医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内

自律神経性機序に関する今日の知見の集大成

循環器疾患と自律神経機能 井上 博 編集

《書 評》杉本恒明(関東中央病院院長)

 生体機能調節の中心にあるものとして,自律神経性機序は今日,極めて重要視されている。特に動きの速い循環器疾患においては発症から転帰,あるいは死の契機ともなるものとして注目されている。評者は40年近くの以前,呼吸・循環の中枢神経性機序を研究課題とするグループに在籍したことがあった。爾来,このことに関心をもって久しいが,この間の循環機能の指標はいうまでもなく,自律神経機能の指標についての進歩には目をみはるものがある。本書は今日の時点におけるこの分野での進歩を要領よく総括したものである。
 今日,臨床例における自律神経機能の指標には多様なものがある。例えば,交感神経機能としては,baroceptor functionにみるような負荷に対する反応,血中カテコラミン濃度の変動,心筋シンチグラフィ,心拍変動解析,筋あるいは皮膚の交感神経活動などが指標とされている。本書はこれらを活用して,冠動脈疾患,心不全,不整脈,失神,高血圧のそれぞれに対する自律神経機能の影響とこれら病態の自律神経への影響とをまとめている。指標の中で,最も繁用され,多くの病態について観察されているのは心拍変動解析である。本書においても特に心拍変動解析を中心として,解析法の意義と手技を解説している。

研究者にはアイデアの宝庫

 通読していて思ったことに,検討された異なる指標間の相互の関係を知りたいということがあった。複数の指標の組み合わせせも意味を持つかも知れないと思えた。神経機能の変化が原因なのか,結果なのかを知る方法はないだろうかということも気になった。肥満や運動不足が迷走神経機能を低下させるとしても,迷走神経機能低下の防止が肥満や運動不足をして危険因子ではなくさせるとは思えないのである。最も神経機能に左右されると思われる冠攣縮において,自律神経機能の関与が明らかにならないのは不思議なことである。これには神経機能と病態の間にある機転が多様であり,単一ではないこと,交感神経機能といっても,α,βなど多彩な機能を判別する必要があるということかもしれない。これらについては今後,解答が与えられることであろう。
 本書はこれまで,成書としての類書がなかった中で,循環器疾患の各種病態における自律神経性機序に関する今日の知見を集大成したものといえる。漠然と関心をもっていた向きには知識を整理する上に役立つであろう。
 本書はアイデアの宝庫でもある。研究者にとっては今後の研究の方向を展望する上で格好の書である。本書によって,研究の方向づけが行なわれ,次のステップが踏み出されることが期待される。著者たち自身の今後の発展を心から願うものである。
(B5・頁224 税込定価8,240円 医学書院刊)


新しい疫学の包括的な教科書

今日の疫学 青山英康 編

《書 評》古市圭治(国立公衆衛生院長)

医学医療の基礎理論

 疫学は,公衆衛生の基礎を形成する学問領域であると考えられてきた。しかし近年は,それにとどまらず,臨床医学の中心である診断や治療についての臨床判断を論理づける領域として,またテクノロジーアセスメントなど科学的な医療政策を基礎づける領域とも考えられており,まさに「医療政策を含めた医学医療の基礎理論」となっている。
 こういった保健活動の方法論といった新しい考え方と旧来の疫学のとらえ方とは若干異質な面がある。今までわが国ではこのような新しい側面については,本書の分担執筆者である久道氏や久繁氏によりやや高度,専門領域の部分が紹介されているにすぎず,世界的に進行している保健医療の改革(Health Reform)の理論としての新しい疫学については,バランスの取れた形で提供されてきたとは言い難い。
 そういった意味で,本書は日本人の手による日本語の新しい疫学の包括的な教科書であり,リーダーシップを取られた青山氏や著者一同の方々に深い敬意を払うとともに,出版を心から祝いたい。

