医学界新聞

トーマス・ジェファーソン大の短期エクスターン研修
予防医学・救急医学に貴重な示唆を得る

寄稿 都築大祐 神戸大学医学部

 私は神戸大学を卒業後,約4年間,内科を中心に研修医生活を過ごしてきましたが,以前からアメリカの医療に触れる機会を持つことができたらと考えていました。特にプライマリ・ケアの実際の担い手であるinternal medicineかfamily medicineについて関心を持っていたところ,野口医学研究所のお世話により実際に約3週間のエクスターン研修をさせていただく機会を得ることができました。
 研修は,internal medicineかfamily medicineを希望し,具体的にはトーマス・ジェファーソン大学のDepartment of Family Medicineにて研修することとなりました。
 今回私の報告は,研修の具体内容よりも私が研修を通じて感じたことを中心に書きたいと思います。

教育システムとしての壊の深さ

 研修では初日にDepartment of Family Medicineのassistant professorであるPlumb先生からひととおり研修内容のガイダンスがありました。主として外来研修を医学生,レジデントとともに上級医の指導を受けながら行なうというものでした。
 疾患はいわゆるcommon diseaseがほとんどで,単なる高血圧のフォローアップなども含み,基本的なスタンスはもちろん日本の外来と変わりませんが,COPD(慢性閉塞性肺疾患)などから2歳の子どもの中耳炎,パパニコロー・スメア等の婦人科検診,外来での小外科,sigmoid fiberによる検査など,多岐にわたるものでした。
 この外来レベルでの研修で非常に印象深く感じたことがいくつかありました。特徴として以前から言われているように外来は基本的に予約診で,診察ではhistory takingにかなり時間を割いています。それに加えて,全診察室が個室であるため,患者さんのプライバシーが尊重されると同時に,家庭医は必要とあらば診察途中の段階で席をはずし,細かい治療方針の検討など指導医とのディスカッションを頻繁に行ないます。かなりの時間を使える余裕を持っているということで,たいへん興味深く感じました。
 したがって患者さんは呼ばれて診察室内に入ったあとも何回か待たされることとなり,中にはいらいらしだす人もいますが,同じ待つということでは外来待ち時間の長い日本の病院のそれと少し内容が違うなと感じました。
 また,日本では(おそらく他の国でも),外来レベルでこのようなことを行なうのはマンパワー上も経済上もまず無理だと感じました。common disease対象の一般外来がすべて予約診という“ぜいたくさ”を持ち,大学病院であるという特殊性から考えると一概には言えませんが,それでも教育システムとしてのアメリカの病院の懐の深さを感じずにはいられませんでした。
 実際の診察では身体診察は思ったよりも詳しく行なっておらず(ただし,眼底や耳鏡による検査はルーチンに行なわれており,全般的には従来から言われているとおり詳細に行なっている),年輩のドクターほど丁寧に身体所見をとっているように思われました。

臨床現場に根づいた予防医学

 2つ目として,外来レベルの臨床の現場で,予防医学という概念と実践が非常に発達している,もしくは発達しつつあるということが特に印象に残りました。U.S.Preventive Services Task Forceにより提出され,多くの専門家の詳細な検討に基づくレビューである「Guide to Clinical Preventive Services」(癌,感染症などのスクリーニング検査,予防接種の指針や,食事,喫煙,運動,性病などに関連する不健康な行動を改善するよう患者にカウンセリングする方法も含めた予防医学の実践書。日本では医学書院から『予防医学実践ガイドライン』として翻訳,出版されている)をもとに実践され,外来での患者教育が徹底しているという印象を受けました。
 特に問診では,患者の生活習慣について非常に詳細にたずね,リスクファクターを同定し患者さん自身にそれをマネージメントするよう啓発し,もしくはそれを医師自身がマネージメントしていくといった場面が見られました。日本でもこのたび成人病の名称が生活習慣病へと変更されましたが,いわゆるライフスタイルモディフィケーションの重要性はますます高まっていくと思われます。
 アメリカのこうした状況の背景には当然,ふくらみ続ける膨大な医療費,HMO(Health Maintenance Organization:私的医療保険の一種)のように詳細な医療行為の内容にまで具体的に介入してくる医療保険制度とその拡大(滞在中,テレビでは医療保険会社のコマーシャルを非常に多く見た)などの医療経済の問題もあります。しかし,予防医学の実践が,医療費抑制へとつながり,適切な領域に医療費を効率よく分配し得るということを背景に,非常に現実的に取り組んでいる姿がありました。
 日本では外来での時間の制約,予防医学教育の不足など問題はありますが,予防医学にとって重要なのは,机上の空論ではなくしっかりと現場の臨床に根ざしたものです。その意味で,アメリカと同様に超高齢社会を迎え,ますます医療費高騰,医療経済の問題を抱えつつあるわが国にとっても予防医学は重要な課題であり,その点からもリスクファクターの認識,およびリスクマネージメントの観点に立った教育,研修指導指針がもっと徹底されるべきであると考えました。

