医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内

甲状腺疾患の実際の診療指針に

甲状腺疾患の診療 新しい概念と指針 河西信勝,他 著

《書 評》桜井健司(聖路加国際病院院長)

甲状腺疾患の新しい考え方

 長年臨床外科医をしてきたものが内分泌疾患に関する論文,書物を読むと難解な部分が少なからずあるようになってきている。内分泌疾患の生理,生化学の進歩が著しいからである。しかし本書はそのような臨床医にも甲状腺疾患の新しい考え方,診断,治療の進め方が十分理解できるように配慮され,編纂,執筆されている。甲状腺疾患の実際の診療指針となる良書といえよう。
 本書は解剖,甲状腺疾患の病理,症状・症候にはじまり,診断,治療と内容は展開されているが,画像診断,細胞診と組織診にはかなりのページを割いている。最近の自己免疫検査法などとともに,細胞診は色刷り,画像,表,手技のイラストレーションも豊富なのでわかりやすい。乳腺疾患の臨床と同様に,甲状腺の臨床でも身体的所見,超音波を主とした画像診断,選択された基礎的臨床検査,それに穿刺吸引細胞診の組み合わせが診断上重要視される昨今を考えればタイムリーな書物である。
 ちなみに超音波検査では術者の熱意,手技が描出される画像にかなり影響する。本書は多くの鮮明な超音波画像を提示し,注釈,解説を加えているので,超音波検査を実施し,あるいは判読する際の参考になろう。

甲状腺癌の治療を 写真やイラストで詳述

 甲状腺癌の治療,特にその手術は著者の1人が得意とする領域でもあるせいか,写真,イラストを使用して詳述されている。頸部郭清術,喉頭全摘術を含む拡大手術などとそれらの再建術は本書の圧巻の1つである。手術合併症の記述も参考になる。本書の中で教科書的でない,著者の意見が最も反映されている部分と印象づけられ,読ませていただいた。「局所リンパ節郭清は,甲状腺の切除とともに全例に行なうべきと考えている」著者は,「積極性を失って,姑息的な手術に逃げ始めた時は外科医としては引退の時期と考えており,筆者もその時期に近いのかもしれない」と厳しい。
 甲状腺癌の約90%を占める分化型に対するリンパ節郭清術併施の適否はよく話題になるが,わが国では否とする外科医でも気管前リンパ節,患側の気管傍リンパ節,甲状腺周囲のリンパ節は郭清しているものが多いのが現状である。当然かもしれないが,甲状腺癌の手術術式に関してはアメリカの外科医に比較して積極派がわが国では圧倒的に多いのが気にはなる。どのような癌でも初回治療は教科書的に進められることが多く,比較的簡単とも言えるが,一方,再発症例,未分化癌,進行癌は治療上難渋することが少なくない。本書では章末に「特殊な甲状腺悪性腫瘍の治療方針」として略述している。
 いずれにしても本書は一般臨床医のみならず,甲状腺疾患の専門医にも奨めたい書物である。著者らの長年の診療上の,また研究上の真珠というべきものが集約されている。同じ著者が1984年に出版した『甲状腺疾患の診断手順と治療方針』(医学書院,改訂中)と同様によく読まれる書物となろう。
(B5・頁250 税込定価7,931円 医学書院刊)


失禁の実地臨床に役立つ書

尿失禁とウロダイナミックス 手術と理学療法 近藤厚生 著

《書 評》桑原慶紀(順大教授・産婦人科学)

 欧米の産婦人科学会では,必ず「尿失禁」を主たるテーマとしたUrogynecology(泌尿婦人科学)あるいはgynecologic Urology(婦人科泌尿器科学)のセッションがある。当然のことながら,実地診療においても女性の尿失禁患者の多くは婦人科を訪れ,治療を受けている。わが国の現状は,若干の例外はあるものの,婦人科では尿失禁を対象とした診療は行なわれていない。しかし,女性患者からは婦人科での診療を求める声もあり,7年前から婦人科医を中心に勉強会(研究会)が開催されるようになった。その初回から,近藤先生はご参加くださり,科と科の垣根を越えてわれわれ婦人科医をご指導いただいている。きわめて豊富な臨床経験と真摯な診療姿勢に基づいたご発言は常に説得力があり,感服して聞かせていただいている。

