医学界新聞

消化器癌の遺伝子診断とその治療への展開

第48回日本消化器外科学会より


外科医はなぜ遺伝子に関心を持つか

 近年,分子生物学の飛躍的な発展により,癌の発生,進展に関与する遺伝子や転移・浸潤のメカニズムなど徐々に解明されつつある。さる7月18-19日の両日,東京の京王プラザホテル,NSセンタービルにおいて,遠藤光夫会長(東医歯大教授)のもとに開催された第48回日本消化器外科学会では,それを反映して,シンポジウム「消化器癌の遺伝子診断とその治療への展開」(司会=浜松医大教授 馬塲正三氏,熊本大教授 小川道雄氏)が企画された。
 小川氏は冒頭に,「外科医がなぜ遺伝子に関心を持つのか?」を自ら設問し,それに対して,(1)末期癌,再発癌を診る機会が多いこと,(2)手術で試料を入手しやすいこと,(3)研究結果を治療結果,進行度と対比できること,(4)外科医は「証拠」を常に求められるトレーニングを受けていることなどが理由にあげられると述べた。
 最初に上田政和氏(慶応大)が,癌細胞の検出法としてのRLGS(restrection landmark genomic scanning)法の臨床的意義をテーマに登壇した。癌の発生・進展には多数の遺伝子が関与するため,多数の遺伝子を1度にスクリーニングできる方法が望ましい。上田氏は,ヒトゲノム上の数千の座位が1枚のゲルで同時に検出できるRLGS法が遺伝子異常の全体像を把握するのに有効であるとし,本法によって新たな遺伝子診断の確立が期待できると解説した。
一方,微量な癌細胞検出に関して,林尚子氏(熊大)が「MASA(mutant-allele-specific-amplification)法による変異遺伝子の検出とその臨床応用」をテーマに報告。癌細胞の指標に,発癌に関与する遺伝子異常を用いると,癌の早期診断,浸潤,転移の判定に有効なことから,少量の変異遺伝子を鋭敏に検出するMASA法の臨床的意義を明らかにした。この方法では,1万個の正常細胞の中から遺伝変異を持つ1個の腫瘍細胞の検出ができ,現在林氏の教室では,(1)大腸癌の微小リンパ節転移診断,(2)膵液中の変異Kras遺伝子の検出(膵膿瘍性疾患の鑑別),(3)手術操作により散布された癌細胞の検出に応用されていることが述べられた。
 消化器癌の新しい原因遺伝子については,藤也寸志氏(九大)が,以前同教室で報告した高転移性乳癌細胞に高発現する癌転移関連遺伝子mta1を検索し,種々の消化器癌の発生・進展におけるこの遺伝子発現の臨床意義を検討した。藤氏は胃癌,食道癌,大腸直腸癌の各症例から癌組織と正常粘膜をとり,RT-PCR法でmta1遺伝子の発現を検索。その結果,mta1が高発現する消化器癌は臨床病理学的に進行度が高いことから,この遺伝子が消化器癌一般の悪性度評価に有用なことを示した。

遺伝子は癌の転移・再発予測に有効か

 続いて,山道啓悟氏(関西医大)が,癌の浸潤・転移に関与するといわれるCD44変異体(variant exon6を含むCD44変異体:CD44v6)mRNAの発現を胃癌において検索し,術前生検材料の検索で術後の転移・再発を予測できるかを検討した。胃癌組織におけるCD44mRNAの発現量をRT-PCR/サザンブロット法で検索したところ,特に再発例,遠隔転移例でv6の発現量の増加が認められ,また高発現群の予後は不良であった。氏はこの実験から,CD44v6mRNA発現量は転移,再発の危険性を予知する因子として術前の評価に有用であると述べた。
 この他新しい手法として,「アンチセンスDNAによるヒト胃癌細胞の増殖・浸潤・移転阻止の検討」を加治正英氏(金沢大)が報告した。アンチセンス法とはDNAからRNAへの転写,mRNAから蛋白への翻訳過程で,対象のmRNA配列に対して選択的に結合するDNAを用いて,遺伝子発現をブロックする方法。
 加治氏は,癌の増殖・湿潤・転移に深くかかわるc-met, AMFR遺伝子を対象としたアンチセンスDNAの制癌効果を検討。これらの遺伝子の過剰発現をアンチセンスDNAで制御することで,癌細胞の増殖・浸潤能を抑制できる可能性を示唆し,「手術,抗癌剤療法に加えて,将来的に,癌遺伝子をターゲットとしたアンチセンス療法が可能ではないか」と結んだ。
 シンポジウムでは,予定された3時間のうち1時間をディスカッションにあて,12人の演者が全員登壇すると,壇上やフロアとの活発な質問,議論が起こり,この分野における関心の高さをうかがわせた。