医学界新聞

第16回国際移植学会印象記

磯部光章(信州大学医学部・第1内科)


広範・多岐にわたる領域を対象とする

 8月25日より30日まで第16回国際移植学会学術集会が,スペインのバルセロナで開かれた。この学会は2年に1回,ヨーロッパもしくはアメリカで開かれていたが,前回は太田和夫会長のもと,京都で開かれたことは記憶に新しい。今回は54か国から,約3000人の参加者があり,92のシンポジウムおよび470題の口頭発表と520題のポスター発表があった。
 この学会の対象となる領域は極めて広い。免疫,臓器保存などの基礎や移植の臨床だけでなく,ドナーの確保,移植をめぐる社会環境の整備,移植の経済など多岐にわたる。扱う臓器も,心臓,肝臓,腎臓,膵臓,肺,小腸,角膜,骨髄や膵島などの細胞移植と広範である。この学問領域の進歩はめざましく,2年に1回開かれることもあって,学会に参加するたびに大きな進歩に驚かされるのが通例である。同時間に複数の会場で開かれるため,聞くことのできたのは一部に過ぎないが,印象に残ったことを紹介したい。

免疫抑制と寛容導入

 学術面で中心になるのは,安全な免疫抑制法に関するものであることはいつもの通りである。サイクロスポリンの出現が移植医療を一変させたことは周知の通りであるが,それでもなお,拒絶反応は克服しがたい移植後最大の合併症である。これに対して移植免疫学がめざしているのは,抗原に特異的な寛容の導入である。本学会でもこの領域の発表が目立った。
 残念ながら,目から鱗が落ちるような斬新な方法というのは見あたらなかったが,これまで発表されてきた多くの方法がそれぞれ進歩し,臨床応用まであと一歩というところまできた感が強い。
 前回,前々回の学会で注目を浴びたT細胞表面抗原に対する抗体による免疫抑制,寛容導入では,CD28とCTLA4分子の検討が最も進んできた。これらの分子が伝達するcostimulatory signalを阻害するとされるCTLA4Igに関し,様々な側面から報告された。サルの膵島移植に対して,移植前後の短期間投与で100日を越える生着が得られたことが報告された。しかもこの免疫抑制は,小動物で検討されてきたと同様に,移植された臓器の抗原に特異的であった。移植免疫抑制の領域ではすでにOKT3が臨床に使われているが,やはりマウスの蛋白であるモノクローナル抗体をヒトに投与する問題は大きい。その点,CTLA4Igの臨床応用は期待されるところである。

キメリズムというホットな話題

 寛容導入でホットな話題は,キメリズムである。移植肝が長期生着した患者でドナー細胞が全身に見いだされることから,寛容の維持にはミクロキメリズムの存在が重要であることを最初に報告したピッツバーグのグループを中心に多くの施設から発表され,そのメカニズムと寛容導入への応用についての議論がなされた。
 肝臓だけでなく,他の臓器の移植に際してもミクロキメリズムが生じ,臓器に含まれる造血幹細胞の存在がクローズアップされている。筑波大の谷口英樹氏らは,キメリズムの程度が寛容導入維持に重要であることを皮膚移植の系を使って示した。
 一方,キメリズムを成立させることにより寛容導入をめざすアプローチが着実に進歩している。サルの腎移植の系を用いて混合キメラの実験を報告したのは,マサチューセッツ総合病院のSachs,Cosimi氏らと,東京女子医大の河合達郎氏らのグループである。
 彼らは術前放射線照射,ドナー骨髄の移植,脾摘,サイクロスポリンを組み合わせて移植腎の長期生着に成功しているが,彼ら自身も問題にしているように,臨床に応用するにはやはりレシピエントに対する負担が大きすぎる。ただ,現在報告されている様々な寛容導入の中では最も確実性の高い方法であるように思える。

合成ペプチドを用いた寛容導入

 寛容導入に関して前回に比べて特に演題数が増えたのが,合成ペプチドを用いた寛容導入である。この領域の研究はクラスI 組織適合抗原が持つ寛容原性の探求に端を発しているが,MHC抗原と外来抗原ペプチド間の結合についての知見の深化と,胸腺内抗原注入による寛容導入が報告されて以来,急速に進歩してきた。
 すでに臨床治験が始まった合成ペプチドについても報告された。作用機序については不明な点も多いが,移植免疫の最も古い問題の1つである,抗原認識のdirect pathwayとindirect pathwayについて新たな議論が展開されている点が非常に興味深かった。