著者の豊富な臨床経験を共有

 このたび,『尿失禁とウロダイナミックス-手術と理学療法』を上梓され,誠にご同慶の至りである。拝読すると,著者のこれまでの臨床の集大成とも言うべき内容ながら,常に読者を意識して理解しやすいようにという気配りが感じられる。本書は,13章から成っているが,第1章「尿失禁の分類」から第7章までは検査・診断・治療が一貫性を持って取り上げられており,随所に著者の「One Point Advise」が挿入され,実地臨床に役立つよう配慮されている。特に著者の得意とされるウロダイナミックスと手術の章は詳述されており,十分に理解できる。
 本書の最大の特徴は第8章「臨床症例の検討」と第9章「手術の失敗と合併症」にあり,それぞれ52症例と18症例の経過が簡潔に述べられている。これは同様の症例を治療する際には,大変参考となるものであり,著者の豊富な臨床経験をこうして共有できることは大変幸せなことだと思う。
 産婦人科医が尿失禁の診療をどこまで行なうかは,いろいろな考えがあろうが,尿失禁への理解を深め,さらに実地臨床に役立つ本書を,これから尿失禁に取り組もうとする産婦人科医に,是非お勧めしたい。
 症例一例一例を大事にして積み重ね,情熱を持って本書を上梓された著者に心から敬意を表したい。
(B5・頁170 税込定価5,871円 医学書院刊)


コミニケーション障害患者に関わる医療従事者に

拡大・代替コミュニケーション入門 医療現場における活用
K.M.Yorkston 編/伊藤元信 監訳

《書 評》山本智子(狭山神経内科病院言語療法室)

拡大・代替コミュニケーションの優れた紹介

・ICUで患者が何かを訴えている。手足は動かず,声も出せない。私たちはどうやってこの患者の訴えを的確に聞きとり,医学的治療に役立てることができるだろうか(第1章 集中治療室,急性期治療の場における拡大コミュニケーション)。
・Locked-In Syndrome(LIS)の患者の家族が,突然話すことができなくなった患者とコミュニケーションがとれずに困惑している。専門家としてどんな援助ができるだろうか(第2章 閉じ込め症候群と拡大コミュニケーション)。
・外傷性脳損傷の患者の回復段階において,患者のコミュニケーション能力を最大限に引き出す関与とはどんなものだろうか(第3章 外傷性脳損傷の拡大コミュニケーション)。
・重度失語症検査でまったく得点できない患者がいる。患者の残存機能を生かした拡大・代替コミュニケーションの可能性は?(第4章 重度失語症患者への拡大コミュニケーション・アプローチ)。
 北米では,拡大・代替コミュニケーション(AAC)という分野が目覚ましく発展している。わが国でも多くの臨床家が,重度のコミュニケーション障害を持つ方々に,代替コミュニケーション手段を提供する必要性を感じていたが,ほとんど手探りの状態で,患者への援助を行なっていた。このたびYorkston教授編集の本書が翻訳され『拡大・代替コミュニケーション入門』として出版されたことは,わが国のAAC分野発展のために大変喜ばしいことである。

医療現場でのAACの活用方法を具体的に解説

 本書には,多くの臨床的,実用的AAC技法の例とワークシートが紹介されており,医療現場でのAACの活用方法が具体的に,わかりやすく解説されている。また,コミュニケーションの相手となる人の重要性が繰り返し述べられている。患者に対する拡大コミュニケーション技法の訓練と同時に,患者のコミュニケーション相手となる人に対する訓練も各アプローチの主要な要素になっており,コミュニケーション成功の鍵を握るとされる。
 本書に記述されていない成人のAAC対象グループに神経難病の患者群がある。ALS(筋萎縮性側索硬化症)は,症状が進めば進むほど,洗練された適切なAAC技法の提供が不可欠となる疾患である。このような患者群に関わる医療従事者にとってAAC技法の習得は必須である。本書で書かれているAAC技法の多くは,神経難病の患者群への援助にもたいへん役立つものであり,1人でも多くの方々に読まれ,活用されることを強く期待する。
 読みやすい日本語に翻訳されており,拡大・代替コミュニケーションという新分野の入門書として,STおよびSTを目指す学生だけでなく,重度コミュニケーション障害患者に関わるすべての医療従事者に,ぜひ読んでいただきたい本である。
(A4・340頁 税込定価7,210円 協同医書出版社)