多岐にわたる臨床講義

 毎日朝8時からは症例呈示を中心としたカンファレンスがあり,月曜から金曜の午後4時からは医学生とともに臨床講義を受けました。講師はDepartment of Family Medicineのattending doctorの方々が中心で,内容は多岐にわたっていました。例をあげると,高齢の患者さんに対するアプローチ,バースコントロールの指導(避妊法の具体的な説明と避妊器具の扱い方を含めた患者指導の仕方),思春期医学,心身症に対するアプローチ,外傷患者の初期治療のケーススタディ,高血圧治療のレビュー,予防医学の実践法等々がありました。それぞれの講義の合間や終わりに必ずディスカッションが持たれていたのが印象に残っています。
 学生とは日本でいうところのポリクリのグループのようにいっしょにいる時間が長かったせいか,いろんな話ができて刺激を受けました。ただ,会話の中で,私が神戸から来たというと,阪神淡路大震災(Kobe Earthquake)について話題にした人はほとんどおらず(地震から1年以上たっていたせいか?),「ああ,コウベ・ビーフの神戸ですね」といった反応が少なからず返ってきました。神戸ビーフが意外に有名であるのに驚くと同時に,少しさびしく感じました(やはり遠い外国の災害についてはこんなものだろうか)。
 研修も後半に入り,病棟での研修も数日間持つことができました。病棟で特に印象に残っているのは,検査結果等のチェックが病棟にある端末で容易に可能で,その端末のコンピュータの数が非常に多いということです。血液検査では,採血後に検査結果がかなり早く戻ってくるため,研修医としてはプランが早くたてやすいとのことでした。
 そのほか頻回に鳴るポケベルにうんざりしたり,上級医に連絡するために電話を何度もかけたり,他科の先生にコンサルトするために走り回ったり,退院サマリーに追われたりといった点で,当たり前のこととは言え,「あーどこでも同じだなー」と感じたのを思い出します。

