医学界新聞

財団発足に当たって;新財団のめざすもの

日野原重明(財団法人聖ルカ・ライフサイエンス研究所理事長)

1991年から構想

 話は遡りますが,きたるべき2000年は聖路加国際病院の創設者であり,初代院長であったドクター・トイスラーの来日100周年に,またその2年後が病院の開設100周年に当たります。新病院が開院し,私が院長に就任した1992年はちょうど90周年に当たりますが,新財団発足の構想はその前年からあって,病院の理事長として推進してきました。
 かねがね私は,「現在の日本の医学・看護の研究や教育を変えないといけない。何らかの方策を具体的に立てて実行しなければ,これからはどうしようもなくなる」と痛感していました。聖路加国際病院はこれまでも,臨床研修や看護大学を通じて最善を尽くしてきましたが,これからは病院のことだけでなく,わが国全体の医学・看護,特に臨床におけるレベル向上のために新しいプログラムをわれわれの手で実際に行なってみようと思いました。

「臨床疫学」を最重要課題として

 「財団設立の趣旨にもありますし,また先日の発足記念講演会でも申しましたが,わが国の現状を考えてみますと,特に「臨床疫学」の分野が国際的に見ても立ち遅れているように思います。
 発足記念講演で講師を務められたR.S.Lawrence先生がこの研究分野の権威で,実は福井次矢先生もLawrence先生のもとに留学されて研鑽を積まれたのです。
 先日の講演でもおわかりのように,臨床疫学が扱う範囲は大変広いのですが,臨床研究デザインや数理定量的な手法を使って,医療行為の結果の測定や評価を行なうもの,つまるところは医療の有効性と効率性について研究する学問ということになります。具体的には,種々の研究デザイン,バイアスと偶然性,感度や特異度といった検査特性,医療統計学,決断分析,費用効果分析,効用分析,医療技術評価(Medical Technology Assessment),医療社会学などを含みます。この科学的方法は非常に有効な手法で,この分野の研究および教育技法,ならびに人材の育成に対して助成していきたいと思っています

「INCLEN」について

 それから今般,「INCLEN」から具体的な要請がありました。
 「INCLEN」(International Clinical Epidemiology Network)というのは,1980年にロックフェラー財団よって設立された臨床疫学を推進するためのプログラムのことで,現在,医療の分野におけるロックフェラー財団の活動の中でも,最大の投資が行なわれているプログラムです。
 INCLENは,発展途上国から前途有望な若い医師をマクマスター大学,ペンシルベニア大学,トロント大学,ノースカロライナ大学,ニューキャッスル大学など北米やオーストラリアの教育センターに留学させて,臨床疫学をマスターしてもらい,全世界の医療の向上を図ろうとする壮大な計画です。
 今回,ロックフェラー財団から日本側に「将来的には教育センターとしてこのプログラムに関わって欲しい」との具体的な要請がありました。日本の大学がこのプログラムに参加して欲しいとのことです。具体的には,参加を希望する大学の講座から,当初4~5年ほど米国の教育センターに医師を派遣して臨床疫学をマスターしてもらい,ある程度の臨床疫学者が揃って力量をつけた段階で,発展途上国から留学生を受け入れる教育センターになって欲しいとのことです。
 新財団は,足かけ5年の準備期間をかけてようやく発足の運びとなりましたが,このような国際的な状況も背景にありますので,われわれの活動がその一助となれば望外の幸せだと思います。

(談)

連絡・問合せ先
(財)聖ルカ・ライフサイエンス研究所

〒104  東京都中央区明石町10-1
 TEL(03)5550-4101/FAX(03)5550-4114

《財団設立の趣旨》

 わが国の近年の医療の進歩には目覚ましいものがありますが,医師の臨床能力,予防医学,臨床疫学,臨床看護学,病院管理などのレベルについては,国際的水準から見るとその進歩が不十分な領域が少なくありません。
 特に臨床疫学の分野については国際的に見て立ち遅れが感じられます。診断や治療方針の決定に個々の医師の主観が働き,患者側に立ったよき臨床判断が下されにくいという現状を脱却するのにこの臨床疫学の手法を導入することが最も効果的であると考えます。
 今後日本の医療の向上を図るには,これらの諸面についての教育ならびに研究の助成を民間の資源で行ない,さらに国際交流による研究・教育技術の向上や,医師・看護婦の研修プログラムの導入修得など民間の努力によってなされることが期待されます。
 上記の領域についての日本における研究・教育を推進することを主たる目的として,財団法人聖ルカ・ライフサイエンス研究所が設立されました。