医学界新聞

筋ジストロフィー症の筋炎:幻のジストロフィン

戸塚 武(愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所 筋生理学研究室)


 DMD(Duchenne型筋ジストロフィー症)の責任遺伝子による産物蛋白質としてジストロフィンが予言されて(Hoffmanら,1987)以来,DMD研究は爆発的に進展したかに見えた。ところが最近になり,大事なことは結局何も解決されず,ジストロフィンの実体がいまだに不明であることから,どうも変だと感ずる専門家が増えてきた。
 Science誌にほぼ3年ぶりに載ったMD記事でも,ジストロフィンとその複合体の機能はミステリーで,多くの疑問が答えられないままであることが指摘された(Worton, 270; 755-756, 1995)。ちなみに,Nature誌も3年間ほど,MD記事を掲載していないようである。

心配なジストロフィンの遺伝相談

 ジストロフィンとその遺伝子検査にもとづく遺伝相談が危ないこと(false-negative, false-positive)は早くから知られていた。
 最近,林由紀子と荒畑喜一は「第1子にジストロフィン遺伝子の変異が認められ,母親の体細胞レベルでの検査で異常がなくても,第2子以降に再びジストロフィン異常が現れるケースがまれではない」と述べている(「病理と臨床」14巻,臨時増刊号13頁,1996)。

ジストロフィンの謎

 ジストロフィンが筋細胞膜に存在しないことがDMDの病因であると提唱され始めた当初から,奇妙なことに,実際は抗ジストロフィン抗体(予想アミノ酸配列にもとづく部分ペプチドに対する抗体)で筋細胞膜が薄く(あるいは中には見事に濃く)染まる筋線維がDMD筋中に見られることが専門家の間では知られていた。その他にも,重大な矛盾が,なぜか黙視されてきた。
 例えば,(1)生まれつきジストロフィンが欠如しているはずのDMDの患者が5歳頃まではほぼ正常である。(2)ジストロフィンが欠如し,DMDと同じ遺伝子異常による疾患モデル動物とされるmdxマウスで筋萎縮も症状もほとんど見られない。(3)ジストロフィン異常がありながらMD症状がない例が次々と(逆は無数?)報告されている。(4)ある家系の聴覚障害に対する責任遺伝子をDNAレベルで追究したところ,DMD遺伝子の位置にあるかもしれないという結論に至った(Lalwaniら,1994)。(5)DMD遺伝子はX染色体上の劣性遺伝子とされ,男子はDMD遺伝子に異常があれば発症し子孫を残さないため,異常DMD遺伝子は母親から子どもに受け渡されると信じられてきた。ところが,孤発例の女性保因者の場合のほとんど(9症例中の8症例)が変異DMD遺伝子を父親から受け継いでいることがわかった(Pegoraroら,1994)。Hoffmanらもこれを追認した。

mdxマウスの誤解

 上記のような種々の矛盾に,変な説明がされ,不思議なことに,多くの研究者が簡単に納得させられてきた。
 例えば,「mdxマウスでは,筋細胞の変性は激しく起こるけれど,再生がそれをよく補うため,筋病変,筋萎縮,症状が残存しない」と説明され,これが通説となってきた。筋で再生が活発に起こるとは,常識的考えではないとすぐにわかる。mdxマウスに関する根本的な誤解は,実は,筋病変と筋弱力が厳存することである(Totsukaら,1992;1993)。
 なぜmdxマウスでは筋病変と筋弱力が残存しないという通説ができ上がってしまったのか。多分,mdxマウスが外見上立派な体格をしていることからくる先入観のためだろう。よく観察すれば,成獣mdxマウスがよたよた歩くことにすぐ気づく。証拠はないが,mdxがDMDと相同であるか,少し疑問を感じている。

蘇る諸説

 ジストロフィンに見切りをつけた研究者たちが,10年以上前の諸説を再び提唱し始めた(Dunnら,1995.Folkers & Simonsen,1995.Hudeckiら,1995.Lucas-Heron,1995.McArdleら,1995.Sandriら,1995)。ただ,残念ながら今のところ新味は見られず,根本的な発想の転換が必要であろう。

