医学界新聞

第12回国際HLAワークショップ,カンファレンス印象記

萩原政夫(東海大学医学部移植免疫学教室)


 1996年6月3-12日,フランスのサンマロおよびパリにおいて,第12回国際HLAワークショップ,カンファレンスが開催された。私自身,HLAを学問として学び初めて僅か4年に過ぎない駆け出しの研究医ではあるが,今回初めて参加してみて,学問としてのHLAの幅の広さ,深さが再認識できた。また,そのことは参加国の数多さにも現れており,まさに「医学会のオリンピック」ともいえる雰囲気に感激するばかりであった。
 最初にこの学会のスタイルについて説明すると,最初の6日間(サンマロ)は,各セッションに分かれて,施設間の生データの相互比較および総括を念入りに行なうワークショップがあり,最後の3日間(パリ)では,一般学会と同様の口演およびポスターによる発表が行なわれた。
 今学会のトピックスともいえる点について,私自身の興味に応じた独断と偏見に基づいて以下の報告をすることにする。

HLA-G,E

 HLA-G,Eは,HLA-class I領域の中で,HLA-Aの下流に存在し,これまで機能等が未知の抗原であったが,今回1セッションが設けられて集中議論された。
 これまで言われてきたとおり,やはり多型性は少なく(Gでは6種類),アミノ酸変異部分は,T細胞レセプター認識やペプチドの結合する部分以外にあるとのこと。また,マカーカーなるサルではHLA-Gに相当する遺伝子に欠損があるもののまったく正常な妊娠,分娩であることからHLA-Gは妊娠維持に不可欠な分子ではないという説と,一方in vitro ではNK細胞の活性抑制機能を持つことからin vivo でも重要な機能を担っているとする説とがある。さらに,この分子はスプライシングによるisoformが計5種も存在し,その一部は可溶性因子であり,それぞれの機能については今後解明されるべきテーマと考えられた。特に産科学の領域では,東海大学も含めて,クラシックなHLAの共有性は妊娠の成立やその維持にまったく影響しないとの結論を報告されているが,新たな方向性としてHLA-Gは非常に興味深い。

HLAとcancer

 今回の目的は,各種固形腫瘍,あるいは血球系腫瘍において HLA-class Iの発現の変化を調べることにあり,手法としてはde novoの腫瘍については,免疫組織化学法,そして樹立細胞系に関してはFACS検査によって検討された。
 結果としては,臓器,組織の違いを問わず,およそ80%の悪性腫瘍において,HLA-class I の発現が低下していた。さらにこれを分類すると,(1)HLA-class Iがtotalに脱落する,(2)片方のハプロタイプが欠損する(染色体の一部欠損),(3)特定のHLAアリルが欠損する(例えば,melanomaにおいてはHLA-A2),(4)β2-microglobulinの欠損,など複雑であり,これらが癌の発症に関与するという場合(例えば発癌ウイルス感染と同時に発現が低下)と,その進展・転移のプロセスに関与する場合(melanomaにおいては転移に併せてHLA-A2の発現が低下する)とがあることが報告された。
 また,分子レベルでの解析も進んでおり,例えばβ2-microglobulin欠損は,一部遺伝子の欠失変異により停止コドンが挿入されることが機序であると報告された。従来から言われる「escape theory(HLAの発現が低下することによって,癌抗原のT細胞への提示が阻害され,癌細胞が増殖していくとする考え方)」が今回のセッションで改めて確認されたわけである。
 CTLとならんで腫瘍免疫のエフェクターとして重要なのがNK細胞であり,これはNKB1といってHLAに対するreceptor(抗HLA-A,抗HLA-Bw4といったようにbroadに反応する)を有している。Dr. L. Lanierはプレナリーセッションにおいて,NKB1はNK細胞のみならずT細胞にも発現しており,しかも阻害receptorであるために,self MHCの発現が低下することに対応して,その抗腫瘍作用が高まるとの最新の知見を紹介したが,癌に対する免疫系のネットワークがさらに明らかになりつつある印象を感じた。

T cell receptor(TCR)とHLA

 TCRのレパートリーに対するHLAの影響を調べる(各TCR-Vα,Vβ familyのモノクローナル抗体による)目的のセッションであり,HLA-identical sibling, haploidentical siblingとを比較した場合,明らかに前者において,TCRのレパートリーがsimilarであり,HLAはTCRレパートリー決定に強く関与し,これをベースとして,さらに外来抗原との反応を通して,個々人のレパートリーが決定されると考えられた。
 TCR usageがかくもHLA拘束性によって支配されているとすれば,例えばHLAミスマッチ間の骨髄移植においては,予めドナーのレシピエントHLAに対し反応するであろうTCR familyを予測し,これに対するモノクローナル抗体を投与するなど,今後の免疫抑制法につながる将来性を感じた。

