医学界新聞

東大―ハーバード大交換プログラムに参加して

ボストンで感じたこと

村重直子 東京大学医学部5年


アメリカのハーバード大と東大との交換プログラムが,1995年に引き続き昨年も企画された。これは両大学から学生(6名ずつ)と教員が参加し,互いの大学に1週間ずつ滞在して共に学ぶというもの。ハーバード大ではニューパスウェイと呼ばれる教育システム(問題解決型の,小グループ学習を中心にした,学生主体のカリキュラム)を実施しており,交換プログラムに参加した日本の学生はニューパスウェイの実際に触れることとなった。
 日本でのプログラムは,予防医学をテーマにした小グループ学習(テュートリアル)を中心に6月に行なわれ,アメリカでは10月に,日本の学生が講義やテュートリアル,病院実習に加わる形で実施された。本号では東大から参加した村重直子さんに,アメリカでのプログラムの印象を寄稿していただいた。ハーバード大教授のThomas S.Inui氏へのインタビューも併せて掲載する。


 ハーバード大の学生6人を東大に迎えた昨年6月の東京パートに続き,さる10月に私たち東大の学生5人がハーバード大で2年生の授業やテュートリアル,3・4年生との病院実習を体験することとなった。

「いつでも頭があるから」

 その週の学習テーマは“Emotion and Pain"。脳の神経生理の講義の後,幻肢痛の症例についてグループごとに話し合う。6人のテュートリアルに監督の先生がついてはいるが,白熱した議論はほとんど学生だけで進められていく。
 誰からともなく立ち上がり,調べてきた腕神経叢,上腕・前腕筋の神経支配,痛覚伝導路などの図を黒板に書いていく。患者のproblem listを作り,それぞれの考え得る原因があげられると,患者が次にどうなったかが書かれた紙が先生から配られ,次回まで何を調べてくればよいかを確認し合って解散となる。
 症例は時間を追って3段階に分かれていた。テュートリアルでは症例を通して解剖学,生理学,さらに治療方針のたてかた,薬理学,時には内科まで学ぶことになり,医学校入学早期から,基礎知識を身につけるだけでなく臨床に基づいた思考過程を訓練されると言えるだろう。
 確かに彼らの言っていることは,臨床実習を数か月終えた私の目には,多少あやふやで頼りなく映ったこともある。しかしそれ以上に,まだ臨床の場を知らないはずの彼らが,自由な発想から自由に発言し,些細なことでもお互い最後まで聞くという,思考力,ディスカッション能力に目を見張らずにはいられなかった。友人が平然とこう言った。「予習ができなかったときでも発言する。いつでも頭があるから」

病院実習での堂々とした暖かい態度

 3・4年生は病棟で日本の研修医のような仕事を任される。アメリカの病院はとにかく回転が速い。入院患者は数日で帰っていくし,手術室はday surgeryを忙しくこなしている。そんな中で,学生も大事な労働力の一端を担うのだろう。常に患者の病態を把握し,毎朝の回診で上級医師にプレゼンテーションし,カルテ・処方箋・退院記録を書くのも学生の役目である。
 患者への応対も一人前だ。3年生と一緒に婦人科にいたとき,救急からコンサルテーションを受け診療に行った際のことだ。話を聞いている間に,患者さんが不安で泣き出してしまった。臨床実習わずか4か月目の彼女は,ゆっくり話を聞いてあげ,暖かい言葉をかけて励まし,すっかり患者さんの信頼を得,しかもその間に完璧に病歴をとり,身体所見をとり終えていた。
 彼女は慰める言葉の語彙を持っていると思う。私はこういう状況で日本語でも何と言えばよいかわからない。「患者さんの心のケア」といった型通りの話を聞いたことはあるが,実際に自分が何をすればよいかわからない。ハーバード大では「患者医師関係」というディスカッションを週1度行なっている。ここではある症例をもとに,倫理,告知,医療ミス,死,ホスピスケア,文化,民族,性別などについて話し合う。患者さんに何を訊けばよいか,何をどう説明すればよいか,自分だったらどんな治療をするかという具体的なことである。
 私が参加したときは,手術を拒否している15歳の男の子が実際に講堂に来て学生たちの質問に答え,「医者の白衣や術衣が嫌い」,「医者は僕を利用しようとしている」といった気持ちを話してくれた。こうした問題を常に取り上げ,意見を交換し合い常に考えることが,彼らの堂々とした,けれど暖かい態度につながっているのではないだろうか。忙しい研修医より,彼ら学生こそ,患者さんの支えとなっているのかもしれない。

ディスカッションを通して学ぶこと

 彼らはいつでもどこでも誰とでも,盛んにディスカッションをする。講義でもテュートリアルでも病棟でも,歩いていても食べていても,である。もちろん世間話も噂話もジョークも言う。こうして人の意見を聞き,切磋琢磨し合って自分独自の考えを生み出していく。医学の知識はもちろんのこと,人の気持ちを理解すること,ひいては患者との信頼関係を築くことを,ディスカッションを通して学びとっているようだった。
 このプログラムはテュートリアルや実習だけでなく,ボストン観光,毎晩のディナーに至るまで,1週間とは思えない充実ぶりだった。ハーバード大の医学教育は,私たちのそれとはまったく異なる形で行なわれているが,よい医者になりたいという共通の願いに向かって模索していることに変わりはない。同じ目標を持つハーバード大の学生と熱く語り合う機会に恵まれた私たちは,それぞれの形でこの経験を生かしていくに違いない。