医学界新聞

第31回日本アルコール・薬物医学会開催

アルコール・薬物依存研究の方向性を探る


 第31回日本アルコール・薬物医学会(会長=実験動物中央研 柳田知司氏)が,さる9月13-15日の2日間にわたり,横浜市のパシフィコ横浜にて開催された。
 学会では,一般演題(ポスター)の他にシンポジウム,パネルディスカッション,ミニシンポジウムなどを企画。アルコール依存・薬物依存の実態と治療,アルコール代謝・酵素,アルコールによる臓器障害など,アルコールおよび薬物に関する様々な問題が取り上げられた。また特別講演としては,中国における薬物依存研究の第一人者である蔡志基氏(北京医大薬物依存研究センター所長)が,「中国におけるアルコール・薬物乱用の現状および依存研究動向」について講演した。

薬物依存研究の流れを解説

 会長の柳田氏は,教育講演(1)で,「薬物依存の研究はどこまで進んだか」と題して講演を行なった。
 柳田氏はまず,「薬物依存」の概念の進歩について解説。「中毒」から習慣,嗜癖を経て「依存・依存症」へと用語が変遷してきた背景について述べ,さらに薬物依存とは「精神依存,または精神依存と身体依存がある状態」を指し,身体依存のみでは薬物依存とは言えないことなどを指摘した。また,これまで「禁断症状」とされてきた概念については,薬物の摂取を中止していなくても,血中濃度が低下すれば症状が起こりうることから,より科学的に「退薬症候」の用語が用いられることになったと説明した。
 続いて,薬物依存に関する研究の進歩について,ヒトだけでなく動物にも依存が起こること,大脳報酬系の存在などを明らかにした研究の流れを紹介。さらに依存の形成に関する分子生物学的研究の活発化に話題を移し,神経回路の解析や,神経伝達物質であるドパミン,GABAの役割などを探る研究の動向にも言及した。
 最後に柳田氏は将来の見通しについての質問に答えて「薬物依存は今後も増えると思われ,後追いでない対策が必要。薬物供給の削減とともに,需要の削減なくしては今後の対策はあり得ない」との考えを述べた。

アルコール症と遺伝的要因

 シンポジウム「アルコール問題研究動向の展望-基礎と臨床の接点を求めて」(座長=金沢医大 高瀬修二郎氏,京府医大 古村節男氏)では,4人の演者がそれぞれの立場から研究の動向を解説した。
 はじめに加藤元一郎氏(東京歯大市川総合病院)は精神神経科の立場から「アルコール症の臨床的サブタイプとアルコール性脳損傷-内科および基礎研究との関連をめぐって」をテーマに発表した。加藤氏は自らのグループが抽出したアルコール症の臨床的サブタイプ(亜型)であるタイプA・Bを提示。「家族性早発性アルコール症(タイプB)の予後は不良で,再飲酒例の死亡率は高く断酒例では低下する」ことから,サブタイプによって,死亡率が異なるだけでなく断酒の有無と死亡率との関係が異なることを示唆した。
 さらにドパミン受容体遺伝子の変異とアルコール症サブタイプの関係に触れた他,アルコール性脳損傷に関して家族歴の有無の重要性を指摘。アルコールに対する脆弱性を持つと考えられる家族性アルコール症患者では認知障害や離脱症状が重症であること,重篤なアルコール性脳損傷の知的障害の重症度と回復には遺伝的な規定が関与していることなどを述べた。
 なお加藤氏の発表後は,指定討論者として笹征史氏(広島大)が登壇。アルコール依存症と脳障害(認知障害,脳萎縮,平衡機能障害)へのアプローチに関して,いくつかの研究を紹介した。
 シンポジウムではこの他,内科の加藤眞三氏(慶大)が「アルコール性肝障害の発生機序とその予防と治療に関する研究について」と題して,(1)酸化ストレスと(2)エンドトキシンの肝障害の発生における役割に焦点を当てて解説。また原田勝二氏(筑波大)は法医学の立場から,アルコール依存症に関連する遺伝子について,アルコール代謝酵素の遺伝的多型の応用研究などを中心に,今後の研究の方向を示した。
 最後に薬理学の領域から,大熊誠太郎氏(川崎医大)が,長期アルコール投与と細胞膜流動性,カルシウム動態,神経伝達物質受容体と細胞内情報伝達系の変化などに関する研究成果を解説。また大熊氏らが行なった,アルコール依存形成と退薬症候におけるdiazepam binding inhibitorの役割を示唆する研究の結果を提示した。