医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


外科学に必要な基礎科学を見事にまとめた1冊

イラストレイテッド外科ベーシックサイエンス 小川道雄,斉藤英昭 編

《書 評》宮崎耕治(佐賀医大教授・外科学)

 『外科ベーシックサイエンス』という耳慣れないタイトルの本が今般上梓された。編者は外科学界きってのサイエンティストの熊本大学第2外科小川道雄教授と東京大学手術部齋藤英昭助教授である。
 近年,外科学における基礎医学の導入は目覚ましいものがある。癌をその対象の主体とする外科学が,発生,進展,予後を規定する癌遺伝子と無関係に研究,治療を進めることは考えられず,分子生物学的手法を導入せざるを得ないという背景もある。また,外科技術の進歩に伴い,根治性をめざして拡大手術を追究していけば,その過大侵襲を定量,予知,予防し,対策を講じる必要も出てくる。ここに,サイトカインやBacterial translocation, NO,臓器代謝といった基礎科学の知識の導入が必要になる。

basic scienceの最新の進歩を提供

 本書は,序にあるように,artを重視しがちであったこれまでの外科医のなかで,いち早くその必要性を認識し,着手してきた現役の外科医を中心に執筆者を選び,わかりやすくその意義を解説してもらい,しかも,イラストでさらに理解を深めるといった小川教授ならではの手法を用いて,できるだけ多くの若い外科医,学生に親しみやすいよう配慮してある。
 basic scienceの教科書は出版されたときにはさらに進んでいて,トピックスを勉強するには月刊医学雑誌に頼るほうがいい場合が多いが,この本は企画からわずか10か月で刊行され,最新の進歩を提供できるよう配慮されている。
 目次を見ても,サイトカイン,接着分子,癌関連遺伝子,増殖因子,神経伝達物質,ホルモンとレセプター,アポトーシスの解説に始まり,侵襲と生体反応の機構,スーパーオキシド,NO,栄養評価,管理,創傷治癒,血液凝固,線溶,炎症,細菌感染と防御系,免疫,ショック,臓器再潅流障害,臓器不全,転移機構,腫瘍免疫,化学療法,放射線療法,移植から統計学に至るまで,外科学に必要な基礎科学を見事なまでに網羅してある。これだけの領域をまとめて月刊雑誌で勉強する能力と余裕を持った外科医は数少ないと思われ,その意味でも貴重な教科書である。
 外科学界きっての勉強家の2人の編者ならではと感服せざるを得ない。

文章で理解しにくいメカニズムをイラストで解説

 各項目はその概念の説明に始まり,文章で理解しにくいメカニズムやネットワークの解説をイラストで補い,最後に再びキーワードの説明付きといった至れり尽くせりで,何とか若い外科医や学生にも理解しておいてほしいという情熱がうかがえる。調べたい項目から独立して読めるようになっており,座右に置いて,1日1項目ずつ読んでいけば,21世紀の外科学へ向けての臨床と研究に深い洞察力をもたらすことは請け合いである。若い外科医,研修医,学生必読の書として推薦する次第である。
B5・頁256 定価(本体6,900円+税) 医学書院


視神経乳頭観察法の格好の解説書

アトラス視神経乳頭のみかた・考えかた 若倉雅登,他 著

《書 評》北原健二(慈恵医大教授・眼科学)

 眼科学教室に入局した昭和40年代のはじめ,大正時代後期の診療録を閲覧する機会があったが,当時の前眼部所見の詳細な観察力に敬服する一方,眼底所見の記載が皆無に近いことを奇異に感じた記憶がある。これについて「我々(昭和時代)の診療録には眼底所見は記録されているが,視神経に対する記載がないことと,よく似ていることではないの」と教室員と雑談したことがある。つまり,次の時代には視神経が重視されなければならないことを痛感したものであった。
 現在,日常診療において眼底検査は必須の検査法として定着している。しかし,視神経乳頭に対する所見は適切に記載されているであろうか,はなはだ疑問であり反省させられる。視神経乳頭の大きさ,形,色,陥凹には個人差が多いため,蒼白化1つをとっても正常との鑑別に苦慮することが多い。

