医学界新聞

ケアマネジメントに基づくコミュニティ・ケア

イギリス・ニューキャッスル市での実践に学ぶ



 現在,日本では公的介護保険を中心に新しい介護システムの議論が活発になされており,地域においては,具体的なサービスの提供を担うマンパワーが連携し,要介護者や介護者のニーズにかなった質の高いサービスを効率的に提供するためのシステムをつくりあげることが,最大の課題であるといわれている。ケアマネジメント,あるいはケースマネジメントなどの言葉で議論されていることがそれである。
 イギリスでは政府のコミュニティ・ケア政策に基づき,1993年4月からコミュニティ・ケア法(NHS and Community Care Act)が完全施行され,ケアマネジメントが導入されている。徹底した要介護者のニーズ判定に基づき,あらゆる保健・福祉マンパワーが連携して地域介護サービスを提供する体制づくりが進んでおり,日本の新介護システムを考える際に1つのモデルになるのではないかと注目されている。
 今回,ケアマネジメントに基づくコミュニティ・ケアが比較的進んでいる地区といわれるニューキャッスル市への研修旅行(「第5回イギリスにおけるケアマネジメント研修」,主催=国際治療教育研究所,コーディネーター=日本医大 竹内孝仁氏)に同行し,その実際を取材した。



 イギリスにおいてコミュニティ・ケア改革が実施される契機となったのは,1988年のグリフィスレポート(Community Care:Agenda for Action)である。その後1989年の政府白書(Caring for People)を経て翌年コミュニティ・ケア法が成立し,1993年4月から完全実施されている。この改革の主要な点は以下の2つである。
(1)ケアマネジメントの導入
 専門家による要介護者・介護者のニーズアセスメントに基づき,最も適切なケアパッケージを工夫・計画する。これに従って各種マンパワーが連携し,適切な役割分担の下でサービスの提供を行なう。利用者本位のケアの提供と限られた社会資源の有効利用を目的としている。
(2)自治体がサービス購入者の役割を担う
 従来は国の社会保障費から民間施設へ助成する政策がとられていたが,社会福祉サービスを所管する自治体に,サービスの購入者の役割を担わせ,自治体内部でサービスの「購入側」(Purchaser)と「提供側」(Provider)の分離が行なわれた。これにより,サービスの「購入側」である自治体のソーシャル・サービス部は,複数の公的セクターおよび民間セクターの中から,サービスの内容とコストを勘案してサービスを購入するようになる。それによってもたらされる競争原理によるサービスの質の向上とコストの軽減を主な目的としている。


イギリスの地域ケア政策

 イギリスは,福祉においては国が全責任を負うという考え方が根強い国であったが,1970年代以降,経済の停滞などにより保健・福祉領域における赤字の累積は膨大なものとなり,1978年に発足したサッチャー政権は,自治体の権限と出費を極力抑え,民間活力の導入によりコストの削減を図ろうとした。この政策により民間の施設が急増し,自治体も国の経費を頼りに民間施設への入居をほとんど無条件に進めた。しかし,1人ひとりのニーズ評価はあいまいなため,必要な人に必要なサービスが届いているとはいえず,逆に,入居が不必要な人まで入居させてしまうケースも見られるようになった。
 そこで,80年代の中頃になるとサッチャー政権の独立機関である政府監査委員会は,既存の高齢者サービスの効率性,有効性を総点検する必要性(特に施設ケアへの偏りを是正する必要性)と,高齢者ケアに関わる様々な機関・団体による組織的なマネジメントの必要性を説いた。これを受けた政府は86年にグリフィス委員会を設置し,委員会は88年にコミュニティ・ケアの推進と自治体への大幅な権限委譲,同時に,自治体へのサービス購入者としての責任賦課,およびケアマネジメント・システムの確立等を提言。政府がそれを受け入れる形でコミュニティ・ケア改革が始まることになったのである。


ニューキャッスル市のケアマネジメント

 ニューキャッスル市はスコットランドと国境を接する北部イングランドに位置する人口28万人程度の小都市である。失業率は高く(約25%),それに伴い治安も悪くなってきているとの話も聞かれた。コミュニティ・ケアシステムが,高齢者や障害者などの社会的弱者を犯罪から守る役割も果たしているようで,日本との事情の違いが感じられた。
 以下はニューキャッスル市のソーシャルワーカーによる話をまとめたものである。ケアマネジメントが実際にはどのような流れで機能しているのか,簡単に見ていくこととしたい。

1)アセスメントまでのシステム
 (Referral System)

