医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内

臨床医,研究者が求めていた臨床心電図書

冠動脈疾患の心電図学 石川恭三 著

《書 評》南野隆三(桜橋渡辺病院)

 心電図は簡便,非侵襲的で,繰り返し記録しうる。そして,心電図には多数の優れた基礎的研究と臨床的知見,業績の裏づけがあり,今日,広く用いられる有用な検査法である。
 したがって,心電図に関する書物は医学書の中でも群を抜いて多い。
 このたび,著者は新しい意図と構想のもと,40年の長い年月をかけ収集された膨大な心電図を1枚1枚丹念に吟味し,適切に分類してアレンジし,新しい内容・形の臨床心電図書を刊行された。その識見と努力に心より敬意とお祝いを申し上げる。

心電図から冠動脈疾患をどこまで判読し,適確に把握しうるか

 本書は単なる心電図の解説書ではない。著者がその“序”で述べられているように心電図を通して冠動脈疾患(心筋虚血)をどのように判読すべきか,心電図情報の信頼性と限界性を明らかにすることに重点をおいて,臨床的立場からまとめられたのが本書である。このような臨床心電図は多くの臨床医,研究者が強く求めてきたものであるが,このような形,構想でまとめられた臨床心電図書は知らない。
 以下,本書の優れた内容と特長を要約する。
●本書は心電図の解説書ではないが,心電図の基本的な重要事項,心電図の電気生理学的理論,および虚血性心疾患,心筋虚血の心電図の理解に欠かせない基礎知識などが実にわかりやすく解説されている(1~4章)。心電図に関心のある医学生,研修医ならびに臨床医に推賞したい。
●本書には,1枚1枚吟味し,厳選された心電図が実に豊富に収録され,簡潔で,的を得た極めて有益な解説とコメントが付記されている。しかし,著者が本書を作るにあたり最も腐心された点は,心電図を通して冠動脈疾患,心筋虚血をどこまで判読し,どこまで適確に把握しうるかにある。そして,本書にはそのための努力と工夫が紙面に満ちている。一例をあげると,冠動脈疾患の臨床像,病態,特に冠動脈の再疎通療法に伴う心電図の経時的変化との関連性が詳細に検討されている。なお,長年にわたる豊富な優れた研究と臨床によって裏づけられた,率直で,的を得た鋭いコメントは説得力があり,実に貴重である。

今日的な話題や魅力的な文献を紹介

●本書の内容は専門的で,レベルの高いものが多い。文献は実に豊富で,重要な論文はほぼ網羅されている。それらの文献はテーマ別に巧みに分類,整理されていて検索に至極便利である。
 なお,今日的な話題,魅力的な文献が“Recent Topics"として詳しく抄録され紹介されている。研修医,若い研究者,循環器病学を専攻する臨床医にとっては臨床と研究の両面のよい指針となるであろう。
 重要な課題については,(1)できるだけ幅広い意見を取り入れ,(2)豊富な文献とできるだけ詳しい文献的考察,(3)考察は一定の見解に達したものから,さまざまな見解,中には全く相反する意見のものまで,できるだけ客観的に,公平に,かつ論理的に処理され執筆されている。その内容は高いレベルのものが多い。
 問題の本質が適確に把握され,よく咀嚼され,幅広い視点から厳しく論じられていて,示唆に富んだ読みごたえのある内容となっている。
●特筆すべきは,随所に挿入されている多数の私たちの成績,著者の教室員の地道で素晴らしい業績である。本書の骨格はこのような心電図研究の絶えざる歩みとその集大成によって支えられている。他方,本書の記述,見解,主張とコメントには強い説得力がある。それは,簡潔で的を得た記述,卓越した造詣に加え,優れた業績の裏づけが大きな要因をなしている。
 このようにみてくると本書は単に臨床心電図の指導書でなく,石川流の心電図研究の指南書,奥義書といえよう。熟読,玩味すべき書物である。
 座右の書として愛用したい。
(B5・360頁 税込定価13,390円 医学書院刊)


現代組織学の最新知見の理解に最適

機能を中心とした図説組織学(第3版) 山田英智 監修

《書 評》柴田洋三郎(九大教授・解剖学)

 初版の出版以来,学生に根強い人気をもつ山田英智,石川春律,広澤一成・訳『機能を中心とした図説組織学』の改訂第3版が出版された。初版以来の編者であるPaul R. Wheater博士が38歳の若さで夭折したのを機会に,共著者らが今回から彼の名をタイトルにいれ,“Wheater's Functional Histology: A Text and Color Atlas”(Third Edition, Churchill-Livingstone社刊,1993)として出版されたものの日本語版である。この本の制作は,原版と同じく香港の工場で図と写真のみを印刷し,その用紙を日本に輸送して医学書院が日本語の文章を刷り込む方式で出版されたものと聞く。従来より,本書のカラー顕微鏡写真のシャープさ,精密さとそのセンスのよさには定評があったが,今回の改訂ではさらに精選された主に電子顕微鏡写真が加わり,またレイアウトも工夫がこらされて,格段に読みやすくなっている。