遺伝子治療と新しい免疫抑制剤,および異種移植

 拒絶反応の予防に対する遺伝子治療の戦略もいくつか報告された。導入する遺伝子としては,クラスI 遺伝子,CTLA4Ig,ICAM-1(アンチセンス),IL-10/IL-4,IL-10/TGFβなどが提案された。小動物では,それぞれきれいなデータで,寛容が得られる場合もある。移植は方法論的に遺伝子治療に適していると思われる。われわれも移植心の冠動脈硬化防止に遺伝子治療を用いる実験をしており,今後の発展に期待したい領域である。
 他にも新しい免疫抑制剤がいくつか報告された。サイクロスポリンの腸管吸収を改善したNeoralやtacrolimus(FK506)の臨床成績や,最近臨床応用されたrapamycinの話題も多く,また,国立小児医療センターのグループは,FTY720の効果がリンパ球のアポトーシスによることを報告した。Mycophenilate mofetil,Leflunomideなどの免疫抑制剤についても作用機序などについて議論された。
 紙面の関係で詳細には触れられないが,異種移植の拒絶反応の克服をめざした演題が一段と増えたのも今回の学会の特徴であったと思う。ドナーとしてブタを選択することに関しては,ほぼコンセンサスが得られたようである。超急性拒絶の予防のため,異種抗原の同定とtransgenic pigの作製,キメラ作製による寛容導入など従来の方法論が一層進歩している感はあるが,臨床応用にはまだバリアーは高く,ブレイク・スルーが必要である。

心移植の最も差し迫った課題:
慢性拒絶の病態解明と治療法の開発

 臨床面では,心臓移植に関する演題をいくつか聞いたが,Hosenpud氏がこれまでに登録された心移植についての統計をまとめて発表した。に示すように,心移植後の生存率は初期の1年を除くとあとは直線的に低下している。最近でも生存率の改善はほとんど見られていない。注目すべきことは,このカーブで生存者が半減するのは約8.5年であることから,移植心の寿命が18~20年であろうと推定されることであった。

 これを規定する要因は移植心の慢性拒絶として知られている冠動脈内膜肥厚である。この点はわれわれの研究テーマでもあり,Hayry氏の講演をはじめ,いくつかの演題を聞いた。増殖因子,サイトカイン,接着分子,組織適合抗原など様々な側面から基礎的検討が深化しているが,必ずしも治療に結びつくような病態解明における研究成果はなかった。われわれも,今回内膜増殖が血管平滑筋ミオシンの形質変化を伴う脱分化現象であることを報告したが,慢性拒絶の病態解明と治療法の開発は,心移植の臨床面での最も差し迫った課題であることをあらためて認識した。

ホセ・カレラスの無料コンサート

 この学会は2年に1回開催されることもあって,常にお祭り的要素がある。前々回,パリの学会では,モンパルナスの山頂を借り切り,そこで通用するおもちゃの紙幣を配って,会員を楽しませた。今回も市内のTibidaboという遊園地を借り切り,遊び放題,飲食し放題の一晩があった。
 素晴らしかったのは,ホセ・カレラスの無料コンサートであった。ご承知のとおり,カレラスは急性白血病になったが,骨髄移植を受けて治癒,現在世界最高のオペラ歌手として再起し活躍している。また,白血病基金を主催して活動を行なっている。
 バルセロナ出身のカレラスが移植学会の会員に無料コンサートを開くことで,移植医療の素晴らしさを演出したのであろう。さらにカレラスは,学会でも“Carreras plenary session on bone marrow transplantation”と題したシンポジウムのChairmanを務めた。

臨床の演題で移植研究の進歩にわが国が寄与できることを願う

 国際学会で楽しみなことは,その道の世界的なエキスパートとの交流ができることと,旧友との再会であろう。私も5年間滞在したボストンでの恩師,旧友,知己と会うことができ,食事をともにして思い出話に花を咲かせ,研究面では最新情報の交換を行なった。研究室こそ違ったが,いつも研究の相談に乗って下さり,進路についても助言をいただいたHarvard大のDavid Sachs教授と話ができることは,私にとってこの学会に参加することの1つの目的でさえある。
 ボストンの研究環境を思うと,松本での研究生活では情報不足に不安を覚えることがある。いくら親しくしていても,E-mailやFaxで得られる情報は限られる。発表される演題よりも,こういった情報が実際に新しい実験のアイデアに結びつくことは国際学会に行っていつも経験するところである。特に若い研究者は積極的に国際学会に参加して海外の研究者と交流を深めて欲しいものである。
 どの国際学会でもそうであろうが,日本人の発表と参加が目立つ学会であった。基礎研究面ではわが国の研究レベルは欧米にひけをとらないと思うが,臨床の現状は周知の通り欧米と大きな隔たりがある。日本からも臨床の演題で移植研究の進歩に寄与できる日が来ることを願っているのは筆者だけではあるまい。
 学会参加にあたり,金原一郎記念医学医療振興財団から研究交流助成をいただいたことに深謝申し上げます。