医学界新聞

コールドスプリングハーバーシンポジウム
「分子シャペロンと熱ショック応答」に参加して

海野けい子 静岡県立大学薬学部・放射線薬品学


 1996年5月1日から5日まで,ニューヨークのコールドスプリングハーバー研究所において,"Molecular Chaperones & The Heat Shock Response"についてのミーティングが開かれた。ミーティングが行なわれた研究所は木々の緑美しい閑静な場所にあり,海も間近に臨むことができる非常に恵まれた環境にあった。季節も桜や林檎,花水木,水仙などの花々が一斉に咲いているよい時期であり,朝9時から夜11時近くまで連日行なわれたかなりハードなミーティングの合間に,散歩で気分転換を図ることもできた。早朝ジョギングを楽しんでいる方もおられた。

熱ショック蛋白の重要な役割

 本会議の参加者は非常に多く,演題数は345題。このうち口頭発表が62題,ポスター発表が283題であり,360席のミーティング会場Grace Auditoriumはほぼ満席状態であった。日本からの参加者は25名ほどで,このうち東大の桑島邦博先生,京大の伊藤維昭先生,東京都臨床研の矢原一郎先生,HSP研究所の由良隆先生が口頭発表された。熱ショック蛋白質(Heat Shock Protein:HSP),ストレス応答に関する研究分野は,女性研究者が相対的に多いことも1つの特徴としてよくあげられる。細胞の熱ショック応答やHSP研究の初めのころから基礎を築いてきた人々,別の研究を進めている間にストレス蛋白質に興味を持った人々等,様々であるが,分子生物学の研究分野は女性に向いているのかもしれない。
 HSPは,細胞の熱処理時に特異的に発現する蛋白質として見出されたが,熱以外の様々なストレス時にも発現し,蛋白質変性の防御や除去,修復に積極的役割を担っていることが知られるようになり,ストレス蛋白質と呼ばれるようになった。さらには,非ストレス下においてもHSPは発現し,蛋白質の生合成の過程や細胞内輸送などにおいて必須の役割を担っていることが明らかになり,蛋白質の折りたたみ(folding)や会合の手助けを行なう分子シャペロン(molecular chaperone)としての機能が解明されつつある。分子シャペロンにはHSP70ファミリーと,シャペロニンと呼ばれるHSP60のファミリーに加え,HSP90ファミリー蛋白質もシャペロンとして機能を有していることが示されてきた。
 今回のミーティングでは,分子シャペロンならびに熱ショック応答に関し,7つのセッションに分かれて和やかな中にも非常に活発な討議が行なわれた。またポスター発表はABC順に3日間に分けて行なわれた。したがって内容ごとにまとまってはいないので,目的とするポスターをあらかじめチェックする必要があるが,自分の仕事に関連したポスターが自分の発表と必ずしも重なっていないことから,かえってよかったとの評判であった。
 以下,分子シャペロンと蛋白質の折りたたみ,細胞のストレス応答,病気や病理におけるストレス蛋白質の役割等について,いくつかを紹介したい。

シャペロニンの生物学と蛋白質の折りたたみ

 大腸菌のシャペロニン,GroELは7量体のドーナツ状リングが2つ重なった2層の構造をとっていることが明らかとなってきた。シャペロニンは蛋白質の折りたたみ中間体を捕え,GroEの穴の中で折りたたみを進行させ,ATPとシャペロニン10(GroES)の存在下で折りたたみ中間体を放出する。このサイクルが繰り返され蛋白質は最終的にnativeな構造に至ると考えられている。シャペロニン複合体GroEL・GroESとしては,GroELの2重リングの両側にGroESが結合したフットボール型,片側についたシス型あるいはトランス型等が考えられている。今回のミーティングにおいて,Horwichらはジヒドロ葉酸還元酵素を用い重水素(D)との交換反応をNMRで測定することにより,シス型(cis channel, cis complex)のほうが蛋白質の折りたたみに重要であることを示した(図参照)。
 GroESがGroELへ結合したり解離したりする際,GroELの構造変化にATPが必要である(Hartlら)。また,GroELと標的蛋白質との結合には疎水性相互作用が重要であるが,イオン強度も影響を及ぼすことから,静電相互作用も重要であるらしい(Kuwajimaら)。

図 GroELとGroESによる蛋白質の折りたたみ機構の仮説
 GroELは蛋白質の折りたたみ中間体を捕え穴の中で折りたたみを進行させ,APTとGroESの存在下で折りたたみ中間体(Iuc)を放出する。このサイクルが繰り返され蛋白質は最終的にnativeな構造(Ic)に至る。

