医学界新聞

在宅ケアにおける医工学治療に焦点

第9回日本医工学治療学会学術大会が開催


 さる2月22-23日の両日,松浦雄一郎会長(広島大教授)のもと,第9回日本医工学治療学会学術大会が,広島市の広島国際会議場で開催された。
 日本医工学治療学会(理事長=鈴鹿医療科学技術大学長 渥美和彦氏)は,「各種臓器の慢性および急性の機能障害に悩んでいる患者たちが,よりよいQuality of Lifeを得るための適切な治療,あるいはsubstituteを提供するには学際的な研究協力が必要」との主旨のもとに設立。医学面での人体生理・病態の解明を生かし,工学面での技術開発により人類の健康と福祉への貢献が期待される分野である。
 医師,臨床工学技士,看護職などからなる会員数は現在800名。「3職種から1/3ずつの構成が望ましいと考えているが,現在の構成は2/3医師で,1/3を他が分け合っている」(松浦会長談)。1996年には日本学術会議の団体として登録され,学術大会開催の他に,会誌発行,年2回の医工学治療研修セミナーの開催や,呼吸療法分科会による呼吸療法・人工呼吸セミナーの開催,医工学治療機器メインテナンス分科会主催の教育研修コースなどの分科会活動を行なっている。
 今学会では,16セッション83題の演題発表をはじめ,会長講演「人工臓器とともに歩んできた医の道のり」の他,特別講演「災害時における医工学治療」(兵庫医大教授 丸川征四郎氏),同「治療をバックアップする先端ME機器技術」(川崎医大教授 梶谷文彦氏),教育講演「医療機器の消毒と滅菌」(関東逓信病院長 小林寛伊氏),シンポジウム「在宅医療・介護における医工学治療の問題点」(司会=国立病院九州医療センター 隅田幸男氏,阪大教授 松田暉氏)が行なわれた。


医学の発展を支えた人工臓器

 「人工臓器とともに歩んできた医の道のり」と題した会長講演で松浦氏は,「近年の飛躍的な医学の発展を支えてきたものに人工臓器があげられる」として,氏が人工臓器を研究テーマとするきっかけとなった人工腎臓や,人工心肺装置,抗癌剤局所潅流療法,人工心臓,人工血管,人工血液などの開発の変遷を,それぞれの代表的論文を交えて論じた。人工心臓は,欧米では1958年に本質的な研究が始まり,1961年から臨床応用が開始されている。松浦氏は,「広島大学における人工心臓の開発研究は1966年からの取り組みに始まるが,以降1972年までを第1期,1973~1983年を第2期,1984年から現在にいたる第3期に分けることができる」と解説。第2期までは大型ながら空気駆動式の開発が進められてきたが,第3期では小型化,強力化が求められ,ブラシレスDCモーターを利用した電気駆動式の開発,試作が行なわれたことを紹介するとともに,臨床使用を前提とした安価な完全植え込み型駆動装置の開発の可能性について述べた。
 また松浦氏は,「医療機器,人工臓器の開発は,分子工学,電子工学の進歩,発展に支えられてきた。特に心臓血管外科領域を中心とした医工学治療の進歩はめざましいものがあるが,これからは医工学治療の研究に並行して,患者のQOL,生活のアメニティを高めるために,医療枠を越えた福祉保健の発展充実が課題」と指摘し,世界に先駆け長寿社会に突入した日本の医療界のあり方についても触れた。

原発事故に向けた医療対策の重要性

 一方,特別講演を行なった丸川征四郎氏は「死者6279名,行方不明2名(兵庫県発表)を発生させた1995年1月の阪神淡路大震災時には兵庫医大の集中治療室で当直していた」と述べ,被害者であると同時に,集中治療,救急治療,初期治療に携わった経験談を披露。「大災害に対しても診療機能を維持できる医療施設の構築が必要」との教訓を述べるとともに,救急医療と災害医療の違いについても触れ,「治療医学の範疇であり少人数を対象とした救急医学と違い,多人数を対象として,被災者,被災地医療を根幹においた災害医療は,日本にはまだ存在しない」と言及。多元分散型の組織・防災設備がライフラインや医療器材確保のために必要であり,防災医療の日常化に向けた対策が課題だとした。
 また丸川氏は,これからの大災害として予想されるものに「原発事故」をあげ,「原子炉の耐用年数は,蒸気発生器で20年,原子炉圧力容器で40年と言われている。現存する原発の蒸気発生器は取り替えが進んでいるが,日本初の美浜原発1号の原子炉の限界は2010年。フランスでは事故を想定した医療通達が出されているが,事故は起きるものとの認識が必要。日本でも2010年に向けた医療対策の準備が必要になろう」と述べ,注目を浴びた。

感染対策はuniversal precautionsからstandard precautionsへ

 教育講演「医療機器の消毒と滅菌」で小林寛伊氏は,アメリカ,イギリス,ドイツおよび日本で行なわれた病院感染疫学調査の結果を発表。その中で,諸外国ではICU,CCU,救急部で何の薬剤も効かない高度耐性株が出現してきている事実や,結核病患者の手術について(1)感染性がなくなるまで,手術を待てれば待つ,(2)手術室のドアは閉じる,(3)マスク等で防御するなどの米・CDCのガイドラインも紹介。また,感染予防対策について,1985年からuniversal precautionsが一般に言われ始めたが,1987年にはbody substance isolationに代わり,現在はstandard precautionsが主流となっていることを述べた。
 さらに,「すべての微生物を死滅させる殺菌方法が滅菌であるが,適応対象が手術機器などに限られ,多くの医療機器は不完全な殺菌方法である消毒に頼らざるを得ない」と述べ,高圧蒸気滅菌法やガス滅菌法の他に一部業者による放射線滅菌,電子線滅菌も施設によっては行なわれていることを解説,「適切な短時間低温滅菌法がないことなどが問題」と指摘した。

在宅医療・介護における問題点を討議

 また隈田幸男,松田暉両氏の司会で行なわれたシンポジウムでは,在宅医療・介護における問題点について7人のシンポジストが登壇。谷忠憲氏(広島県安芸地区医師会)が「寝たきり患者1000人,13.3%の高齢化率である安芸地区に開設された,医師会訪問看護ステーションからみた在宅医療・介護の現状と問題点」を述べた他,津村裕昭氏(広島大)が「長期在宅高カロリー輸液の使用経験」を,丸山高司氏(マツダ病院)は「皮下植え込み薬液注入装置の使用経験」を発表,以下「携帯型人工膵島の長期臨床応用の試み」(熊本大 下田誠也氏),「CAPD療法の長期継続における問題点」(広島大 頼岡徳在氏),「BiPAPを用いた在宅人工呼吸管理についての検討」(広島市立安佐市民病院 徳永豊氏),「左室補助人工心臓の長期使用の現況および問題点」(阪大 西村元延氏)が述べられた。これらの発表の中では,急速な医療機器の技術開発が在宅医療を可能とし,多くの現場で進められていることや患者のQOLに貢献していることなどが語られたが,在宅における問題点や今後の可能性についても討論が深められた。また,「在宅医療はチーム医療が原則」との意見とともに,これからは非侵襲型でより小型化した医療機器の開発の必要性が示唆された。
 なお次回学術大会は,明年2月13-15日の3日間,古賀敏彦会長(天神会古賀病院長)のもと,久留米市のももちパレス福岡で開催されるが,第10回を記念して汎太平洋呼吸療法フォーラム,第10回呼吸療法セミナー「アジアとの連携」を同時開催し,海外からの招待講演や,シンポジウム「医療と福祉」などが企画されている。