 クライアントに関する情報がもたらされ,アセスメントが行なわれるまでの経路は,大きく分けて病院と地域という2つの類型で示すことができる。
 病院では,病棟のスタッフ,本人,家族の情報(要請)によって始まる。その情報(要請)は病棟内のソーシャルワーカー(注:イギリスの場合,病棟にいるソーシャルワーカーはすべて自治体職員であり,病院職員である日本の場合と大きく異なる)や,すでに福祉サービスを受けている場合には担当のソーシャルワーカーへ伝えられる。ソーシャルワーカーはそれを受けてさらに詳しい情報を病院等のスタッフから集める。もしアセスメントが必要ならば担当のソーシャルワーカーに伝え,アセスメントが行なわれることになる。
 地域においては,本人,家族,GP(general practitionar:家庭医),地区看護婦,隣人等からの情報(要請)により始まる。その情報はその地区を担当しているソーシャルワーカーに行き,さらに詳細な情報をGP,看護婦などのプライマリ・ヘルスケア・チームや家族から収集する。この場合にもアセスメントが必要であれば担当のソーシャルワーカーに連絡が行く。

2)アセスメントとケアプランの策定・実施
 アセスメントの流れを簡単に図1に示す。情報収集が進むにつれて,ニーズ判定のレベル(単純なニーズを判定するのか,高度なニーズ判定をするのか)を決定する。ニーズ判定のレベルによって用いられるアセスメント・フォームも異なる。
 ニーズ判定においては,要介護者のニーズのみならず介護者のニーズを同時に把握し,関係する専門職の判定のすべてを参照してケアマネジャーが総合的に判断する。特定された個々のニーズを満たすために,関連職種と問題解決の可能性を討議し,適切なケアの組み合わせ(ケアプラン)を策定する。その内容に対する要介護者と介護者の同意を得て,図2のような手続きでケアプランが実施に移される。
 ケアマネジャーには多くの場合,アセスメントをしたソーシャルワーカーがそのまま市のソーシャルサービス部から任命される場合が多いが,要介護者の状態に応じて,OTや看護婦がなる場合もあるという。ケアマネジャーは一定の予算の範囲内でケアの組み合わせをつくる権限を与えられ,サービスの提供者の中から,ケア内容とコストを勘案して適切なサービスの提供者を選び,組み合わせる。

 

3)モニタリングとレビュー
 ケアプランに基づくケアサービスが提供されてからは,必要の程度に応じてモニタリングが行なわれる。しかし,各サービス提供機関は常にケアマネジャーと連絡を取り合い,クライアントの情報を交換しているので,常にモニタリングがなされていると言ってよいだろう。また,ケアプランはでき上がるとすぐにソーシャル・サービス部のコンピュータに入力されて管理され,6か月もしくは12か月ごとにレビュー(再検討)される。
 ニューキャッスル市では1995年10月からレビューオフィスを開設し,レビューシステムを機能させている。レビューオフィスでは個々のケースにつき電話,手紙,面談などの手段により情報収集がなされ,提供されているサービスの再検討が行なわれる。そしてその結果に基づき,サービスの変更指示(調整)が実施される。このレビューは在宅・施設を問わずすべてのクライアントに対して実施され,調整が行なわれた後に再びレビューシステムに登録され,定期的にレビューが行なわれる。
 サービスの提供者ではなく,サービスの購入者である自治体がレビューをすることによって,無駄なコストは削減し,本当にニーズがある部分にコストをかけるという仕組みになっている。

4)ケアマネジメントと情報提供
 ケアマネジメントのプロセスは,イギリスのケアマネジメントの実務者向けガイドでは図3のように示されている。この表の最初に示されている 「情報の提供 」とは,どのようなサービスがどうしたら受けられるのかを一般に知らしめるという意味である。ニューキャッスル市ではわかりやすい案内が用意されており,役所以外に図書館,診療所,郵便局,住宅事務所,インターネットなどを通して広く周知し,また意見を収集する機会を設けている。


イギリスの施設・団体を訪ねて

 ニューキャッスル市ではいくつかのボランティア団体と障害者・高齢者施設を訪問する機会を得た。短時間の訪問であったが,ここでは団体・施設のコミュニティ・ケアにおける役割を報告したい。

