医学界新聞

NOの二面性-脳循環の立場から

荒木信夫(日本鋼管病院内科)


 Nitric oxide(NO)は1980年に内皮依存性血管弛緩因子として発見され,その合成酵素であるNO synthase(NOS)は脳内で内皮のみでなく,神経細胞やアストロサイト,血管周囲神経,血管平滑筋などにも存在することが明らかにされた()。この内皮依存性血管弛緩因子であるNOが脳循環の調節因子として重要な因子であることは想像に難くないが,脳循環の自動調節能や脳血管のCO2反応性,低酸素負荷時の脳循環にいかに関与しているかについて,様々な検討がなされてきた2)

安静時脳血流に対するNOの役割

 Tanakaら(1991)は14C-iodoantipyrineを用いて,NOSの阻害剤であるNG-monomethyl-L-arginine(L-NMMA)投与後の脳血流量を測定し,大脳皮質や線条体などの広い範囲で25~38%の脳血流の低下を観察し,この脳血流量減少がNOの基質であるL-arginineの投与により,もとの状態に回復することを示した。
 この他にも,様々な検討がなされたが,NOSの抑制により脳血流が低下することは,一致した結果であり,NOは安静時脳血流を保つように作用していることが示されている。最近,コイでもアセチルコリンによる脳血流増加反応が,NOSの阻害剤であるNG-nitro-L-arginine methylester(L-NAME)やNG-nitro-L-arginine(L-NA)投与後に消失することより,魚類でもNOが脳循環の調節を行なっていることが示された。このNOの由来については,血管内皮とする説と脳血管周囲に存在するNOS含有神経とする説がある。

脳循環自動調節能に関する NOの役割

 従来より,脳循環自動調節能における血管内皮の重要性は指摘されており,NOが深く関与している可能性が考えられた。Wangらは,ラットにおいてL-NAの投与後,133Xeで脳血流を測定し,血圧低下時の脳血流が保たれていたと報告し,NOが脳循環自動調節能に関与していない可能性を示した。一方,Tanakaらは,NOが脳循環自動調節能に関与している可能性を示した。
 現在までのところ,NOが脳循環自動調節能に関与しているという結果と,関与していないという結果が出ており,脳循環自動調節能とNOの関係はまだ明らかとはなっていない。

CO2反応性に関するNOの役割

 血中CO2上昇時の脳血流変化に対するNOの役割についても,様々な検討がなされてきた。Amanoらは,ネコで頭窓法を用い脳軟膜動脈の口径を連続的に測定しながら,L-NMMAを投与した後にも血中CO2上昇時の脳軟膜動脈拡張反応は保たれていることを明らかにし,NOは脳循環のCO2反応性に関与していないと報告した。一方,Iadecolaらは,L-NAを投与後に血中CO2上昇時の脳血流増加反応が障害されたと報告し,血中CO2上昇時の脳血流増加反応にNOが関与していると考えた。
 その後も血中CO2上昇時の脳軟膜動脈拡張反応とNOの関係については多数の報告がなされたが,NOS阻害薬の種類,CO2のレベル,脳血流を測定する時機や方法などにより様々な結果が出ている。

低酸素負荷時の脳血流増加反応に対するNOの役割

 ラットにL-NMMAやL-NAMEを投与した後でも低酸素負荷時の脳血流増加反応が保たれることが,Pelligrinoらにより示された。一方,覚醒時のヒツジにおいて,L-NA投与後に低酸素負荷時の脳血流増加反応が減弱することが,Iwamotoらにより示された。以後も様々な検討がなされているが,低酸素負荷時の脳血流増加反応にNOが関与しているという報告と,NOが関与していないという報告があり,一定の見解が得られていない。

脳血管支配神経とNO

 脳血管には交感神経,副交感神経などの存在が確認され,これらの神経が脳循環の調節に関与していることが示されてきた。一方,NOも神経伝達物質として存在する可能性が指摘され,NADPH-diaphorase組織化学染色およびNOSに対する抗体を使用した免疫組織化学染色でNOS含有神経線維の存在が確認された。このNOS含有神経線維の起源として,Suzukiらは,副交感神経系の神経節である翼口蓋神経節,耳神経節および内頸神経節をあげている。

脳虚血とNO

 最近,脳虚血急性期にNOの産生が増加することが様々の研究者により示されてきた。また,このNOの産生増加をNOS阻害薬にて抑制した際に,脳の保護作用があるとする報告と,逆に傷害作用があるとする報告がある。この虚血中のNOの産生増加が生体にとってよいことなのか,悪いことなのかが,はっきりしないのはNO自身に両面性があることによると考えられる。
 すなわち,NOには脳血管拡張作用,脳血流増加作用,血小板の凝集粘着抑制作用,白血球の血管壁への粘着抑制作用,NOとして作用しNMDA受容体を介する細胞内へのCa2+流入を抑制する作用など,虚血時の脳を保護する作用があると考えられる。一方,NO自身が不対電子を持っているため,フリーラジカルとして作用し,細胞傷害を起こしたり,DNA代謝傷害を起こすことが知られている。このようにNO自身に二面性があることが,以上述べてきたように様々な結果が出る大きな原因と考えられる。

文献:
1)田中耕太郎:脳虚血とNO, 神経進歩 40:635-654, 1996
2)荒木信夫:NOと脳循環, Clinical Neuroscience 14:807-810, 1996