医学界新聞

連載 市場原理に揺れるアメリカ医療(11)

症例管理者

李 啓充 Kaechoong Lee
マサチューセッツ総合病院内分泌部門,ハーバード大学医学部講師


 マネージド・ケアにおける医療コスト節減の一方策として,症例管理者(通常は保険会社に雇われた看護婦)をコストのかさみそうな症例に配置し,コスト節減にあたらせるという方法があることはすでに述べた。症例管理者は,医師および患者に医療保険でカバーされるサービスの範囲を知らせ,医療サービスを統合する役割を担うとともに,カバーされないサービスでも,コスト節減に役立つものならばそれを実現する権限が与えられている。
 例えば,外傷の後遺症で麻痺が残り,車椅子の使用が生活に必須となった患者を考えてみよう。もし,患者の家を車椅子が使えるように改装することで退院の時期が早められるとなれば,症例管理者には患者の家の改装にかかる費用を支出する権限が与えられている。長期入院にかかる費用に比べれば,家の改装費など微々たるものだからである。
 全患者のわずか5%が全医療費支出の70%を消費するとあって,コストのかさみそうな患者に対する保険会社の警戒心は非常に強い。保険会社にとって要注意の患者とは,(1)喘息,慢性閉塞性肺疾患,うっ血性心不全,腎不全,糖尿病などの慢性疾患,(2)妊娠合併症,(3)先天性疾患,(4)多疾患の合併,(5)頻回の入院歴,(6)頻回の救急外来受診歴,(7)末期患者,(8)身体障害の合併,などの患者であり,これらの症例には間違いなく症例管理者が配置されると思ってよい。

症例管理者導入の効果

 例えば,頻回の入院歴のある糖尿病患者を担当する症例管理者は,毎日電話連絡をとることで,主治医の指示した通りに血糖値が管理されているかを確認する。患者が治療をおろそかにして入院することに比べれば,毎日の電話など,文字通りただみたいなものである。
 ユニバーサル・ケア・ヘルス・プラン社の利用度審査兼症例管理部門の責任者であり,かつ自身が看護婦であるメアリ・ホッジスは次のような例をあげる。「当社では,毎年900例の喘息患者をケアしています。以前は喘息患者が救急外来を受診する回数は毎月130回,そのうち2日以上の入院を要する患者が70例という状態でした。すべての患者の自宅に看護婦を派遣し,自宅での吸入療法の指導にあたらせました。薬剤の量,吸入器の維持などをこと細かに教え,発作時には患者が自分で対処できるようにしたのです。この患者指導プランを始めてから3か月後には,入院数は従前の70例に比べわずか2例と激減しました。患者さんは自分で早期に発作に対処することができるようになったのです」
 しかし,糖尿病や喘息など,適切な患者教育の効果が容易に期待できる疾患はともかくとして,症例管理者が一般に医療コストの節減に役立っているかどうかは議論があるところであり,1994年8月のアーカイブズ・オブ・インターナル・メディスンに次のような内容の論文が発表されている(154巻1721頁)。668人の退院患者をランダムに2グループに分け,一方(333人)は症例管理者を配置してきめ細かく患者と連絡を取り,他方(335人)はコントロールとして退院後の受診などを患者の思い通りにさせ,両者を観察したのである。
 1年に及ぶ観察の間に,症例管理者はのべ6260回患者と接触したのだが,症例管理者が担当したグループに退院後の外来受診数が有意に多いものの,再入院の回数,再入院の際の平均入院日数などは2グループの間で差がなく,症例管理者がついたからといって患者が再入院することを防ぐ結果とはならなかった。

患者の利益の代弁者に?

 前回(2231号)は,医師と患者との間の信頼関係がマネージド・ケアの隆盛のもとで大きく変質し,患者が無条件に医師を信頼することが難しくなっていることを紹介したが,症例管理者という新しい職種は,医師と患者との間に立って患者の利益を代弁する役割を担いうる可能性を持つ。
 法的係争にあたって弁護士が依頼人の利益を代表するように,患者が不幸にして病を得たときに,患者の利益を代表して医師との間の交渉を行ない,患者に助言を与えるという役割が期待できるのである。実際,連載第3回(2205号)でアテナ社の広告を紹介したように,保険会社は「症例管理者は患者の味方」という宣伝を展開している。
 しかし,症例管理者が保険会社の従業員である限り,患者の利益を無条件に代表することはむずかしい。法学者のマーク・A・ロドウィンは,症例管理者が真に患者の利益を代表することが可能となるように,症例管理者の職務に関する倫理規範を設定し,独立の機関により個々の症例管理者の仕事ぶりをモニターする,あるいは症例管理者を保険会社から独立した存在とし,患者と保険会社との間の調停者としての役割を担わせることを提唱している(ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン332巻604頁,1995年)。