1)エイジ・コンサーン・ニューキャッスル
 エイジ・コンサーンはイギリス最大のボランティア団体で,老人福祉に関するあらゆる活動に参画している。エイジ・コンサーン・ニューキャッスル(ACN)の上部団体としてエイジ・コンサーン・イングランドがあり,ACNのような地方組織から得た情報をもとに議会へ提言する。しかし,地方組織が中央の支部として設けられているのではなく,各地方組織はそれぞれ独立している。ACN本部のMEA HOUSEを訪ね,事務局の方から話を聞いた。
 ACNはニューキャッスル市に住んでいる50歳以上の高齢者を対象にして活動をしており,500名のボランティアスタッフと36名の有給スタッフを抱える。1992年より「コミュニティ・ケア法」を受けて,自治体と契約してデイケアサービスと在宅ケアサービスを提供している。デイケアサービスでは,地域の異なる10か所のデイケアセンターを1日に2か所ずつ機能させ,職員は複数の施設に日替わりで訪問しサービスを提供する。在宅サービスは約60名のパートタイムスタッフが担当しており,24時間週7日体制でサービスを提供している。サービス開始当初は週300時間程度のサービスの提供であったが,需要が拡大し,現在は週あたり約800時間のサービスを提供している。
 コミュニティ・ケア法により市がACNなどのボランティア団体によるサービスの供給を購入するようになったことは,ボランティア団体にとってはとても重要なことであり,これにより活動内容は活性化したという。しかし問題がないわけではなく,例えば在宅ケアサービスは,当初政府が予想していたよりも非常にコストのかかるサービスであることがわかり,今後のあり方が問題となっているそうだ。
 重要なのは,ACNは常に市のソーシャルサービス部のケアマネジャーと連絡をとって意見交換をしており,情報の共有化が図られていることである。これらのサービスを提供する過程で得られた個々の情報は,すぐにケアマネジャーに伝えられ,必要であればケアプランの見直しが図られることもある。

2)ビショップコート
 ビショップコートはアンカーハウジング協会が設立したシェルタードハウス(高齢者用住居)の1つである。同協会は全国規模の民間非営利団体であり,高齢者向けの住居の提供とケアサービスを中心とした事業を展開し,自治体とは密接な関係をもって事業を行なっている。
 シェルタードハウスとは日本におけるケアハウスに類似し,専属のケアスタッフを持たない,日常生活自立度の高い高齢者を対象とした集合住宅である。イギリスには他に日本の特別養護老人ホームに相当するレジデンシャルホーム,老人病院に相当するナーシングホームがある。
 イギリスのシェルタードハウスにはウォーデンと呼ばれる管理人がおり,施設全体の管理や,居住者が快適な生活を送るためのコーディネーションに責任を負う重要な役割を持つ。例えば,居住者が身体的な障害を得て何らかの補助が必要になったり,あるいは健康を害した場合には,外部の保健医療スタッフや福祉資源と連絡をとり,サポートを受けられるように手配しなくてはならない。また,ケアに限らず,居住者が施設に閉じこもらず地域の中で生活できるように様々な手配をするのも管理人の役割である。したがって,管理人は外部のケアスタッフや団体,地域住民等と緊密な関係を保つ必要がある。
 もちろん居住者の自立性は最大限に尊重されており,イベント等への参加(場合によっては運営も)は居住者の自主性に任されている。

3)ウエストデントン・デイセンター
 民間ボランティア団体であるウエストデントン協会はコミュニティセンターを設置し,その中で60歳以上を対象とした高齢者デイセンターを運営している。品のいい調度がそろったビリヤード室,散髪室,喫茶室,サロン,バーなどが並ぶ。サロンではくつろいだ高齢者たちが3,4人ずつのグループに分かれ,スタッフたちと会話を楽しんでいる様子が見られた。
 デイセンター・マネジャーの話によれば,136人の利用者のうち89人が市のソーシャル・サービス部による紹介である。1日あたりの利用者は約30人だという。クライアントにはプライマリワーカーという担当のスタッフがつき,ソーシャルサービス部から紹介があった時点でクライアント宅を訪問し,アセスメント,リエゾン等を行なう。デイケアではこのプライマリワーカーが仲介者となり,グループを作り様々なアクティビティを楽しむという仕組みである。
 このデイセンターの主な財源はコミュニティセンターの会員からの会費と,市との契約金がほとんどである。この契約は厳しく,定員の82%が稼働しないと契約金は削減されてしまうという。市との契約で得られる予算は年に14万2000ポンド(約2500万円)であり,その内10万ポンド(1750万円)はスタッフの人件費に充てられるというから,コミュニティ・ケア法によりボランティア団体によるサービスを市が購入することになったとはいえ,財政的には楽ではない。特に送迎にかかるコストが財政を圧迫しているという。
 このデイセンターがすばらしいのは,なによりもコミュニティセンターという,障害を持つ者も健常者も,高齢者も若者も集まる地域住民の交流の場の中にあることだろう。しかも1階は小学校であり,地域のあらゆる人が集まるところに障害を持つ人や高齢者がいるという空間が実現されている。孤立しがちな高齢者や障害者だけを集めて閉じた空間を作るのではなく,様々な人に出会える交流の場に迎えることは,彼らの生活に刺激を与えるとともに,地域ケアに対する住民全体の関心を喚起する上でも重要である。