教科書にはない 視神経乳頭観察のこつを提示

 『アトラス視神経乳頭のみかた・考えかた』は,これらの視神経乳頭の観察法に対して適切な回答を与えてくれる恰好の解説書といえる。本書は,視神経の発生・解剖から始まり,乳頭のみかたとして大きさ,輪郭と辺縁の所見,色,浮腫および突出,萎縮,傾斜,神経線維,陥凹,視神経乳頭の血管,乳頭周囲の脈絡膜所見について項目別に,観察方法,所見の取り方,判定上の注意点などが懇切丁寧に解説され,次に,疾患別に多数例における視神経乳頭所見が提示されている。
 本書の特徴は,教科書にない乳頭観察上のこつが随所に示されていることと,実際の眼底写真ごとに模式図が添えられ,模式図の中に観察すべき重要所見がわかりやすく説明されている点である。したがって,眼底写真と模式図をみるだけで十分に内容が把握できる利点がある。

緑内障の視神経乳頭判定法の実際

 特に,緑内障の早期診断には視神経乳頭所見が重視されるが,現在では「正常眼圧緑内障」という疾患概念が導入されるなど,診断に苦慮する症例にしばしば遭遇する。この点を踏まえて本書では緑内障について特に項目が設けられ,豊富な立体写真とともに視神経乳頭観察の実際が示されている。視神経乳頭観察法のこつ,乳頭面上の血管走行の特徴,正常眼圧緑内障における視神経乳頭の大きさ,陥凹縁の判定上のこつ,生理的陥凹との鑑別点,網膜神経線維層欠損の観察法のこつに続いて,症例が提示され視神経乳頭判定法の実際が示されている。
 以上のように本書は,まさに時宜を得た出版であり,これにより視神経乳頭に対する観察力が倍増するものと確信する。また,本書から得た知識が日常診療に生かされ,平成時代の診療録に高い評価が下されることを切望する。
B5・頁192 定価(本体20,000円+税)医学書院


不妊症学の知識の整理と統合機能を有した書

不妊症治療ガイド バイオロジーからラボワークまで 鈴木秋悦 監修

《書 評》久保春海(東邦大教授・産婦人科学)

 最近,さまざまな生殖医療関係の成書が発刊されているが,監修者も本書の序に述べておられる通り,今日の産婦人科の臨床は,生命科学の目覚ましい進歩に支えられて,最も注目を浴びている領域である。特に,不妊症治療における対外受精の応用は,国内・外を問わず,日常的な手段として,大病院から実地医家までを含めて,膨大な広がりをみせており,この手技を知らずして,不妊治療を語れないと言っても過言ではない。もはや,不妊症は生殖生理と発生学とアンドロロジーを包括した不妊症学として発展し,産婦人科学の一部分から抜け出た学問として,専門化,細分化が定着しつつある。このことは臨床において,リプロダクションセンターや不妊症専門外来が,隆盛を極めている現実が如実に物語っている。
 このような折に,真に時宜を得て発刊された本書は,不妊症学の手引き書として医学生,研修医はもとより,座右の銘として,専門家のともすれば偏りがちな,知識の整理と統合機能を有した必携の書である。

他に類を見ない濃密で隙のない 不妊症学の解説

 鈴木先生の著書でいつも感服させられることは,各分野にわたる学問の御造詣の深さは無論であるが,モノグラフの刊行の趣旨が明解であり,その1章節ごとの切り口の緻密さとユニークさである。特に本書は,泌尿器科学,産婦人科学,生殖生理学,それぞれの分野の第一人者である新進気鋭の専門家が著者として,鈴木先生の監修方針に基づいて執筆されておられるので,他書に類を見ないほど濃密で隙のない,不妊症学の解説書に仕上がっている。
 本書は7章,約290頁で構成されているが,全体を通して言えることは,非常に懇切,ていねいな記述と図解,そして各項目ごとに基礎から最先端な事象まで,確実に網羅されていることである。まず,不妊症の概略をつかむ意味から基本的な事項として,はじめに生殖のバイオロジーを解説している。日本における生殖生理学の発展は鈴木先生をなくしては語れない。小生が昭和40年代に故林基之門下に入り,哺乳類の体外受精について細々と研究を始めた頃,鈴木学兄は生殖生理学の分野で,すでに国際的な活躍をしておられた。このことからも理解されるように,この章は,長年の研究の成果をきわめて簡潔明瞭にまとめてあり,この領域における造詣の深さを物語っている。

男性不妊の重要性を認識

 本書において,さらに特筆すべき点は,男性不妊の解説に約80頁を用いていることである。不妊症学書で男性不妊に最大限の頁数を割いた類書は他に見当たらない。男性不妊の重要性をあらためて認識することができる,本書のユニークな側面である。またラボラトリーワークとART(補助的生殖技術)の実際および不妊治療の展望について,最新手技の解説と成果が詳細に述べられているが,その反面,臨床につながる研究はむしろ低調であり,新しい研究が少ないことを指摘している。ARTの将来という表に集約された展望のなかに,著者の洞察力の鋭さを感じざるを得ない。
 本書を通読し,不妊症はいまだ多くの問題が残された学問であり,地道な努力が将来の展望につながると確信した。
A5・頁292 定価(本体6,800円+税)医学書院MYW


