寛容をテーマとしたものであるが,単なる教科書的な解説とは一味も二味も違っている。本邦における代表的免疫学者3人の方が,自らの研究を通して培われた思索の視点から免疫寛容が論じられているのである。したがって,免疫寛容のしくみについての知識が得られるだけでなく,生命現象に対する哲学を学ぶことができる。読者は3様の異なった角度から免疫寛容を眺めてみることになり,それぞれの生命観を養うのに役立とう。個々の分子レベルでの現象と同時に,免疫システムの意義についても目を向けさせようとする本書の意図が,そうした企画によって生かされている。3人による著書ではあるけれども単なる分担執筆ではないのである。
 免疫寛容が成立する機序として,当の抗原に特異的に対応する免疫細胞(B細胞,T細胞)の集団(クローン)を消去すること(deletion),そうしたクローンが存続はするものの抗原に反応しない状態に陥らせること(anergyないしignorance),当のクローンそのものは正常に応答しうる状態にあるが,その応答を抑制する機序を働かせること(active suppression)が考えられている。

臨床応用への示唆を多く含む

 谷口氏はご自身の最近の研究成果であるNKT細胞による免疫応答制御を中心として免疫寛容を論じ,奥村氏は研究生活初期のサプレッサーT細胞の発見から,T細胞の活性化に共同刺激シグナルを用意する接着分子の遮断による寛容の誘導,Th1細胞とTh2細胞との相互抑制作用を利用した免疫抑制,活性化されたリンパ球をFas分子を介するアポトーシスで死滅させる免疫抑制などについて研究成果を紹介しつつ述べている。西村氏はMHC分子による抗原提示とT細胞の応答との関係を中心に解説し,アナログ抗原ペプチドを用いてT細胞を免疫寛容に導く方法を論じている。これらの知見は,アレルギー・自己免疫病・移植拒絶反応などを免疫寛容を利用して抑制する臨床応用への示唆を多く含んでいる。
 講演をもとにして口語調で記載されているので,初学者も親しみやすく読むことができよう。またすでに知識をお持ちの方にも固定した既成概念を打ち破るbrain stormに役立つと思う。3人の著者の研究上の「自叙伝」としても楽しめる。
A5・頁126 定価(本体2,800円+税) 医学書院


体液異常に対応する腎臓の生理機能に焦点

体液異常と腎臓の病態生理 黒川清 監訳

《書 評》川口良人(慈恵医大教授・内科学)

「体液異常」の教科書

 本書は,体液異常に対応して腎臓がどのような是正のための役割を果たしているかを解いたものであり,腎臓の異常によって惹起される病態を解説したものではない。したがって腎臓の教科書ではなく「体液異常」の教科書である。
 総説ではこれ以後の述べられるさまざまな,また日常的な体液異常を是正の方向に向かわせるために作動する腎臓の生理機能の基本を解説しているのであり,どうしても理解していなければならない機構について重点的にまた簡潔に述べられている。腎生理学はすべての臨床腎臓学の教科書に必ず記述されている項目であるが,本書ではあくまでも体液異常に対応する腎臓の生理機構の基本に焦点をおき述べられており理解しやすい。
 例えば理解する目標として,ネフロンの各部分での再吸収と分泌が起こるメカニズム,糸球体濾過を調節する因子,GFR測定のメカニズムの3点を最初にあげてある。この記述法そのものが本項をよりとっつきやすいものとしている。このような教育手法は効果的な教育テクニックであり,本書のすべての項目に共通して取り入れられている。また翻訳の基本的態度として専門用語をあえて和訳し,例えばmacula densaは緻密斑細胞としていることに見られるように,理解させることに主眼をおいている努力は好感がもてる。
 第2章も水・ナトリウムの定常状態の維持機構を解いた生理学を述べているが,何故この機構を理解していなければならないかを実感させるために,まず症例をあげて動機づけを行なっていることも,本書の特徴としてあげることができる。

病態をどのように考え治療法を 組み立てていくか

 第3章以後も同様な方法で低ナトリウム血症,高ナトリウム血症,浮腫と利尿薬,代謝性アルカローシス,アシドーシス,カリウム・バランスの異常と続き,そして第9章より腎臓に起こる病態により惹起させる体液異常に移行するが,この項目においても腎臓そのものの疾患の解説を極力抑え,体液異常による病態を前面において解説されている点で本書のコンセプトが貫かれている。
 黒川氏が「病態をどのように考え治療法を組み立てていくか」を教えることに腐心された長い体験から本書に共感され,監訳を企画された大きな理由であると推察できる。
 以上述べたように,本書の特徴は従来の腎臓の教科書とは異なり,臨床医学の最も基本的な病態である「体液異常」の治療のための入門書であり,臨床医学を学ぶ医学生の自己学習のためのテキスト,また教える立場にいる医師にとっても適切な教育ガイドラインとして有用である。内科を専攻する研修医にとって体液異常を理解するためのminimal requirementとして本書を薦めたい。最後に腎臓を専攻する臨床医にとっても,読み物のような気楽さで読むことができる楽しいテキストであることを付記したい。
B5・頁245 定価(本体5,700円+税) MEDSi


