医学界新聞

●居場所の記憶

 故ケネディ米大統領が暗殺されたとき,自分はどこにいたのか。もし覚えているなら,それはおそらく,そのときどこにいたかという体験により一時的な「標識」をつけられた脳内シナプスが,この暗殺のニュースによって引き起こされたタンパク質合成の高まりによって強化されたのである。このような,学習と記憶とタンパク質合成,そして最終的には遺伝子発現との関連性を考えついたのは,ドイツにある神経生物学連邦研究所のU.Freyたちである。News and Views欄でこれについて論じているブラウン大学のM.F.Bearによると,この新しい見解は,「外傷性の脳損傷や脳卒中,アルツハイマー病や通常の老化に伴ってしばしば見られる記憶喪失を治療するうえで,新しい道を開いてくれる」のではないかという。
 脳の海馬という領域にニューロンを繰り返し刺激すると,シナプスの伝達効率が長期にわたり増強される。これは長期増強(LTP)と呼ばれ,学習や記憶に関与する情報処理経路の研究で扱われる基本モデルである。もしLTPが2,3時間以上続くと,タンパク質合成もそれに伴うに違いない。しかし,タンパク質合成の場所はニューロンの細胞体に限られ,また,LTPはそこからやや離れた特異的なシナプス部位で起こる。そこで,中心部で合成された巨大分子が,増強されるシナプス部位だけに向かって確実に運ばれるようにする何らかの機構が必要である。Freyたちは今回,LTPの間,それにかかわるシナプスが,新しく合成されたタンパク質を3時間以内の間捕獲することができ,この方式で「標識され」ることを示している。

“nature”6.Feb.1997より