日本でも実践的救急処置教育を

 また,私自身が救急に関心があったため,Plumb先生のご厚意により2日間,Emergency Departmentにて研修をする機会を得ました。主に問診をとらせてもらうのと,あとは見学を中心に過ごしました。  特に印象深いのは17歳の黒人少年の症例で,頭部,胸部に銃弾を受け,救急室到着時にはすでに脳死状態でした。すぐ救急室内の手術室に運ばれ画像診断等も行なわれましたが,手術適応もないということで,あとは家族との話し合いを待って臓器移植のドナーになるかどうかを決定するだけといった痛ましい状況でした。
 そのときの救急室内の様子はすさまじいものでした。救急専門医4~5名,直ちにそれに続いてやってきた外科医4~5名,麻酔医4~5名,連絡を受けてやってきた脳外科医1名,ナースを含めると総勢20名くらいが1つの部屋でところ狭しと処置に追われる様は,なんとも言いようのないものがありました。救急医が初期処置を行なった後,あっという間に麻酔医は全身管理,Aライン挿入,外科医はIVH挿入とトロッカー挿入,脳外科医はneurological examinationをとり手術適応について外科医および救急医とディスカッションするというように,スムーズに役割分担が進められ,その有機的な動きには感服しました。
 ここで研修を通してぜひ日本にも取り入れるべきと考えたものの1つに救急初期治療に関するものがあります。アメリカには,救急処置の実践的な訓練コースとして,一般の人々が基本的救命蘇生法を学ぶbasic life support,医療関係者やすべての研修医の研修開始前に義務づけられているシステムであるadvanced cardiac life support,advanced traumatic life support,小児に関するpediatric advanced life support,新生児のneonatal resuscitationなどの講習があります。これは救命救急を非常にシステマティックに学べると同時に,蘇生法上の注意点や,頸椎損傷を疑う場合の対処の仕方,蘇生時の薬剤投与量といった項目1つとっても非常に実践的で,それが普及することによって,実際の現場でもプレホスピタルケアとして非常に成果をあげていることが知られています。
 もちろんわが国でも日赤や一部の自治体(兵庫県などでは市民講習として積極的に取り組まれている),その他の地域や病院レベルで救命蘇生法の講習が行なわれていますが,まだまだ限られており,自動車運転免許取得時の講習にしても実践的なものにはほど遠い状態です。日本は阪神淡路大震災という未曾有の災害を経験したわけですが,そのなかでも,まわりの人がちょっとした救急処置の仕方や知識,症状を見る上での注意点(例えばクラッシュ症候群についてなど)を知っていたために助かった例やその逆もあったでしょう。
 交通事故件数は相変わらず多く,災害にも無縁でないこの現代では,少しでもそういった講習を普及させることによって,プレホスピタルケアの向上・改善を図り救命率を上げ,「蘇生技術および基礎知識をもし知っていたなら助かっただろう」という犠牲者を少しでも減らすことができるのではないかと考えます。しかし,普及にはマンパワーの問題,救命蘇生法を誰がどういう権威のもとで責任をもって指導するかといった問題等があり,なかなかむずかしくもあると思います。
 具体的には,講習対象者としては特に保育所,幼稚園を含めた学校関係者,病院,老人保健施設などの医療機関の関係者の方々などがあると思います。また,講習を受ける時期として,人の一生での各段階,つまり子どものいる家庭では小児定期健診時にその家族に対して救命法を,学校では授業の中で子どもたちに救命の基本的な考え方を教える,自動車運転免許講習時にはもっと徹底した救急実技指導を行ない,自ら実技をし合格することを義務づける,そして職場でも救命法の講習を行なうという方法が考えられます。こういった講習を普及させることも1つの予防医学ではないかと考えます。

日本のよい面にも気づく

 以上,研修を通して感じた私見を中心に書きましたが,私にとってこの研修は,他の国を見ることによって日本のよい面に気づくことができた研修でもありました。実際なにもアメリカばかりがすべてよいわけでもないという指摘は事実ですし,それぞれによい点,悪い点があるのはあたりまえのことなのですが,医学医療に関わらずよしにつけ悪しきにつけ現在の日本は依然アメリカのあとを追っている部分が多分にあるのは事実であり,学ぶ点は数多く,それゆえに非常に有意義な研修でした。
 さて余談ではありますが,研修期間中,同じようにエクスターンで日本から来られていた先生方とランカスター州のアーミッシュ見学ツアーへ日帰りで参加したり,医学生と買い物へ行ったり,フィラデルフィア美術館(日曜の午前中に入館すると無料)を訪れたりと,息抜きもたいへん楽しい思い出でした。医学生や他のドクターの方々も,もし機会があれば,たとえ短期間でもよいからぜひエクスターン研修などに参加されたらと思います。  最後にあらためて,研修をお世話くださった野口医学研究所の方々に御礼申し上げます。また今回研修にあたりご理解いただいた母校の住野公昭教授,横山光宏教授,銕啓司先生に感謝致します。