現代的な視点にたち簡潔に記述

 組織学の教科書は,電子顕微鏡による新知見の導入により全く革新されてしまった。さらに近年の分子生物学を基盤とした,細胞生物学・免疫学・発生学などの発展と成果は,組織学の領域にも大きな影響を及し,それらの理解のうえに組織構築の解明が進められている。タイトルに「機能を中心とした」とあるとおり,本書にもそのような学問研究動向が随所に反映されており,本改訂版では特に免疫系臓器に関する内容が一新され,ページ数もほぼ倍増している。また体外受精や胚操作の発達に伴い,これらの基本的理解に不可欠な女性生殖器の組織構造,とりわけ受胎・着床に関連した図や標本が10ページ以上新たに付け加えられており,動物種差が極めて大きい胎盤や絨毛幕の形成過程が,特にヒトについて明解な図とメリハリの利いた表現で記述されている。すなわち,本書は単に見事な顕微鏡写真による組織図譜と言うだけでなく,きわめて現代的な視点にたった簡潔な記載の組織学教科書とみなすべきであろう。訳者は,日本を代表する3人の組織細胞学の碩学の方々であり,原著で不十分な箇所には適切な捕捉説明が加えられている。ただ1つ残念な点として,血球の分化は近年研究が進んでいるが,造血過程の模式図が旧版のままであり,次回の改訂をぜひ期待したい。
 昔ある臨床の教授の御退官に際し蔵書の整理があり,当時では最新の組織学の図譜が知人を通じて小生に御下付になった。拝見するとその教授の御専門が免疫学的な臨床研究だったにもかかわらず,びっしりと要所要所に書込みや赤線が引きつめてあり,深く感銘を受けたものであった。本書は,広く組織学を学ぶ学生のみならず,臨床医の方々にも現代の組織学の最新知見を理解するのに最適なアトラス兼教科書として自信をもっておすすめしたい。
(B5変型・432頁 税込定価9,682円 医学書院刊)


自立型ケアのシステム確立への指針

頸髄損傷 自立を支えるケア・システム 松井和子 著

《書 評》成瀬正次(全国脊髄損傷者連合会副会長)

医学的治療以外に生きるために必要なこと

 1人でも多くの人がこの本を読んで,脊髄損傷のなかでも最重度である頸髄損傷について知っていただき,頸髄損傷者が他の障害者と変わらない「完全に平等な社会参加」を得ることの重さを感じてほしい。そして生きていくために必要なケア,自立生活に不可欠なセルフケアのシステムの存在を知っていてほしい。なぜなら,全体がめまぐるしく動いている現代,あなたを含めた国民全員にスピード災害の被害者になる可能性があるからだ。例外はない。
 著者によれば「医学用語辞典にも“脊髄損傷”はあるが“頸髄損傷”は存在しない」けれども「現在,専門医療と社会的なサポートを切実に必要とするのが頸髄損傷である」ことを強調するために,あえて『頸髄損傷』を表題とされた。書名からして既に枠を乗り越えていることに拍手を送りたい。
 さて,私たち全国脊髄損傷者連合会が発足した昭和34年当時,脊損者のほとんどは労災被災者であった。脊髄損傷は医学が進歩した30年後の現在も増え続けているが,全体に占める労災の割合は2割弱に減少している。現在の首位は約5割を占める交通事故である。しかも脊髄損傷の75%が頸髄損傷であるという。この数字は無視できない。
 松井先生は「脊髄損傷を現代社会の災害ととらえることで社会的対策の必要性が顕在化する」と言っておられる。医学的治療以外に生きていくのに必要なことは何か。

患者のニーズに答える姿勢を貫く

 私たちのニーズに応える姿勢はこの書物の随所に読みとることができる。
 私たちが知りたいことは沢山ある。(1)どうしたら人生を快適に過ごせるか。(2)どうしたら健康を維持できるか。(3)問題が起きたとき何をすべきか。心配や不安なく毎日を生き,毎日を暮らすための手だてを知りたいのである。私たち当事者が求めつづけてきたものはこの人間らしく生き,人間らしく暮らすための「知識」であったのである。
 3部に分けた構成が読みやすくしている。1番目は,頸髄損傷についての知識。頸髄損傷になるということの意味。人体にどのような被害が生じるのか。生活はどうなるのか。人間らしく生きていくために必要なケアについての現状分析を読む。すっかり引き込まれてしまう。理想的といえる外国のセルフケアのシステムの紹介。考え込んでしまう部分である。
 2番目は,日本の頸髄損傷の紹介。福祉機器や自助具を利用して自分でできることを増やす。言葉でならべるときれいごとだが,私の友人たちは命がけで明日に立ち向かっているのだ。さわやかな姿勢の「背後」を読みとっていただきたい。頸髄損傷に対する社会対策はまだ取り残されている。
 最後にカナダで生活している頸髄損傷者が紹介される。日本との違いはどこからくるのか。実例から浮かび上がってくるのは,当事者と専門家の長い年月をかけたパートナーシップ。試行を重ねてつくりあげられた自立型ケアのシステム。それを支えている組織。驚くべきことにその組織とは脊髄損傷者の団体である。単なる被災体験者団体を越えて,行政や専門機関と共同作業を展開しているのだ。これは私たちにとっての重みのある回答であった。人間であることの証しとはこういうものであろう。私たち日本の脊髄損傷者団体に対するメッセージをいただいたのである。私たちの進路が,はっきりと明示されたのを心に受け止めている。
(A4・248頁 税込定価2,884円 医学書院刊)