内科医が遭遇する様々な精神症状に対応

一般外来の精神医学 精神科医と内科医のクロストーク 浜田晋,高木誠 著

《書 評》臺 弘(坂本医院)

 本書の著者の1人である浜田氏は,定評のある総合的指導書『今日の外来診療』(医学書院,1989年)に「精神疾患」の章を執筆し,続いて『一般外来における精神症状のみかた』(医学書院,1991年)という著書を出された老練な実地医家・精神科医である。共著者の内科医の高木氏は,浜田氏の著書を読んで感銘を受け,これは内科医や一般向けの精神医学の単なる啓蒙書ではなく,町医者としての医療の原点から現代医療の置かれている危機的状況に対して投げられた批判の書であると共鳴したそうである。

人々の生活に即して,具体的な課題から広く医療を論ずる

 このような「こころざしを共にする」老壮2人の医師の対談を主軸に,病める人々の生活に即して,具体的な課題から広く医療のあり方を論じた本書は,これまでに例が少なく,貴重な貢献となった。ここには「患者を助けるのは医者の務めだ」とする平明な信条がある。
 患者を助けるためには,からだとこころと暮しの三様の配慮を持たねばならない。この配慮はとりわけて老人患者にとって必要である。狭い領域に立てこもりがちであった精神科医も他科の同僚たち,特に内科医との協力を痛切に感ずるようになった。内科医もまた精神科医との協力を求めている。
 序章は浜田による「今日の外来精神医学」で始まる。患者も病気も医師も変りつつある社会的・経済的・科学的大状況のもとで,日々患者個人と向かいあってなされる直接サービスは,老人医療を中心に大きく様変わりしてきた。これまで片隅に置かれていた精神医学は,現実の医療や人間そのものについて考える分科であることが再認識され,近代日本医学の流れの中で,医療危機に直面してその再生に果たすべき役割が明らかになった。とはいっても,これは肩を怒らした糠慨の言葉ではなく,取りつきにくい専門用語による論議でもない。本書では,主訴に聞き入る,生きた言葉で病歴を書く,患者と付き合うなどの医者の姿勢が,「地の塩」としての地域医療のあり方として,静かな日常語でさりげなく語られている。
 本書の主部となる浜田と高木の対談が,阪神淡路大震災での救急医療から始められたことは象徴的である。この時,浜田は精神科診療所医会の一員として救援に赴いている。緊急事態に際して,現在の医療体制の欠陥は暴露され,その中で診療各科(精神科も含めて)の連携の必要が改めて痛感された。対談は,無力だった救急医療,個人の孤立,共同体意識のあり方から,仕事に責任をもつ職人気質,蘇った看護意識に及び,「東京病」と偏差値教育への憂慮にまで発展した。

治療のなかでの濃やかな配慮に 裏付けられた心得の手引き書

 次の2章は「一般外来でみる精神科症状」と「精神疾患の病態とケア」にあてられている。前段は内科医のための面接の技法と,どのように患者とつきあうかについて,後段は老人性うつ病,老人性痴呆,幻覚妄想状態,睡眠障害などの個別の病態について話し合われている。内容は主として高木の発言に対して浜田が応ずるという形で進行するが,それはQ&A形式の手軽な解説とは異なり,具体的な治療状況の中で,濃やかな配慮に裏付けられた心得の手引きともいうべきものになっている。面接の環境作りから,面接に当たっての細やかな注意,家族を含めての対応の仕方,身体的異常がない場合や心的不安や葛藤がうかがわれる時の「治し」と「癒し」の考え方が語られ,内科医が診なければならない(診てほしい)精神病までに話が及んでいる。