待望久しかった胆石学研究の最高峰の書

Cholelithiasis Causes and Treatment 中山文夫 著

《書 評》大菅俊明(筑波大名誉教授)

 本書は現代の胆石学の最高峰である。手にしたとき,ついに上梓されたかと心中,快哉を叫んだ。この道一筋に歩まれた中山文夫名誉教授の30年以上におよぶライフワークの待望の集大成である。本書には胆石症のさまざまなトピックスが自前の成績をもとに,詳しく解説されている。そして研究者のニーズに応え,臨床家の治療計画を助けることが意図されているが,見事なまでにその目的は達成されている。一語一語読み進めながらその内容の深さに圧倒された。この分野では,わが国から初めて世界に向けて発信される記念碑的大作である。単独の著者によってこのような膨大な領域をまとめられた類書を知らない。快挙である。

Academic Surgeonの ライフワークの集大成

 胆石保有者は全世界で膨大な数にのぼり,加齢とともに頻度が増すので,その対策は高齢社会において重要な意義を持つ。胆石症はエジプトのミイラ以来の人類のありふれた病気だったので関心は高く,その研究は消化器病学の檜舞台の1つであった。明治以来,九州大学第1外科教室はわが国の胆石研究の指導的役割を果たしてきた輝かしい伝統を持っている。著者の中山文夫名誉教授は三宅速教授,その令息の三宅博教授の後を継がれて16年間,教室を主宰された。学問的伝統を背負い,外科医として,さらにまた薬学科において化学者として素養を加えたのち,米国のJohnston教授のもとに学んだ著者は1957年,既に胆汁酸とレシチンによる非手術的胆石溶解の試みを発表されている。このことはRainsの胆石の著書にも先駆的業績として紹介されたが,その後も国際的研究者として華々しい活躍をされ,多数の論文を世に問われた。本書はその永い研究成果の精髄である。

胆石の成因と治療の最先端を一望

 第1,2,3章には胆石の分析法,世界における疫学が詳細に述べられ,その進歩と変遷がよくわかる。また1世紀以上にわたる論争の続く分類について,教室の伝統の上に築かれた分類を主張されている。なにしろ欧米の教科書ですら,ビリルビンカルシウム石と黒色石を混同していることでもわかるように,近年まで胆石学は欧米中心であった。アジアの胆石に対する欧米の認識が,著者をはじめとする先人の発表によって改まってきたのは最近のことである。
 第4章の成因論は圧巻である。胆汁分析の化学的方法は著者自身の生化学的素養と実践に裏打ちされたものであり,後進にこの上ない手引きとなる。そして胆汁の生理学から胆石の生成については,歴史的な文献から最新の論文までが,よく整理され,現在どこまで明らかになり,どこが問題点として残されているかが一望できる。世界中の古今の研究者の歩みがよくわかり,まさに壮観である。それにしても感嘆するのは,これらの膨大な文献がすべて丹念に読みこなされた上で引用されており,単なる羅列でなく,著者の自前の成績とともに一貫した洞察のもとにストーリーとしてわかりやすく整理されていることである。半生かけた執念と膨大なエネルギーを感じる。これだけ精緻に組み上げられた記述を私は知らない。

わが国が誇る肝内胆石症の成果を詳述

 第5章には,長年にわたる外科医としての経験をもとに,胆石の診断法と治療法の最先端がよくまとめられている。最近の進歩は日常の臨床に混乱をもたらす程であるが,各方法についてその適応,成績,得失をあくまで科学的に考証しながら記述されている。治療計画を策定するための理論的根拠を示すもので,診療のよい指針となる。
 国際的にみても特筆に値するのは,第6章の肝内結石症である。アジアに多いこの病気は難病であり,その研究はアジアの学者の義務ともいえる。厚生省特定疾患の研究班長としての実績も整理されて記載されており,ここに示された貴重な成績はわが国の大きな貢献と言えよう。