世界の疫学の進歩を反映

 本書の特徴は,世界の疫学の進歩を反映している点であり,具体的にはサケットらの臨床判断学,テクノロジーアセスメント等の基礎としての臨床疫学,ロスマンらの理論疫学の紹介が,わが国の第一人者によりバランスよくまとめられている点が第一であろう。また疫学の,さらにその基礎領域をなしているが,ややもすると疫学自体と混同されている医学統計学(biostatistics)の領域が,わが国では数少ない専門家の1人である折笠氏らにより,医療情報学を射程に入れた形でメタアナリシスとして集約されており,成書としては画期的なものと思われる。
 本書のなによりの特徴は,新しい疫学(書名のとおり)のキーワードや,誤解されやすいポイントが簡明,網羅的に取り扱われている点であろう。例えば,バイアス論,比と比率の区別,ROCカーブ,オッズ比と寄与危険度,いささかジャーナリスティックな論点でもあるスクリーニング論,それに既に述べたテクノロジーアセスメントやメタアナリシス等である。
 これだけの御苦労をなさった共著者諸氏には申し訳ないが,さらに読者として希望を述べると,このレベルで紹介するのは困難かも知れないが,わが国に過去定着していたフッシャー流の推計学と本書で前提とされているベイジアン流の考え方の差異については何らかの解説が必要と思われる。
 本書の構成については各所に工夫が見られる。総論,各論と区分し,さらに各論を公衆衛生での応用,臨床での応用とされているのは,その1つの表れであろう。しかし『今日の疫学』を理解するためには記載の順序等にもう少し体系性を持たせてもよかったのではないか。各論的領域では,エンドポイント論は健康の疫学というより,一般的には治験をめぐって社会的にも課題となっている薬剤の疫学という章を立て,その中で扱うことがより適当なような気もする。また公衆衛生の中でも環境衛生領域における疫学的な扱いとして,リスクアセスメント論が規制科学との関係で注目されている。また,地味ではあるがサーベイランス疫学も進歩を遂げており,そういった領域での今後の追加を願っておきたい。
(A5・頁280 税込定価3,605円 医学書院刊)


麻酔科医の用いる主要な薬物を実用的に解説

麻酔薬ハンドブック 周術期に必要な麻酔関連薬剤137
S.Omoigui 編著/落合亮一 監訳

《書 評》稲田英一(帝京大助教授・麻酔科学)

 Omoiguiの『The Anesthesia Drugs Handbook』の第2版が落合亮一氏らによって訳され,出版されたのは喜ばしいことである。第1版の出版は1992年であるが,この第2版はその3年後に出版されている。これは,本書に対する要求度の高さを示すと同時に,本書には最新の知識が盛り込まれていることを意味している。私は原著の第1版を愛用していたが,第2版がこのように見事に翻訳されたため,もはや用済みとなってしまった。
 本書では麻酔科医が用いる主要な薬物について,効能・効果,用法・用量,排泄,剤型,貯蔵,薬理作用,薬物動態,使用上の注意点,副作用といった項目に分け,要領よく述べてある。137の主要な薬物について述べられているが,訳書では,原著を再編成したり,日本の実情にあわせて改変されており,非常に実用的なものとなっている。初めて用いるような薬物についても,数分もあれば,必要不可欠な知識が得られる。また,薬理作用や薬物動態について,箇条書きながら,かなり詳細な記述がなされている。

