第2219号 1996年12月9日
Vol.11 No.10 for Students & Residents
医学生・研修医版[10]1996. DEC.
研修医時代に何ができるか
インタビュー
東北大学整形外科教授
国分正一氏に聞く
「大学で何を学ぶか」。今,医学教育はその方向性が模索されてはいるものの,その先はまだ霧中にある。
しかし,医学教育において,自分の中に具体的な医師像を形成すること,つまりそのモデルとなる人物,「ロールモデル」の存在が重要であることはいうまでもない。
本紙では,現在,東北大整形外科の教授として教育の現場で活躍されている国分正一氏に,ご自身の経験や,医学生・若手医師へのアドバイスなど,多岐にわたるお話をいただいた。
研修に必要なもの
研修医時代

──先生の学生・研修医時代(1967~1969年ごろ)は,社会全体が大きく揺れ,また先生ご自身も先陣をきって学生運動で活動されていたそうですね。医局には残らず大学を飛び出されたそうですが。
国分 当時はインターン制度の終わりの頃で,各大学で学生側が医学部教授会および大学病院と話し合い,カリキュラムを自分たちで作り,自主的な研修をしようという時代でした。当時,われわれは東北大四三青医連(〔昭和〕43〔1968〕年青年医師連合,以下青医連)と言い,私自身はその青医連の委員長でしたから,大学病院を離れられず,東北大抗酸菌研究所(現在・同加齢医学研究所)と両方で1年間研修をしました。市中病院で研修した者も大勢いて,そういった連中の情報を集めると,東北地方の医師不足に気づいたのです。さらに,現在もそうですが,医師の派遣は教室中心で,医局制度のもとに行なわれており,どうもそれが若いわれわれにとっては非常に硬直化したように見えて,それこそ東北地方の病院の発展を阻害していると感じたのです。
そして1年後,大学の教室には入局せず,自分たちの決断で東北地方の病院に行こうと考えたわけです。研修中にインターン制度が廃止され(1968年),1学年下が卒業後すぐに医師になりましたから,2学年が同時に東北地方の病院に赴任していったのです。私は,秋田県横手市の農協の病院に赴任しました。現在,研修病院として有力な病院の大部分は,そのときにかたち作られました。
東北大研修制度の雛形づくり
国分 卒業の翌年(1969年)の1月が東大の安田講堂攻防戦でしたが,東北大では,教授会と礼節を保ちながら団交して,やり合っていました。その時,東北大医学部教授会,東北地方の病院長,青医連が一堂に会し,研修のシステムなどを話し合う三者協議会ができました。現在では「艮陵協議会」と呼ばれています。
その後,東北大の卒後研修は東北地方の大きな病院を使って行なわれ,27年間続いています。今でも,内科・外科研修では全員が大学病院に残らず,東北地方の関連病院で2~3年研修を行ないます。それが終わると大学病院に戻ってくるというシステムです。ですから,文部省や厚生省が言う,研修医の8割が大学病院で研修しているということが信じられないのです。
そして10年前,桜井実先生が東北大整形外科の教授になった時に,講師として大学に戻りました。そういう意味で東北大医学部は器量が大きい。昔教授会に逆らったものが大学に戻れるのですから。
研修の条件
国分 卒業後に市中病院に散らばった時の私たちの希望は,研修の環境と条件を確保することでした。当時,市中病院は医師が少なく皆忙しかった。研修の面倒をみる余裕はほとんどなかった。そこで,一生懸命働くから,その代わり病院をよくすることを一緒に考えようと提案し,それには,研修に不可欠な討論の場と学習の場を作ることが重要と考えたのです。カンファランスをきちっとしよう,図書を充実させ,勉強会をし,それに加えて,自らが病院のよいスタッフであろうとしました。そういう意識を持てば,患者さんとの触れ合い,また地域との交わりが勉強の場になるのです。単に人から教わろうという気持ちであれば,真理を知るチャンスを見逃してしまいます。
それから,フレッシュな時期に,しかるべきお師匠さんにめぐり合うことが大切です。研修がマンツーマンであろうと,複数であろうと,人との出会いを大事にすべきです。望ましい研修施設にばかりこだわっていると,もし設備が整っていなかったり,上司とうまくいかない場合,不満だけになってしまう。それは自分が親を選べなかったのと同じで,「病院がよくない,研修指導者が力不足だ」と不平だけを言っていてはだめであり,やはり親と子と同じようにその運命的な出会いを大事にすべきです。上司との触れ合いを大事にしていくと,研修の効果があがり,その人の持っているよさに学ぶ。教わったことで誤りと思われることは,自分で学び,あるいは次の研修の場に期待する。それが研修する側の態度として重要な点ではないでしょうか。
もちろん,よい触れ合いが研修の場で保障されることが重要です。いくら施設が充実していても,人との触れ合いに「学ぶ」という態度がきちっと身につけられなければ,自分1人で偉くなったように錯覚しがちになり,よい研修の場とはいえません。その態度や気持ちが育たなければ,研修で臨床のデリケートな部分を理解できずに,表面的な知識だけを身につけて終わってしまうことになります。