重要文献を網羅した必携の書

 およそ論文であれ,著書であれ,その引用文献をみれば著者の見識がわかるというものである。本書の巻末に収録された文献はおよそ1530篇,近代の重要な文献はほとんどおさめられている。しかし単なるコレクションではなく,これらが1つ1つ丹念に読み込まれた上で,本文において精緻な織物のように編み上げられているのが凄い。研究をすすめる上で,座右必携。誠に便利,重宝である。
 一語一語吟味された名文で綴られ,簡潔にして的確な表現は小気味よい。織り込まれた歴史的なエピソードも楽しい。本書が国際的な高い評価を受け,長く残る名書であることは疑いない。国際貢献が問われる今日,わが国からこのような著作が生まれたことを心から喜ぶものである。この分野に関心のある臨床家,研究者にぜひ手にしていただきたい。ライフワークにかけた著者の一途な生き方と情熱に心打たれるに違いない。
(B5・頁312 税込定価14,420円 医学書院刊)


膝関節の複雑さ,おもしろさを教えてくれる書

Encyclopedia in Orthopedics 膝関節の外科 廣畑和志,他 編

《書 評》藤井克之(慈大教授・整形外科学)

 わが国では,「股関節を制するものは整形外科を制する」といわれた時代もあったようであるが,今日,整形外科の診療領域は誠に広く,その細分化の傾向は著しい。近年,高齢化が進み,スポーツ愛好家の増加,交通事故や産業災害などの急増により,膝関節疾患や外傷を取り扱う機会はきわめて多く,この分野の膨大な知識と手術手技の修得が要求されるに至っている。このことから,膝関節の診療に関する書物が数多く出版されていても何ら不思議はないが,国内外を問わず,その数は予想外に少なく,「膝のバイオメカニクス」「靱帯損傷」「鏡視下手術」といった狭く特殊な事項に限られたものが目につく。
 そのような中,1996年12月に,廣畑和志名誉教授と豊原良太,越智光夫両先生の編集による『Encyclopedia in Orthopedics―膝関節の外科』が上梓された。本書は,廣畑和志先生が故渡辺正毅先生とともに膝関節を学び,その診療に取り組む医師に少しでも役に立つようにと願って出版された『膝関節の外科』(1977年,医学書院刊)にさらに磨きをかけたものである。

診療の基本から最新の知見まで 豊富に記載

 本書は,「膝関節診療のための基本的事項と治療総論」の第1章,ついで「症候からみた膝関節疾患」の第2章から始まり,続いて膝関節疾患の各論へと進む。第1章では,膝関節および膝関節疾患に関する基礎的事項がまとめられているが,なかでも「臨床診断のための病態と局所所見」の項 では,診察にあたる医師の心得,問診,視診のコツおよび膝関節疾患の臨床・理学所見の正しい取り方と判定について誠にていねいに解説されており,筆者ならびに編者の先生方の膝関節診療への真摯な姿勢に触れることができる。さらに,第2章では,外来患者での頻度を表示したうえで頻度の高い疾患を取り上げるといったユニークな構成で,病態・診断法および治療法が述べられ,実際の診療にあたる医家の立場に立った配慮がなされている。
 各論では,シェーマや写真を多く取り入れることにより,各疾患の診断・治療についての基本から最新の知見までが豊富に記載されている。特に,近年,急増している膝関節の外傷,スポーツ障害に関する膨大な情報のなかから,その診断と治療に必要な事項がきわめてコンパクトにまとめられている点には感心する。
 本書は,これからの膝関節に取り組もうとする若い整形外科医,そして医学生らが患者を診察する際の参考書として役立つばかりでなく,膝関節の複雑さ,さらにはそのおもしろさを教えてくれるものと確信し,推薦する次第である。
(B5・頁384 税込定価16,480円 医学書院刊)