患者さんにとって最大利益を得る方法を探る手助け

 訳書は,ポケットサイズの原著よりは大型になった。白衣のポケットに入れて持ち歩き,病棟で参照するには不便になったのは残念であるが,それを補ってあまりある利点が訳書にはある。ビニールカバーなので,耐久性はあるだろう。
 本書は4部構成となっている。第1部は心血管作動薬,利尿薬,局所麻酔薬,筋弛緩薬,静脈麻酔薬などについて記載されている。第2部では,揮発性麻酔薬について述べられている。第3部には,日本で市販されていない薬物についてまとめてある。外国の文献を読む際には,これらの薬物の知識は不可欠である。第4部は付録であるが,悪性高熱症治療指針,配合禁忌表,投与量換算表,心肺蘇生アルゴリズム,小児心肺蘇生薬用量が含まれている。
 薬物名は英文と和文のほか,日本の商品名,販売会社についても記載されている。販売会社に注目して本書を眺めてみるのも,なかなか楽しい。用法,用量について米国でのものは,網掛けとなっている。日本での用法・用量と比較するのも勉強になる。本文中には,薬理作用や薬物動態についての,比較的詳細な記述もあるので,単に特定の薬物について調べるだけでなく,読んで十分に楽しめる本となっている。
 付録の図表は,訳書では版型が大きくなったため,原著よりずっと見やすい。主要な薬物の薬用量が体重別(5kgごと)に記載された実用的な表がありがたい。常日頃から本書を見て,心肺蘇生のアルゴリズムを頭に叩き込んでおくとよいだろう。小児蘇生薬用量の表を利用して,重症患児のベッドサイドに,個人別に心肺蘇生用の薬用量表を作成しておけば,いざというときにおおいに役立つはずである。
 詳細な目次に加え,薬物の索引は五十音順,アルファベット順,さらに薬効別のものも付いている。索引の部分の紙も青色なので,索引をみつけやすい。また,ページには辞書のようにアルファベットごとにマークが付けられている。とにかく,使いやすい本にしようという訳者や出版社の工夫が随所にうかがえる。
 落合氏が監訳者序文で述べているように,本書が“患者さんにとって最大利益を得る方法”を探る手助けになることはまちがいない。
(A5・頁488 税込定価7,725円 医学書院MYW刊)


泌尿器科内視鏡学を体系化

泌尿器科内視鏡 Urological Endoscopy 秋元成太,三木誠 編

《書 評》吉田 修(京大教授・泌尿器科学)

 泌尿器科内視鏡の歴史は,1806年にBozziniにより考案された膀胱鏡Lichtleiterから始まる。その後,光学視管,光源のみならず,モニターやビデオなどの周辺機器の開発,改良が加えられ,経尿道的手技は泌尿器科学の基本となっている。
 本書の編者の1人である三木教授は,1983年に医学書院より発行された『Practical Urologic Endoscopy』の中で,軟性膀胱鏡はまだ実用的でなく,その登場が望まれると述べておられる。当時は硬性鏡による経尿道的操作が泌尿器内視鏡の中心であったが,それから10年あまりがたち,今や外来での男性の膀胱鏡は軟性鏡をルーティンに使用するまでになった,さらに1980年代のPNL,TUL,ESWLの導入による結石治療の革命や,1990年代の腹腔鏡の導入により,泌尿器科で取り扱うすべての臓器に内視鏡的検査,手術が適応されるようになった。
 本書の構成は,内視鏡操作からみた解剖で始まり,内視鏡光学の基礎,内視鏡操作の基本手技,結石・前立腺・腎盂尿管移行部狭窄・腹腔鏡下手術など疾患ごとの内視鏡的治療法が適応から合併症まで詳述されており,まさに泌尿器科内視鏡学を体系化させたといえる。これまでの解剖書にはない,穿刺や内視鏡を挿入するために必要な解剖,砕石時の振動・衝撃波の発生の原理,PNL時の上,中,下腎杯の穿刺の仕方,細径硬性鏡によるTUL,将来を見据えたCCDや3Dの解説,腎盂外到達法を含めたEndopyelotomy,そして腹腔鏡による骨盤内リンパ節郭清術,精索静脈結紮術,副腎・腎摘除術が,簡易な文章で豊富なカラーおよび白黒写真と図,表を駆使してわかりやすく説明されている。付録には現在入手可能なすべての内視鏡の一覧表があり非常に有用である。