また,研修の充実には指導医の人格や指向が大事です。若い人をどう導こうかをしっかり考える教育的リーダーでなければだめで,これも1つの研修の要素です。施設が立派でも,あるいは研修項目が充実していても,知識を学ぶだけで終始してしまわないかと気になります。研修では,デジタルでない,アナログな面も重要なのです。出会いを大事にできる,医師を育てられる指導医が不可欠です。
臨床研究のプロセス
──先生は国立療養所西多賀病院にいらした時に,臨床研究として頸部脊髄症の高位診断の指針を作成され,今は,世界的に支持されているとうかがいました。
臨床研究のあり方ですが,大学の中にいなければよい研究ができないのではないか,という錯覚に陥っている雰囲気があるように思うのですが。
国分 私は青医連運動で旗を振っていましたから,大学には戻らないつもりでした。しかし,何か一生のうちに1つは研究をしたい,もしくは臨床家として確固たる診療ができるようになりたいと考えたのです。
当時の西多賀病院は脊椎カリエスのセンターで,抗結核剤と手術法の発達で患者数が減り,病院の体質変換を迫られていました。そこにたまたま私が赴任したわけです。まず,脊椎変成疾患に対するすでに確立された治療法を導入し,会得することから始めました。すると,患者さんが多数紹介されるようになる。そして,紹介してくださった先生方には手術後に必ず手紙やデータを付けて報告する。そのことにより,先生方も私の診療の内容を理解してくれて,徐々に仲間が増えていきました。さらに,神経内科の先生と共同カンファランスを持ち,こちらの診療を理解してもらいました。
そんな時に,脊椎疾患に手をつけるなら,東北大が関連する宮城県を中心とした約400万の人口を対象としてやろう,脊椎外科の治療を確立し,供給しようと考えたのです。そして何年か後,実際に患者さんが集まりますと,これなら臨床研究が成り立つ,と考えるようになりました。
臨床研究の方法
国分 患者さんの状態に一喜一憂しているだけで終わらせてしまっては,臨床研究は成り立ちません。そこで,動物実験に求められる論理性を臨床研究に持ち込もうと考えました。治療としての手術は動物実験における手術と同じ意味があるはずです。もちろん動物実験のように勝手が許されるわけではなく,確立されたスタンダードな手術を行なうのです。そして,手術の前後の症状と所見,あるいは画像を客観的に観察し変化をとらえれば,動物実験の前後と同じになるわけですね。それには,1つの仮説を立て,その仮説を実証し得る項目を盛り込んだチャートを術前,術後と作り,その変化を比較していけばいいわけです。
教科書とはまったく違う事実が
国分 臨床研究の方法として,患者さんが集まるような診療をまず行ない,それから臨床研究に必要な対象が得られる地域,すなわち必要な人口とエリアの広さを決める。私は治療法の比較を試みたわけではなく,治療を通して起こる変化をみることで人間の身体の仕組み,ないしは生理的な現象をとらえようとしたのです。ですから,症候学が方法論です。症候から変化をとらえ,脊髄の微妙なアナトミーや,疾患のメカニズムの謎を解くのです。そうして,それまで教科書に書いてあったこととはまったく違う事実が出てきたわけです。
具体的には,首には8本の神経根があり,それぞれの神経根が障害された時にどのような症状と所見が現れるかは教科書に記載されています。では,脊髄が圧迫されたらどうか。その記載は当時なく,脊髄も神経根も一緒くたにされていました。
それで,第5頸椎と第6頸椎の間の1か所だけ手術し,そういう症例だけ集めたらどうなるのか,また,第4頸椎と第5頸椎の間の手術例だけを集めたらどうなるのか,と分析していき,診断基準を作り上げました。その際,臨床研究を成功させるためには,患者さんの症状の聞き方とか,たわいもないと考えられやすいことにも情熱を傾けていかないと,研究の質が高くならないのです。この診断基準を作り上げるまでに,発想から約3年かかりました。
研修のハード面・ソフト面
国分 今の若い人に言ってあげられることは,臨床を大事にして,その中からきっかけを作れば,病院で研究ができないわけではないということです。もちろんそれには勉強しなければなりません。どの謎を解くか。何をすればよいのかわからない,ではだめなのです。勉強の後,自分が「何がわかっていて,何がわかっていないのか」を知ることが重要なのです。
疑問の持ち方・疑問の解き方
国分 何か疑問を持ったら,歴史を100年ほどさかのぼり,関連する論文を読む。歴史的な論文であれば,20編も読めば時代の移り変わりがわかります。「どのように」変わったかだけではなく,「なぜ」変わったかもわかる。それは必ず当時の社会的背景とか,学問のレベルに依っていますので,同じものでも現在とは理解のされ方が違っていることがあるのです。