プロテアーゼ異常説

 MDの病因としてひと昔前にはやったプロテアーゼ異常説が再検討され始めたが,プロテアーゼは正常な修復過程に必要で,MDに対するプロテアーゼ阻害剤の投与は有害だろう。
 筋細胞はもともと損傷を受けることを折り込んで造られているのではないだろうか。すなわち,膨らますと無数の小さな穴が開く風船のようなもので,激しい収縮-弛緩に伴い損傷-修復を繰り返し,微妙な代謝バランスの上で,やせたり太ったりしているのではないだろうか。
 筋変性説で言う変性-再生は,損傷-修復と言い換えられるべきものだろう。修復に失敗すれば変性するだろう。再生は正常筋でもそう簡単には起こらないだろう。

筋変性説に対する挑戦

 MDのモデル動物であるdyマウスを使った研究から,初期病態は筋の変性ではなく成長障害(筋成長障害説:戸塚と渡辺,1976)で,筋病変と症状の進行・悪化は,成長の止まった筋が成長する骨によって引き伸ばされるためだろう(一歩進めた筋-骨不均衡説:さらに進めた骨成長依存性筋成長障害説)と提唱してきた。
 そして,この考えを支持するような事実が次々と報告された。筋重は体重の数十%を占めるため,筋の成長障害は全身の成長障害ともなるだろう。実際,成長障害がDMDの1つの特徴であることは気付かれている(Call & Zitter,1985: Eiholzerら,1988: Rapaportら,1991: Rapisardaら,1995)。

MDと小人症

 筋-骨不均衡説から予想された通り,小人症を合併すると,MD病状が軽く済むらしいことがわかった。
 興味深いことに,小人症患者の成長ホルモン治療に際して,筋痛,筋炎,MD様筋病変,筋弱力,血清CK活性値の異常上昇(Momoiら,1994)などが問題になる場合があるようだ。ちなみに,DMD患者で筋痛の訴えがあること(Comiら,1994),健常人でも成長期の筋痛がかなりの頻度でみられることが知られている。

MD,筋炎とステロイド

 MDか筋炎か鑑別診断が難しい症例があること,MD筋にリンパ球の浸潤が見られることが知られている。筋炎との鑑別診断のため,MD筋の炎症は故意に無視されてきたきらいがあるかもしれない。
 急成長期には,筋に強い負担がかかるため,MD筋では広範囲の損傷が起こるだろう。損傷の修復過程は,基本的には炎症と同じで,損傷が微小範囲に収まっているうちは目立たないが,広範囲に及べば炎症になるだろう。MDに筋炎はつきものだろう。実際,1-2月齢頃に限って,dyマウスとmdxマウスの筋に激しい炎症が観察される(Totsukaら,1992; 1993)。
 抗炎症剤のステロイドでこの時期をうまく乗りきれば,予後に期待が持てるかもしれない。理由は不明だがステロイドがDMD患者に有効であるという報告が,1970年頃から現在までも散見され,現時点で有効性が期待できる唯一の薬物と考えられている。

dyとDMD:発症のタイミング

 dyとDMDとは,遺伝子は相同ではないとされるが,筋病変と症状が激しく,しかも進行・悪化する点など,よく似ている。最近,dyマウスとDMD患者の発症のタイミングが一致する(発症が身長あるいは骨の相対的急成長期の終り頃に当たる)ことを明らかにした。

おわりに

 MeryonやDuchenneによる記載以来100年以上も経つのに,筋ジストロフィー症の病因究明はまったく進んでいない。一世を風靡したジストロフィンも無力だったようである。
 誰も疑うことのなかった筋変性説が間違っているのではないだろうか。
 筋変性説に代わる1つの可能な考えとして,筋成長障害説を少し紹介した。多面的な研究の進展により,1日も早く本疾患の病因が解明され,治療法が開発されることを心から願うものである。