骨髄移植とHLA

 93組の白血病患者非血縁者間骨髄移植例のドナー,レシピエントを対象として,HLA-A,B,C,DR,DQ,DPさらにHLA-DM,TAP,LMP,TNFのDNAタイピングを行ない,マッチングと移植の成績,GVHDに関して検討を加えたが,特に有意差が認められる抗原はなかった。
 ただし,各国,地域に限っての検討では,オーストラリアのグループが,HLA-DPマッチング群がミスマッチ群と比して,有意に生存率が高いとの結果を報告し,また日本においては骨盤バンク経由の移植例ではHLA-A2,40のサブアリルが移植成績に強く関係し,むしろDPB1は無関係との結果が報告された。
 地域によって,HLAの頻度が大いに異なること,また移植のプロトコールや治療法などにヴァリエーションがあって,このような違いが見出される可能性は高く,少なくとも今回のワークショップの93組の検討のみで結論を見出すのは不可能であろうと考えられた。
 オーストラリアのグループは,HLA遺伝子座を4つ(α,β,γ,δ)に分け,non-HLA領域も含めたレベルでの,マッチングの必要性(ブロックタイピング)を論じていたが,シークエンスタイピングも含めて,さらにハイグレイドなマッチングが要求されるかもしれない。ただ私個人の意見としては,どこまでHLAを合わせるかは,その対象とする疾患によって異なり,白血病症例など悪性疾患については,コントールし得るレベルのGVHDは,むしろ好ましく,完全マッチのドナーを追求すること(またそのために待機すること)は不必要ではないかと考える。
 また,白血病症例の血縁者間移植においてはなおのこと,1染色体ミスマッチ(HLA1~3抗原ミスマッチ)の場合,確かにGVHDの確立は高まるものの,全体の長期予後はHLA完全マッチ間の移植と同等との報告もある。また,移植の成績は何よりもそのタイミング(発症早期で緩解期がベスト)によって左右されることを考えた場合,骨髄バンクの登録数が足踏みしつつあるわが国では,extended familyも含めてさらに血縁者間移植を進めていく必要性を痛感した。
 プレナリーセッションで,E.Goulmyによって,minor HLA抗原(mHLA)が移植後GVHDに影響するとの報告がなされたが,興味深いことにmHLAはそれぞれ発現の分布が異なっている。例えばHA-2は血液リンパ系の細胞に限った発現をしており,レシピエント由来の白血病細胞(HA-2陽性)とのHA-2アリルの違いを利用したGVH反応T細胞の誘導は,即ちGVL(graft versus leukemia)効果につながるとの可能性も指摘された。つまり今後はGVHDは単に予防,治療の対象として考えるのではなく,GVL効果を積極的に利用していく方向性に向かうべきと考えた。

可溶性HLA抗原(sHLA)

 今回残念ながら,第3回sHLAワークショップは中止となってしまったが,カンファレンスの中では,われわれのものも含めて発表が行なわれた。特に興味深いのは,sHLA分子それ自身ではなく,その中の特定の部分を選んでペプチド(ヨーロッパではallotrapとして臨床試験中)合成し,ラット心移植あるいはヒトの腎移植において,投与により明らかに生着期間が延長し,またCTL,NK活性が抑制されたとの報告が注目された。一方,PHAなどmitogen刺激に対する反応性は変わらず,γインターフェロン産生が抑制されている点から,主にTh2が有位となるようなシグナル伝達を与えている可能性が示唆された。
 さらに興味深いことは,accessary moleculeであるB7を抗体阻害することによって,相乗的にCTL抑制効果が発揮される事実であり,今後新たな免疫抑制剤として普及することが期待される。われわれは,肝移植後のsHLA-Iの変動およびドナーサイドより,永続的にsHLA-Iが産生され続け,GVHDのモーターにもなり得る点などを報告したが,今後はさらにその分子の機能解析に進みたいと考えている。
 以上,簡単にトピックスについて,私見を混ぜてまとめてみた。これ以外にも,anthropology,HLAと疾患など大きなテーマはあったが割愛した。
 ここで最後に強調しておきたいことは,HLAは人類遺伝学的見地から,数多くの疾患(癌,自己免疫疾患その他)の発症要因に関与し,また移植の成否を握っており,妊娠現象も移植の一種と捉えればHLAは無視できず……といった形で,今後もこれら多くの領域の未解明部分の重要なキーワードであり続けることは間違いないということである。
 今後も,ワークショップ,カンファレンスが続いていくことを切に期待して,この印象記を終わりとする。
 最後に,本学会参加に当たって,助成金をご援助いただいた「金原一郎記念医学医療振興財団」に心から深謝致します。