医学界新聞

NURSING LIBRARY 看護関連 書籍・雑誌紹介


各章に在宅ホスピスの事例がちりばめられる

在宅ホスピスを始める人のために
川越 厚 編集

《書 評》山崎摩耶(日本看護協会常任理事)

 在宅ホスピスケアについての好著が出版された。現場でこの課題に真っ向から立ち向かい,実践の中で試行錯誤していた訪問看護婦や医師,他の専門職にとって待たれていた1冊の出版といってもよい。この本の影響力を何よりも嬉しく思うのは,きっと患者さんと家族だろうと思う。
 さて,最近のターミナルケアをめぐっての議論や問題の発生の仕方をみていると,ああ,一段階変わってきたなあと感じるのは,多分,私が長年訪問看護の現場で,多くの死の場面を家族とともに看護してきたせいだと思う。
 何が変わってきたかといえば,例えば,救急医療の現場では延命治療の中止にジレンマ続出であるという記事であったりする。アメリカのようにDNRに(本人や家族)の明確な意思表示やそれを重んじる習慣は,まだわが国の医療現場にはないから“その瞬間”が難しいのだと思う。
 また,ある救命救急センターでは,回復の見込みがないと診断され在宅看護を続けていた人でも,臨終の場面にかかりつけの医師と連絡がとれず,119番に連絡して運ばれてくる超高齢者や癌末期の患者が増えているという。「結果的には自宅で静かにみとってあげたほうがよかったと,家族も我々も後悔することが少なくない」とは,救急センターの医師の言である。

すぐそばでレクチャーを受けているような記述

 高齢社会の医療・看護の最大課題は癌の療養支援とターミナルケアである。在宅ケアは,生活の場での療養というその特徴から,この難しい課題に真っ先に問題提起される現場である。とりわけ在宅ホスピスケアは長年の地道な先駆的な実践がある一方で,理論的な学習は積み重ねられておらず,また臨床におけるターミナルケアの未成熟の影響も受けて,実際には混乱と未開の領域であることもまた事実である。
 そんな現状打開に,この1冊は時宜を得て誕生したと言える。本書の特徴はまず,執筆者らがすぐそばにいて,患者を前に膝詰めでレクチャーをしてくれているような文章の平易さと,なじみやすい筆さばきで記述されていることである。各章にちりばめられた具体的な事例の記述も印象深く,在宅の場面での患者・家族と医師や訪問看護婦の姿がイメージアップされる。

読者に必要な知識を章ごとに整理

 在宅ホスピスケアの経験のない専門職にも,経験はあっても思い悩んでいる専門職にとっても,読者の必要とする知識が章ごとに整理されているので,思いのままページを繰ってよい。医師には,第3章の「ケアチームとそれぞれの役割」や第5章の「症状緩和」,特に痛みの緩和から読み始めていただきたいと思う。疼痛とは「患者が痛いと訴えること」という,いともプリミティブなことが深い反省とともに響いてくる。また,在宅ホスピスのほうが痛みを訴える患者が少ないという統計も興味深い。
 また訪問看護婦には,第4章の「在宅ホスピスケアの流れ」から読みはじめることをお勧めする。また「ケアマネジャーは訪問看護婦」ということの意味もよく読み取ってほしい。そのノウハウもきめ細かく書かれている。
 しかし,本書にも限界がないわけではない。というよりは今後も検討が求められる課題であろうか。病名の告知や死期の告知,若者の場合,家族の課題など。それは別な言い方をすればわが国の医療の哲学や理念を含めた課題に他ならず,著者らの努力だけではどうしようもない現状ともいえる。また,家族のグリーフワークについてはもう少し言及されていてもよかった。
 著者らのいう「在宅ホスピスのキーワード『生活』『自然』『安心』」は一見簡単なようで難しい。だからこそ,このようなガイドブックを片手に,自分の地域で,自分のケアの受け手とともに,あなたも在宅ホスピスケアに挑戦してほしいのである。
 死を考えることは自己の存在を考えることである。在宅ホスピスこそ納得のいく生の全うを可能にさせる条件かもしれない。
 本当にここで死ねてよかった,家族っていいね,と安らかな笑みを漂う一瞬を私もまた現場で経験したいと思うほど,刺激を受けた1冊である。
(B5・頁136 税込定価2,472円 医学書院刊)