一番問題となるのは 老人性うつ病と痴呆

 両科の関連している領域で一番問題になっているのは,老人性のうつ病と痴呆である。うつ病の特色,診断の要点,「うつ病は精神病だ」という意識を取り除くこと,治療の方針が話し合われてから,パーキンソン病などの脳の萎縮との関連を経て,老年性痴呆の抱えている深い意味が論じられる。痴呆があまりに安易に語られるために,うつ状態や軽い意識障害や譫妄,幻覚・妄想状態などと混同されて,治療可能な病態までが「ぼけ」として扱われる場合のあることが指摘されている。医療場面でさえも,いったん「ぼけ」や「精神病」が疑われると,配慮さえあれば内科的処置で充分に対応できる老人までが「精神科へ」と排除される現状がある。一方,「痴呆患者は精神病院に入れないように」という浜田の意見は精神科医である筆者には辛い言葉である。
 「診療とケアをめぐる今日的諸問題」では,病院・診療所間の連携,今後の医療を支える看護婦の力に期待が寄せられるとともに,終章のナース(野末氏)とケースワーカー(重松氏)との対談から看護と福祉に話が及んで終わる。
 高度近代医療と並行する専門化,各科の「たこつぼ化」,検査偏重,診断優先の障害から医学教育・研修にも及ぶ諸問題は,この本の基調低音である。関係ないことには関心がないとして,他人の気持に立ち入ることを避ける現代の若者の風潮に相応しく,医療の実践にも症状スケール,診断・処置のマニュアル化が蔓延している。この現状に対して浜田は時に酷評を浴びせる。筆者にもその気持はわかるものの,老人性うつ病者の入院を若い医師に依頼する時,痴呆テスト何点と記入するのは,やはり必要で大切な配慮である。「マニュアルを死ぬまでに書き直していくプロセスが医療だ」という浜田氏は,若い医師がマニュアルから医療の道に入るとしても許してくださるであろうか。
A5・頁232 定価(本体3,600円+税)医学書院


日本語で書かれた標準的な生理学書

標準生理学 第4版 本郷利憲,他 編集

《書 評》竹中敏文(横浜市大教授・生理学)

細胞生理学に関するあらゆる 事項を記述

 新しい内容を盛り込んで改版を重ねている世界的な生命科学の参考書に『Molecular Biology of the Cell』がある。この本は,細胞生理学に関することは何でも出ている便利な本である。日本にもこのような参考書があってもいいなとかねがね思っていたが,最近これに迫るような参考書が現れた。それが今回改版された『標準生理学』第4版である。
 生理学は時々刻々と変化していく生命現象を対象としており,非可逆過程の準定常状態の概念が入っているため難しいところもあるが,それを越えると逆に面白くなってくる。
 この本は序文に銘記してあるごとく,生理学は「覚える学問」でなく「思考する学問」であるという線にそって各執筆者が執筆していると書かれてはあるが,はじめて生理学を学ぶ学生には知識の羅列にみえるのではないかと危惧する。教科書というよりは,辞書のようにみえるのではなかろうか。

全項目にわたり新知見による 追加と修正を行なう

 さて,本書を開いてみると,この第4版から図の一部が多色刷りになり,読者をして視覚的になんとなく親しみやすい雰囲気にしてくれる。内容的にも,今回新しく12人の執筆者を加え,生理学者を中心として生化学,薬理学,臨床医学の専門家総勢49人で,各項目を詳細すぎるくらい詳細に執筆されている。今回は,第1章の「細胞とその環境」が豊富な内容になり,第5章に「発音と構音」,第13章に「概日リズム」の新項目を設けたほか,全項目にわたって新知見による修正や追加が行なわれ,1000ページにもおよぶ大冊になっている。教科書としては,ページ数が多すぎるきらいがある。
 教科書と参考書とはどう違うかという問題もあるが,本書は各項目が非常に詳しく書かれており,疑問点があればこの本を見ればなんでも出ているということからして非常に便利な参考書である。同じように1937年から12回も改版を続けているBest and Taylorの『Physiological Basis of Medical Practice』は内容がもう少し簡単であるが,同じようなページ数なのでまあ妥当な線ではなかろうか。
 最後に,もう少しこうあったらよいなという希望を述べさせてもらう。その1つは,参考書の項目でもうすこし原著の文献を多くしてもらえないかということである。前述のBest and Taylorは非常に多くの文献があり,学生がそれを元にして勉強することができる。そのほうが,自分でさらに勉強しようとする学生にとって便利なことは確かである。また,各項目間でいくつか連絡の悪いところも見受けられる。例えば,アセチルコリン受容体は2章と6章にあるが,容易に理解させるためにもまとめた説明がほしい。
 現在,医学教育で生理学に使われる時間は,教育制度の改正によりますます制限されてきているが,生理学の重要性には変わりはないし,そのためには良い参考書が必要となる。「日本語で書かれた標準的な生理学教科書」と銘打った本書は,医学部学生の参考書としてよい書物であり,さらに卒後の若い医師にとっても座右に備えておくべき書物であると思う。
B5・頁1012 定価(本体12,000円+税)医学書院