衛生学の立場から書かれた人間の「生と死」

死生学 他者の死と自己の死 山本俊一 著

《書 評》日野原重明(聖路加国際病院理事長・名誉院長)

著者独特の死生学を構築

 このたび,山本俊一博士著の『死生学―他者の死と自己の死』が医学書院から刊行された。
 「死生学」の執筆は哲学者や神学者などの人文科学の畑の専門家または医学や看護に携わる医療従事者,その中でも一番多くが致死患者を扱う臨床医によって書かれたものであり,ホスピスの終末期医療の経験者によって書かれたものが最も多い。
 ところが,本書は健康な人を対象にした衛生学の基礎学者の立場から書かれた。人間の生と死を扱った専門書であるという意味では,本書の位置付けはきわめてユニークである。しかし,山本博士は基礎医学の中の一番の基礎となった衛生学を東京大学でまず研究し,次いで東京都老人総合研究所副所長として,死の近い老人の医学の研究を医学以外に社会学的見地からも行ない,さらに,私が学長をしている聖路加看護大学に大学院設置のための特任教授,さらには副学長として,人間のケアに医学と両輪をなす看護学の立場をも理解し,死の病理や病んでいる患者へのケアという場面で生と死を考え,山本博士独特の死生学を構築されているのである。

死生反応を人体の免疫反応に 対比して解説

 この特色は本書第一部の「他者の死」と第二部の「自己の死」に分けて論述されているところによく明らかにされているが,この分類はきわめて示唆するところが大きい。第一部ではまず古代から現代に分けての東洋と西洋の死生観をレビューした上で,まず「他者の死」の理論モデルを立て,死生反応を人体の免疫反応に対比して解説されている。この理論モデルは人文学者らには考えつくことができない。また,臨床医でもそのような発想に考えを向けることが困難なほどユニークな学説であり,今後多くの専門家の論議のテーマとなることと思う。「他者の死」の中での死別,生別,喪失悲嘆を第一部で論じたあと,第二部の「自己の死」では,ライフ・サイクル,死の認知と,ここでも「自己の死」の理論モデルを展開し,最後に死への対策に触れておられる。
 山本博士は,衛生学の切り口から医学界に登場し,東大退官後は老いと死の問題に関心を深め,『死生学』(技術出版)全3冊の編著を私と共に出版され,そして先生の生涯をかけてのこの執筆が大成されたのである。先生の博学と科学者としての精緻な論理は,死生学を学ぶ医療従事者に対して有用な資料を提供するものと信じ,本書が広く読まれることを願うものである。
A5・頁328 定価(本体3,500円+税) 医学書院


21世紀の小児頭部外傷学の羅針盤

小児頭部外傷 重森稔,他 編集

《書 評》平川公義(東医歯大教授・脳神経外科学)

 小児の頭部外傷に関して,従来,わが国には成書がなかった。小児の外傷は卑近かつ危急の存在である。路上,家庭内を問わず,一瞬の油断は受傷者周辺に恐怖と混乱を招く。CTは確かに診断法を変えた。モニターは病態把握の武器となった。そして死者は減ったか。それは医療の故か。子供の怪我ではどうか。救急医,外科医,脳外科医,小児科医は,自信をもって頭の怪我に対処できるのか。これらの疑問に答えるべく,経験豊富なわが国の神経外傷学を担う新進気鋭の第一線の学者・臨床家の共同執筆により『小児頭部外傷』が出版された。

頭部外傷の概念の解説に重点

 本書の構成は,総論として,小児の頭部外傷の疫学,病理,分類,病態,プライマリケア,診断法,各論として,頭蓋外の損傷,開放性・閉鎖性脳損傷,周産期外傷,合併損傷,ICU管理,後遺症,慢性期の治療,転帰の項よりなる。力点が置かれているのは,まず,頭部外傷なるものの概念の解説である。最近は,脳損傷はびまん性損傷と局在性損傷に分けて論じられる。小児の脳損傷は,そのどこに位置づけられるか。プライマリケアの項はきわめて実践的で,初心者はこれをなぞることによって,治療の実際を会得するに違いない。
 意識障害の把握は成人と同様のGlasgow Coma Scaleでは数えられない。画像診断にも,モニターにも,要点がある。各論に入れば,頭皮にも,骨折にも,脳損傷にも,各々小児ならではの特殊性があり,治療に考慮が要る。周産期の障害や脊髄損傷も見逃すことができない。転帰の項は,小児の頭部外傷が置かれている現状を把握するのによい。

