医学界新聞

「卒後研修に臨床疫学を導入するための
教育的技法に関するワークショップ」開催


 本紙第2219号で既報のように,財団法人聖ルカ・ライフサイエンス研究所(理事長=聖路加国際病院理事長 日野原重明氏)が昨年11月に発足。その記念招待講演会が11月18日に開かれたが,財団の活動の一環をなす「卒後研修に臨床疫学を導入するための教育的技法に関するワークショップ」が,さる3月8-9の両日,東京の聖路加看護大学において開催された。
 今回のワークショップのテーマは,「(1)臨床疫学の基礎的理解,および(2)臨床疫学を卒後の教育病院で実行するための戦略」。R.H.Fletcher氏(ハーバード大学)による講演(1)「臨床疫学の歴史的背景と現代的意味」,(2)「臨床疫学的研究-診断」,(3)「臨床疫学的研究-治療」,(4)「臨床疫学の診療への応用」,(5)「臨床疫学の卒前教育への導入」,(6)「臨床疫学の卒後臨床教育への導入」が企画された。また,指導担当講師(タスクフォース)である福井次矢氏(京大教授)・櫻井恒太郎氏(北大教授)・吉村健清氏(産業医大教授)の講演を交えて,約40名の参加者との間に活発な討論と質疑応答が展開された。


臨床疫学の基本原理

 患者の健康改善に焦点を当てて医療の有効性を評価する「EBM(Evidence-Based Medicine:根拠に立脚した医療)」というアプローチが,近年大きな関心を呼んでいる。『今日の疫学』(青山英康編:1996年 医学書院刊)によれば,その基本となる科学は1980年代に1つの学問として確立された「臨床疫学(Clinical Epidemiology)」である。
 また同書によれば,「臨床疫学とは“治療を治療すること”であり,“検査を検査すること”である」とも言える。吉村健清氏は,「臨床疫学の基本原理」と題して,臨床疫学の歴史とその概念を説き起こし,従来の疫学との違いや臨床疫学的アプローチについて言及した。
 「臨床疫学」の歴史は,1938年のJ.R.Paulの提唱に始まり,D.L.Sackettによるマクマスター大学臨床疫学教室の設立(1967年),A.R.Feinsteinによる「臨床疫学」の再提唱(1968年),INCLEN(International Clinical Epidemiology Network)の設立(1982年),R.H.Fletcher.A.R.Feinstein,D.L.Sackett,N.S.Weissらによる出版活動(1982-1986年),という過程を経て今日に至っている。
 また「臨床疫学」の概念は,(1)「臨床疫学とは,医学における科学的観察とその解釈のための方法論の1つ。臨床医学で出てきた問題に対して,疫学的原理と方法を適用するもの。これは,人間そのものにおこる臨床的事象の測定に関する科学であり,その評価と解釈に疫学的手法を用いる」(Fletcher),(2)「臨床疫学は,患者管理における臨床判断に必要な根拠を作り上げるために,集団としての人間を研究する学問である」(Feinstein),(3)「臨床疫学は,健康改善をもたらす診断と治療の過程を研究するための疫学的・生命統計学的方法の適用。患者管理に直接携わる臨床家によって行なわれる」(Sackett),(4)「臨床疫学は,臨床判断の決定要因と影響を研究する学問」(Spitzer)などさまざまな定義があるが,臨床疫学の基本原理は「医療の有効性の評価」である。

「従来の疫学」と「臨床疫学」

 それでは,同じ疫学的手法を用いているものの,「従来の疫学」と「臨床疫学」にはどのような違いがあるのか。
 まず前者の目的が,「健康増進」や「疾病予防」にあるのに対して,後者の目的は「疾病管理」,「予後改善」,「医療評価」にあることである。また,前者の対象集団は「健康集団」であるが,後者の対象集団は「患者集団」である。そして,前者の応用分野が「予防医学」や「公衆衛生」であるのに対し,後者の応用分野は「臨床分野」である。つまり,臨床疫学は「患者の医療に直接携わっている臨床家(医師,看護婦,歯科医師,薬剤師など)が中心となって,患者の問題を解決する」ところにその特徴があると言える。

臨床疫学的アプローチ

 臨床疫学的アプローチの方法論は,(1)記述疫学(実態を知る・問題点を探る),(2)仮説の設定(作業仮説を立てる),(3)分析・介入研究(仮説を検証する),(4)臨床(実際に応用する)の4要素からなる。
 吉村氏はまた,疫学研究における「妥当性(有効性の吟味)」の研究が重要であることを強調。この「妥当性」には,「外的妥当性(臨床情報そのものが真理かどうか)」と「内的妥当性(臨床情報が自分の患者に有効かどうか)」があり,特に内的妥当性に関しては,(1)偏り(bias)はないか,(2)交絡因子(予想外の要因)による影響は除かれているか,(3)偶然の結果ではないか,を厳密に検討する必要がある。

“Decision Analysis”へ

 一方,Fletcher氏は自著である「Clinical Epidemiology;The Essentials.3rd ed.1996」などの最新の成果を駆使して,臨床疫学研究の現状を報告するとともに,前記の「EBM」との関係などを詳述。また,櫻井恒太郎氏と福井次矢氏は,「医学判断学(Medical Decision Making)」における「Decision Analysis」の基本原理とその研究の現状を発表した後,参加者からの質疑に答えた。
 今回のワークショップは第1回目であるにもかかわらず,財団設立の所期の目的とともに,臨床疫学という新たなアプローチへの期待を十分に実現させたと言えよう。