4)ネピアーハウス
 ここではレスパイトケア(ショートステイ)とデイサービスを機能させている。イギリスでも,家族などの介護者を支援することは重要な課題となっており,家族の負担を緩和するためのレスパイトケアのサービスは増えてきている。もちろん,レスパイトケアのための宿泊施設はすべて個室であり,心地よい調度がそろえられている。
 ネピアーハウスは公営の施設であるが,事務局の方の話によれば,近年このような施設ケアは約8割が民間の事業者によってなされており,事業者によっては,税込みで時給2.5ポンド(約440円)などの搾取的な給料で無資格,無経験のスタッフを雇っており,質の低下が危惧されるという。
 この話からは,民間活力導入や,コミュニティ・ケア法でサービスの提供者と購入者を分ける政策は,市場原理による施設間競争を促し,コストの削減に寄与したが,その一方でくすぶる「質の確保」という大きな問題を感じた。日本でも介護保険導入以後の大きな課題となると考えられる。
 もちろんイギリスも「質の確保」という問題に無頓着なわけではない。例えばニューキャッスル市ではソーシャルサービスを受けている利用者や介護者の団体に運営助成金を与えている。これらの団体を育成することは,率直な意見を聞き,サービス内容を改善していくために非常に重要であり,また政策提言をしていくためにも有効だそうである。
 また,ネピアーハウスの施設案内のパンフレットを見ても,最後に大きく「クレーム手続き」(Complaints Procedure)について記載されており,利用者がクレームすべき正当な理由があると感じた場合の連絡先が明記されている。ニューキャッスル市のソーシャルサービスの案内でも,「あなたはサービスに満足していますか」とクレーム手続きの方法を紹介している。


地域資源の活用とケアマネジメント

 ニューキャッスル市におけるコミュニティ・ケアに触れて,強く感じたのは,施設は施設で,在宅は在宅でというように高齢者のいる場所が完結していないということである。彼らは地域(コミュニティ)の中にいるのであり,地域が彼らを支えている。
 高齢者の施設にあるランドリールームは,施設の居住者だけでなくいつでも地域の住民が利用できるようになっており,また,コストはかかっても送迎のサービスを充実させることにより,障害者や障害を持つ高齢者であっても,在宅か施設かに関わりなく,地域社会に出ることが可能になっている。活発なボランティア活動に限らず,地域のパブやレストランなどが高齢者向けの格安ランチを用意するなどの話をきくと,地域が老人を実に自然な形で支えていることに気づく。
 前述のようにイギリスのコミュニティ・ケアにおいては,専門職が徹底したニーズ判定を基礎にして行なうケアマネジメントが決定的な役割を果たしている。しかし,それは専門職だけの力で可能になるものではなく,隣人同士のつながりや学校,商店街,ボランティア団体等のインフォーマルな地域の資源を掘り起こし,十分に活用してこそ初めて可能になっている。換言すれば,ケアマネジメントとはそれまで活用されていなかった地域の資源を活用することであり,地域の資源をケアに活用できるように育てていくことでもある。
 イギリスと日本では文化,宗教,政治経済等,異なる背景を持っているので,イギリス的なモデルがそのまま日本で通用するかどうかはわからない。例えば,イギリスではソーシャル・サービスのかなりの部分をボランティア団体が担っており,またその運営の財源の多くは寄付金に依存している。日本においてイギリスなみのケアサービスを提供しようとすれば,ボランティア活動や寄付金の部分を社会的なコストとして担わなければならず,相当な負担を覚悟しなければならないであろう。
 しかし,地域社会を軸としたイギリスのコミュニティ・ケア・システムが,少なくとも今後の高齢者や障害者の介護システムを考える上で重要なヒントになることは間違いない。イギリスは古くから社会保障制度を持つ国であるが,現在進行中のコミュニティ・ケア改革で問題とされていることには,日本と共有している部分も多い。
 なお,イギリスのコミュニティ・ケアにおいてはGP制度を核とする医療保険制度であるNHS(National Health Service)も大きな役割を果たしている。本稿ではそれにはあまり触れなかったが,本紙連載「イギリスの医療はいま」(岡喜美子氏)に詳しいのでそちらを参照されたい。