小児頭部外傷治療の指南書

 分担執筆の際には,本書でも見られるように,項目内容の重複は避けられない。しかし,重複は各執筆者の方針や実務内容を反映して画一的でないところが面白い。総じて経験豊富な編者の執筆した項目に重点が置かれている。その結果,項目によって力の入り方に差が生じるのは致し方ない。
 小児の場合には,発達時期によって,骨・脳とも物性は異なり,機能に違いがでる。したがって,新生児期から学童期に至るまでの年齢に応じた力学的応答としての傷害の表現,あるいは年齢に応じた病態応答の差が各項に記載されていてほしいところである。
 直したい点もある。時として「頭部外傷」の記載はあっても,「小児」への視点が不足すること,文献に頼る部分のあること,小児の脳循環の数値がないこと,小児の画像で統一したかったことなどである。将来は慢性血腫,てんかん,社会復帰などは独立した項とすべきであろう。
 間違いを1つだけ指摘したい。小児頭蓋内血腫の中村II型は,硬膜外血腫であって,硬膜下血腫ではない。例外を考えなければ,2歳を過ぎると,乳幼児期独特の硬膜下血腫は見られない。児の頭の構造,行動の広がり,それに伴う外力の大きさなどによって,概括的に小児の急性期の頭蓋内血腫は3型に分けるのがよい。
 本書に多少の欠陥はあるにせよ,ここで小児頭部外傷治療の指南書が現れたことは,まさに快挙である。本書は,21世紀に向けて,小児頭部外傷学の羅針盤の役割を果たすことになろう。
B5・頁240 定価(本体11,000円+税) 医学書院


現代における新しい疫学を定義

今日の疫学 青山英康 著

《書 評》金川克子(東大健康科学・看護学科教授・地域看護学)

 疫学は病気の原因をAgent, Host, Environmentの側面から明らかにするものであり,例えとして,「ここほれわんわん」とその方向を示唆してくれるものであること,そして公衆衛生学の方法論の1つである,とかつて教えられたような気がする。
 近年,疫学の定義や技法,応用範囲もめざましく発展してきている。

臨床医学分野への応用を意図

 本書では,現代における新しい疫学の定義を,人間集団の健康と疾病とにかかわる諸々の要因,諸々の条件の相互関係を頻度と分布によって明らかにする医学の一方法論であると定義しながら,公衆衛生学の分野のみならず,幅広く臨床医学の分野への応用も意図している。
 本書の構成は総論と各論に大きく分けられている。総論の部分は疫学に関する基本的な考え方と技法であり,「疫学とは」の解説にはじまり,「疫学における因果論」,「研究のデザイン」,「標本の抽出」,「バイアス」,「方法の選定」,「調査結果の考察」の7章からなりたっている。各論は応用編であり,公衆衛生学分野と臨床医学分野への応用の2章からなっている。執筆者は,長年公衆衛生学の領域や衛生学・公衆衛生学教育で指導的な立場に立たされている青山英康教授の編集のもと,19名の疫学の第一人者と若手研究者の共同執筆による力作である。

基本的な知識と技法を 無駄なくコンパクトに

 私自身,本書を手にしたとき,疫学の基本的な知識と技法が無駄なくコンパクトに記述されており,データの統計的解析の部分はやや難解であったが,疫学的な研究をする際に,改めて出発点に立たされたような気がした。読ませていただいて,いくつか感想を述べたいと思う。
 疾病の原因は複雑であり,それを解明するプロセスは,例えが悪いが,犯罪者を追跡するようなものであり,疫学的な手順をきちんと踏んですすめることの重要性が伝わってきた。また,同一集団を長期間観察や調査をするためには研究者の忍耐や努力,連携も大切となってくる。
 感染症やがん,循環器,公害,さらに健康を対象にした疫学の研究は,その要因やリスク・ファクターの解明,予防活動への推進を通して,人々の健康に寄与するものであることが充分理解できた。臨床の場で,診断や治療方針を決めるような臨床判断を迫られるような時に,疫学の技法がどのように応用されるのか興味があり,さらに臨床側からの感想や反応を知りたい。
 私の関連する地域看護学では,地域で生活している人々の健康やQOLの向上にむけての地域や家族の介入研究が重要である。
 本書は疫学に関する基本的な考え方や技法を理解したり,これから健康や疾病に関する現象の因果関係や保健・医療・看護活動の評価等の調査・研究を志向する者にとって役に立つ書である。また,保健所や市町村(保健センター)の看護職(特に保健婦〔士〕)は地域住民の健康のために熱心に活動しているが,それらの活動をより効果的,科学的にするためにも本書をお薦めしたい。
A5・頁280 定価(本体3,500円+税)医学書院