医学界新聞

連載 市場原理に揺れるアメリカ医療(6)

病院チェーン

李 啓充 Kaechoong Lee
マサチューセッツ総合病院内分泌部門,ハーバード大学医学部講師


 リチャード・スコット,43歳。巨大病院チェーンのコロンビアHCA社(以下コ社)の創設者兼最高経営責任者である。彼は,1988年テキサス州エル・パソの2病院買収を皮切りに,1990年11病院,1992年24病院,1993年115病院,1995年332病院と,指数関数的に所有病院を増やしてきた。
 コ社は,現在アメリカ38州に展開し,1995年の数字で年間入院患者数174万人,総売り上げ1兆7646億円,粗利益988億円とアメリカ最大の営利医療機関に成長した。従業員数(24万人)に限れば,全米第10位の巨大企業であり,「医療業界のマクドナルド」と言われるまでになっている。コスト節減,人員整理などの通常の経営努力もさりながら,急成長の秘密は,(1)株式提供の餌で提携医師を増やす,(2)経営に苦しむ既存病院を買いたたくことで資産をふくらませる,という方法にあると言われている。
 アメリカでは,医師は自分が株主である検査会社・病院などに自分の患者を送ることを連邦法によって禁じられているが,資産50億円以上の医療企業には自由に出資してかまわない。コ社はこの法の抜け穴を利用して,医師に自社株を提供するわけである。さらに,所有病院の診療所スペースを相場を下回る価格で貸してくれるという魅力もあり,コ社と提携する医師の数は現在7万5000人にまで増えている。

得意技は非営利病院の買収

 経営に苦しむ病院,特に非営利病院の買収は,コ社の最も得意とするところである。
 例えば,X病院はX市における中心的医療機関として長年地域コミュニティに貢献してきた非営利病院である。非営利病院は,何らかの慈善事業を行なうなどして地域社会に貢献することと引き換えに,税法上の特典を与えられているが,X病院も他の例に漏れず,近年の医療経済を取り巻く厳しい環境の中で恒常的赤字にあえぎ,苦しい経営を強いられている。X市にとっても,苦しい市財政の中からX病院を公費で援助することは,もはや限界に達している。
 そこへ,「X病院を立て直しましょう」と,コ社が白馬の騎士のごとく現れるのである。X病院をコ社の傘下に入れ地域の基幹病院が消滅することを防ぎましょう,税金を空費する立場の非営利団体から税金を納める営利団体にX病院を変身させて市財政にも貢献しましょう,買収成立のあかつきには病院理事の皆さんにはその功績に対して多額の報酬を保証しましょう,といった筋書きで,次々と非営利病院を傘下に収めているのである。
 1995年単年でコ社が傘下に入れた,あるいは入れることを交渉した非営利病院は32に達している。非営利病院の資産は,商業的価値という視点で評価されたことがなく著しく低く見積もられているのが通常であるから,コ社は激安バーゲン価格で病院資産を手に入れることができるのである。さらに,別に新たな非営利団体を設立して,買収前に非営利病院が行なっていた慈善事業を移管し,儲けにならないことは一切切り捨ててしまう。
 こうしていわば火事場泥棒的に資産を増やし,そのことで株価を上げ,ますます出資金を集めるのである。

保険業進出で物議をかもす

 非営利団体を営利団体に移行させるにあたっては,法律の抜け穴を巧みにくぐり抜けねばならず,ときには犯罪すれすれの方法さえもとられる。最近のコ社は本業の病院事業以外に,保険業にも進出を図っているのだが,オハイオ州の非営利保険会社ブルークロス・ブルーシールド社(以下ブ社)の買収は特に物議をかもしている。
 コ社が,ブ社の所有権の85%を300億円で買収すると発表したのは本年3月であるが,ブ社の留保金223億円がそっくり買収後の新会社に移行する(つまり,実際にはコ社はただ同然でブ社を手に入れることになる)こと,また買収後,ブ社の3人の現理事に15億円を超える退職金が支払われることが明らかとなり,オハイオ州検事総長は買収の停止を訴える訴訟を起こすに至った。
 州当局の介入後,この買収劇がどのような結末をたどるかは予測できないが,例えばネブラスカ州ではコ社の進出の試みがきっかけとなり,非営利医療機関の営利団体への転換を規制する州法が制定されるなど,コ社に対する悪役イメージが広まりつつある。コ社は企業イメージを改善すべく,26億円の巨費を投じて,8月末から全米メディアを通じて広告キャンペーンを展開するという。
 以下は最近の医療情報誌で見かけた広告であるが,広告主がおわかりになるであろうか。
 「私どもと提携いただければ,多年に及ぶ営業経験,顧客対策,地域奉仕のノウハウが貴病院のものとなりましょう。私どもの健全な財政基盤,豊かな企業知識が,きっと貴病院のお役に立つはずです……」。病院内レストランという新事業に進出し,提携先病院を求めているのは,外食チェーン界の本家本元,ハンバーガーのマクドナルド社である。