患者のQOL向上に寄与

 現代の医療では,Quality of Life(QOL)とインフォームドコンセントを常に念頭に置いて診療を行なわねばならない。QOLを向上させるためには侵襲の少ないMinimally Invasive Therapy(MIT)が必要で,当然今後も内視鏡手術が増加していくであろう。低侵襲手術により可能となる入院期間の短縮,早期社会復帰の促進等,医療経済の面からみてもMITは21世紀の医療のめざすべき1つの方向といえる。本書により多くの泌尿器科医が泌尿器内視鏡学に精通しその長所と短所を熟知した上で,本当にQOLが向上される療法であることを十分に患者に説明し,同意を得て診療に望むことを期待したい。

今後の動向に注目

 腹腔鏡は今後ますます発展し,その適応が拡大されるものと予測されるが,精索静脈瘤の項で述べられているように必ずしもMITとは限らない。腹腔鏡下副腎摘除術に関しては日本が他をリードしており,その有用性は定着しつつあるが,他の疾患に関しては,従来の解放手術や内視鏡手術との比較検討が必要で,現段階ではどの方法が第一選択なのかを決定することはできない。またこの数年,前立腺肥大症の治療法も大きく変化しつつあり,蒸散術(TVP)の導入によりTUR-PがいつまでGold Standardであり得るのか,今後の動向を見守りたい。こうした時代の流れをすばやく取り入れて,本書が逐次改訂されることを希望する。
(B5・頁320 税込定価23,000円 医学書院刊)


理解の困難な乳頭所見を明瞭かつ容易に

アトラス 視神経乳頭のみかた・考え方 若倉雅登,他 著

《書 評》阿部春樹(新潟大教授・眼科学)

 このたび第一線で活躍中の若手臨床家4名の共同執筆による『アトラス 視神経乳頭のみかた・考えかた』が医学書院より出版された。

視神経乳頭を三次元的に観察

 本来眼底検査は,眼科臨床においては必須の検査であり,眼科医であればほとんどの患者にルーチンに行なう検査である。そして日常の眼底検査においてまず観察するところは視神経乳頭である。ところで視神経乳頭は,約120万本の神経線維,グリア,血管などから構成されている。そして網膜面上を走行してきた神経線維は乳頭緑で後方へ屈曲し,乳頭中央に漏斗状の陥凹を形成し,さらに強膜篩状板孔を通過して眼外へ出ていく。
 このように視神経乳頭の構造は,本来立体的なものであるから,その観察も本書の「緑内障乳頭のみかた」にあるように,三次元的に立体観察をすべきである。例えば,緑内障の診断に重要な視神経乳頭の陥凹縁の決め方にしても,立体観察をしながら網膜と平行に走行してきた神経線維が,視神経乳頭の表面で急激に後方へその方向を変える部位を陥凹縁とするのが正しい方法である。さらに緑内障は,進行の有無の判定には長期経過観察が必要な疾患であるため,写真撮影による記録が必須となる。特に同時立体眼底写真であれば,立体計測も可能で陥凹の変化を量的にとらえることができるという利点がある。

所見から解説された実践的な内容

 本書は臨床の実際に即するために,まず所見から解説された実践的な内容になっている。しかし類書の多くにみられるように,いきなり疾患から入るのではなく,視神経乳頭をまず解剖学的なところから捉え直し,かつ総論では検眼鏡で観察した所見を,視神経乳頭の色,形,大きさ,突出,陥凹などの要素や,神経線維,血管そして乳頭周囲網脈絡膜所見に分けて,そのみかたと意義について解説している。そして各論では実際の症例を提示しながら,その疾患の本質と病態に迫るという順序で構成されている。
 本書には先天異常,後天性視神経疾患などの視神経乳頭とその周囲に病変を有する多くの疾患が扱われている。その中でも特筆すべきは,特に近年「正常眼圧緑内障」という概念が定着し,その診断に際してはますます乳頭所見が重要になっている緑内障の項目では,多くの症例が立体写真を用いて詳細に解説されている点である。
 本書を座右において日常臨床に活用すれば,従来理解が困難であった乳頭所見をより明瞭かつ容易に理解でき,眼科専門医のみならず,研修医や他科の医師にとっても,きわめて有用な実用書となるものと確信し,推薦する次第である。
(B5・頁192 税込定価20,600円 医学書院刊)