蛋白質の折りたたみ,前駆体蛋白質の輸送,蛋白質分解におけるシャペロンの役割

 細胞内ではいくつかのシャペロンが共同で働き,蛋白質の折りたたみや輸送を行なっていると考えられている。真核細胞では,新たに翻訳,合成された蛋白質が,HSP70システムとシャペロニンTricの両者の連携により折りたたまれることをFrydmanらは解説した。
 ところで,細胞内で最も量的に多く研究も進んでいるHSP70ファミリー蛋白質においても,まだ十分な機能の解明には至っていない。Craigらは酵母の細胞質HSP70であるSSAとSSBファミリー蛋白質間での機能の違いを調べるため,PCRを用いSSA/SSBのキメラ蛋白質を作製し検討を行なった。SSAとSSB蛋白質の機能の違いは特異的な蛋白質間での相互作用に基づいているのかもしれない。またミトコンドリアのHSP70,SSC1とSSH1について調べ,SSH1がミトコンドリアDNAの複製に必要であることを示唆した。
 ミトコンドリアや小胞体に存在するシャペロン蛋白質による,蛋白質の輸送やおりたたみについての報告,そのほかのシャペロン,例えばHSP90,DnaJ,Small HSPs,cis-trans prolyl isomerase,protein disulphide isomerase等について各種の報告がなされた。これら多様な報告が示していることは,様々な蛋白質が細胞内の様々な部位あるいは時期で,様々なシャペロンを必要としているということであろう。これまでよく調べられている共通性の高いシャペロンに加え,特異的シャペロン,また既知の蛋白質の中でシャペロンの概念に当てはまるものなど,これからさらに増えていくと思われる。

シャペロンの発現と活性化の調節

 HSPの発現を調節している因子として,大腸菌ではσ32およびσEがある。"classical"な調節因子σ32とは異なる新たな因子σEは,periplasmにおいてストレスに応答し,外膜蛋白質の過剰発現により特異的に誘導される(Grossら)。例えば,細胞膜が外界の変化をまず初めに受け取る場合は,σEが重要となると思われる。また,真核細胞の熱ショック転写因子(HSF)の構造や機能,調節等についても報告がなされ,HSF1の転写活性にはセリンのリン酸化および多くの塩基性残基が必要であることが報告された(Morimotoら)。
 HSFの調節の下で熱ショック遺伝子の転写が活性化するが,ストレスをまず初めに感じとるセンサーはHSF自身,あるいはHSP70であるのか,他にもあるのか,シャペロンの発現制御に関してさらなる解明が待たれるところである。

ストレス応答:傷害から細胞を保護する成分

 Lindquistらはリポーター蛋白質としてルシフェラーゼを用い,細胞内の変性蛋白質の凝集を解離させ再活性化する際に,HSP104が酵母細胞において必要であることをこれまでに報告してきた。今回in vitroでの検討を加え,変性したルシフェラーゼの再活性化にはYDJ1が共同的に働くことが必要であることを示した。またトレハロースが変性蛋白質を安定化することにより凝集を防いでいることも示した。分子シャペロンによる連携プレーの解明が期待される。

病気および病理におけるストレス蛋白質の役割

 病気とストレス応答,ストレス蛋白質との関係については,今回のミーティングで10題の口頭発表が行なわれた。演題だけいくつかあげておく。
 老化と熱ショック因子(HSF1)との関連性,アルツハイマー病のアミロイド形成に対するHSPの作用について,心筋細胞の虚血傷害におけるSmall HSPの作用について,HBVやHIVのcapsidの会合におけるTCP-1関連ポリペプチドの関与について,ストレス蛋白質様の構造を持つ新規ポリペプチドの神経細胞に対する保護作用についてなど,様々な分野にまたがって疾病や細胞病理との関連性についての報告がなされた。
 分子シャペロンの機能から考えれば,ストレス蛋白質が生体内の恒常性維持において重要な役割を担っていることは容易に想像でき,今後はこのような医療に密着した研究の増加が望まれる。最近話題となっているプリオンについては,今回のミーティングでは2題ほどであったが,プリオン蛋白質と分子シャペロンの関係については今後活発な研究が行なわれるであろう。実際,今年7月のストレス蛋白質に関するゴードンカンファランスでは,スクレイピーや狂牛病に関するセッションが設けられている。
 また,来年7月にハンガリーのブダペストにおいて,セリエの生誕90年を記念した国際会議 "Stress of Life:Stress and Adaptation from Molecules to Man"が開催され,ストレス応答に関する様々なセッションが予定されているそうである。
 このミーティング参加にあたり,金原一郎記念医学医療振興財団から研究交流助成をいただいたことに感謝申し上げます。