昔を振り返ったところから出発し直したほうが,時として,次の時代を作り得る可能性があります。今の延長上に次の時代の学問のトピックスがあるとは限りません。人の考える能力はさほど変わりません。50年前のことが,現在の新しい装置や手術方法などによって甦ることもある。その意味で,歴史を学び,どのように変化し,なぜ当時そうだったのか,なぜ変わったのかを拾い上げることが重要なのです。
もう1つは,信頼できる英語で書かれた教科書を,薄くても1頁目から最後まで必ず読み通すこと。辛いけれども,200頁くらいの本を1か月かけて読み通す。最初は書いてあることがわからなくても,読み終わる頃にはわかってきます。苦痛でもやらないといけない。私自身は,病院の体質を変えなくてはいけない時,神経学や,新しい時代に求められそうな症候学を勉強し,論文を読んだりしました。最初はわからない,でも読み通すと見えてきた,という具合です。
若い先生方に,何か英語で書かれた本1冊,序文から最後まで読んだことあるかと聞くと,そういう人はまずいません。日々の診療に追われ,ある患者の疾患についてジャーナルや文献を調べることはあっても,その疾患についての本を最後まで読み通すことはほとんどないようです。それをやれば,目の前の症例に対応するだけでなく,未来を透視する力や未来に対する心の準備ができる。将来,普遍的なものの考え方をしなくてはいけない時がある。その時に向けて,今,信頼できる教科書を最初から最後まで読むことが重要なのです。自信もつきます。
今何をしておくべきか
国分 自分が将来どういう医師になりたいか,どうありたいかを,漠然としたものであっても考えることが必要でしょう。いつ頃までにどういうレベルに自分が到達するのかという計画,何年頃には自分はこうなっていたい,何年先には留学したいというように考えるのです。そうすれば,そのために今自分が何をすべきかがわかります。
私の場合でいえば,400万の人口を対象に脊椎疾患の臨床と研究を行なうことにしましたので,いずれは海外の学会で発表したり論文を書いたりするのではないか,英語も話せるようにはならなくては,そういう具合に考えました。ぜひ将来に向けて今から本を読み,英会話を学び,発音をチェックし,メディカル・タームのギリシャ語,ラテン語の原義を勉強し,というように,自分の土台を大きくするよう努めてください。論文とは何か,ロジックとは何か,プレゼンテーションの仕方,人をどのように納得させるかなどといった素養も身につけるようにしましょう。
臨床医に求められる能力
国分 最近は世の中が間違いに慣れすぎたのか,あるいは豊かなせいか,基本や本質を避ける傾向がありますね。今の若い人には,無意識のうちに物事を曖昧に表現する癖があるように思うのです。カンファランスで研修医が,「ええと」とか,「あの」ということが多く,やめるよう指導しています。そういった表現をした時に,自信がないととられるということまで考えていない。若い人たちは,仲間同士で議論するといった機会が少ないのだと思います。
カンファランスでは,一瞬のうちに言葉を選んで無駄なく表現するようにします。私が国立療養所西多賀病院にいた時に,仲間と夜遅くまでけんかのような剣幕で話し合うことがありました。自分の描いたイメージを言葉で表現する,そして,相手の反応を見て,うまく伝わらないとなれば,言い方を変えてみる。そんなふうに,短くわかりやすい言葉で,相手に納得してもらえるよう努めているうちに,表現が洗練されてきました。患者さんと話しをする際にも,それが一番大切になります。看護婦さんにいろいろな指示を出したり,話し合いをする際も同様です。できるだけわかりやすい言葉で正確に伝えられるというのは,臨床医に大事な能力です。
さらに,他人から自分に求められている仕事の質の水準がどういったものであるかを理解する能力,これも大事です。期待された仕事を達成できなければ,認められません。3日でできると判断すれば,3日前に始めればよい。3日でできると思ったけれど,2日しか時間がなければ,眠らないでやるしかない。
次にその中身,達成した水準が,相手の求めているもの,あるいはそれ以上であれば,それに越したことはない。すると,「あいつに任せれば絶対大丈夫」という信頼につながる。したがって,期待に100%から120%で応えるためには,日頃からいろいろな知識を身につけておかなくてはいけないことになります。一方,自分がどれくらい期待されているかの判断を間違えてしまう人がいる。自分は100%頑張ったのに,なぜ評価されないのか不満を言う人がいます。大事なのは,自分がどこまで求められているかということです。人と話し込んでいないとこの感覚は身につかないし,勉強しない者にはわかりません。極端ですが,それ以外の時間は遊んでいたってよいということになります。
最後に,若い皆さんには,診察を無難にこなす知識と技術というハード面ばかりではなく,臨床研究への志向というソフトの面も持ち続けて,よい臨床医になっていただくことを期待します。
──今日はありがとうございました。