医学界新聞

連載 市場原理に揺れるアメリカ医療(9)

利用度審査(2)

李 啓充 Kaechoong Lee
マサチューセッツ総合病院内分泌部門,ハーバード大学医学部講師


 利用度審査とは,医療行為の内容について保険会社が事前にチェックすることで医療費の無駄遣いを防ぐためのものであること,経済利益を優先する一方でこの制度が医師の裁量権を脅かしていること,が前回(第2218号)までの話である。

経済的判断と医師の裁量

 前回は,サーストン医師の著書から,利用度審査で「ノー」といわれた医師が悪戦苦闘するさまを紹介したが,ここで誤解してはならないのは,保険会社が医師のリクエストについて「ノー」というとき,保険会社は「その医療行為をしてはならない」と言っているのではなく,「その医療行為については支払いをしない 」と言っているのである。
 法的には,医療行為の必要性に関する判断,患者に対する責任はあくまでも医師に帰属し,保険会社は「金の面倒を見ない」という経済的判断をしているだけなのである。つまり,ある医療行為がなされなかった結果,患者が不幸な転帰をたどったとしても,保険会社が「医療過誤」で訴えられるということはなく,「金は出しませんが,患者についての責任はあくまでも医師の方でおとり下さい」という仕組みになっているのである。マネージド・ケアに嫌気がさして医師を辞める事例が増えているのも,こういったことが背景にあるのである。
 歴史的には,利用度審査は,入院患者に対する医療サービスが適切に行なわれたかどうかを患者の退院後に病院側がチェックした,というのが始まりだった。1983年に,メディケア(米政府が管掌する老人医療保険)が,その支払い制度を出来高払い制から疾病別定額制に変えたことで,この制度が医療コストの管理に使われるようになったのである。
 しかし,保険会社の経済的判断が医師の裁量権に干渉する事態はゆゆしきことであるし,一方において医療サービス供給側に,実際に過剰医療をしてきた前科(帝王切開分娩数の増加が好例)があり,過剰医療を防ぐ手段が必要であることも事実である。アメリカ医師会(ACP)では,個々の症例に関する利用度審査は医師・病院の内部での自主的審査にまかせてほしい,そしてコスト節減については,保険会社などの外部団体が個々の医師・病院の医療のパターンについて年間統計をとってその総合的プロフィルを審査すればよい,と二本立てからなる利用度審査の仕組みを提唱している。

コスト節減に貢献するか

 すべての医師が利用度審査を毛嫌いしているわけではない。カリフォルニア州で広く普及しているHMO(医療保険の1形態,第2205号参照)は,開業医グループが企業体を構成し,保険会社から患者1人当たり定額の支払いを受ける,というタイプのものである。保険会社にとっては支払い額が決まっているのだから,利用度審査などに無駄な金を使う必要はない。コストを切り詰める努力は開業医グループ自らが行なわなければならない。そこで,保険会社のやり方に習って,開業医グループが自らの経済的利益を守るために自前の利用度審査を行なうことが,カリフォルニアでは一般化しているのである。
 利用度審査が実際に医療コストの節減に貢献するか否かは議論のあるところである。利用度審査が医療内容にどのような影響を与えるかについて,95年11月,ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスンに,次のような論文が発表された(333巻1326頁)。ニューヨーク市および市の職員組合が加入している出来高払い制の保険について,加入者をランダムに2つのグループに分け,一方のグループでは通常通りの利用度審査を行ない,他のグループでは,利用度審査をするふりだけをして,医師からのリクエストについては無条件に「イエス」と許可し続けたのである。
 その結果,2つのグループでなされた医療行為の内容に大きな差はなく,どうやら「利用度審査が行なわれる」と思わせるだけで,医師は過剰診療を控えるようになるらしいのである。実際に審査が行なわれたグループでは,「処置の適切性・必要性について他の医師からセカンド・オピニオンを得て下さい」と返事をしたものについては,その施行件数が有意に低く,「セカンド・オピニオンを得て下さい」と言うだけでも不必要な医療行為を減らす効果があるようである。
 このスタディの結果を受けて,ニューヨーク市の職員組合が加入している保険プランでは,さっそくセカンド・オピニオンを必要とする処置の件数を増やしたのだが,セカンド・オピニオンを得るための専門医受診件数が増えると逆に医療コストがかさむという議論もあり,ことは単純ではない。