医学界新聞

第1回日本緩和医療学会開催

palliative medicineの専門的発展をめざして


 このほど,癌患者の全経過を対象としたQOL(quality of life)尊重の医学,医療である緩和医療(palliative medicine)の発展を目的として,日本緩和医療学会が発足。第1回の学会が,柏木哲夫会長(阪大人間科学部教授,淀川キリスト教病院名誉ホスピス長)のもと,さる7月25-26日に,札幌市のサッポロルネッサンスホテルにて開催された。学会では基調講演,特別講演,招待講演の他,「症状のコントロール:疼痛管理」,「症状のコントロール:最近のトピックス」,「Palliative Cancer Therapy(癌緩和療法)とは?」,「サイコオンコロジー」,「哲学と倫理」の5つのセッションが行なわれ,多くの参加者が各演題に熱心に耳を傾けた。


 末期癌患者のQOLを尊重する考え方は,これまでホスピスケアやターミナルケアなどの形で発展してきた。今回発足した日本緩和医療学会は,医学の進歩に即応する専門性を持ったpalliative medicineの確立をめざし,(1)生物学,(2)精神・心理学,(3)社会学,(4)哲学・倫理学,(5)看護学,(6)その他の各医学専門分野を包括した学際的・学術的研究,実践,教育を行なうために設立に至ったもの。
 学会の開催発表後は事務局の予想を大幅に上回る参加希望者があり,会場変更を余儀なくされた他,当日も多くの立ち見が出るなど,医療関係者の関心の高さが浮き彫りになった。

真の緩和医療に必要なもの

 基調講演「パリアティブ・メディシンの構築に向けて」では,柏木会長により,palliative medicineの定義や考え方,また日本緩和医療学会の意義などについて述べられた。柏木氏はこの中で「真の緩和医療には“考え方,心”と“知識,技術”という2つの中心が必要」と指摘。どちらかに偏りすぎると緩和医療がいびつになると述べ,学会の方向性を示唆した。また,患者の「全人的な苦痛」(身体的,社会的,精神的,霊的苦痛)の緩和について,長年ホスピスに携わった経験から解説。緩和医療を支える「積極性」にも言及した。
 柏木氏はさらに,大学講座の設置などを含む緩和医療の教育と研修の必要性を強調。最後に「将来,緩和医療が医学・看護の重要な部分に位置づけられるのではないか。この学会がそのエネルギーになればありがたい」と述べて講演を結んだ。
 この他,特別講演「がん診療の現状」では,阿部薫氏(国立がんセンター総長)が日本における癌の治療,予防,疫学,また情報などについて報告。この中で,緩和医療においては様々な身体症状の機序の解明が適切な治療につながるとして,「緩和医療の進展のためにもっと内科学を学ぶことが重要ではないか」との指摘がなされた。
 また招待講演の演者であるRussell K. Portenoy氏(アメリカ,スローンケタリング記念癌センター)からは,オピオイドによる癌性疼痛治療の原則と実践が述べられた。

将来は学会として疼痛緩和のガイドラインを

 セッション(1)「症状のコントロール:疼痛管理」(司会=札幌医大教授 並木昭義氏,国立がんセンター中央病院 平賀一陽氏)では,緩和医療で大きな位置を占める疼痛の緩和について,いくつかの側面から現状が報告された。
 まず濱口恵子氏(東札幌病院副看護部長)は,「疼痛緩和において最も不十分でかつ最も重要な」疼痛アセスメントについて,東札幌病院の初期アセスメント用紙と24時間のフローシートを用いた活動の効果と意義を紹介した。
 続いて平賀氏が,モルヒネおよびモルヒネ代謝物の薬物動態について解説。モルヒネ製剤の剤型別血中濃度の推移や投与法などについて述べた他,モルヒネ代謝産物M-6-Gの効果について「鎮静効果はあるが鎮痛効果は少ない」と疑問を示した。
 一方,モルヒネの副作用対策については,志摩泰夫氏(国立がんセンター東病院)が報告。「副作用は医師がモルヒネ使用をためらう大きな理由の1つであり,モルヒネの臨床的普及には副作用の理解が不可欠」として,各副作用への(1)予防的対処(嘔気・嘔吐,便秘),(2)経過を見ての対処(眠気,排尿困難,精神症状),(3)緊急の対処(呼吸抑制)に分けて薬物投与を中心に解説した。
 鎮痛補助薬としての抗痙攣薬と抗うつ薬,ステロイドに関しては,小川節郎氏(日大助教授)がその適応と評価を検討。抗痙攣薬は神経障害に伴う鋭い痛みに効果があることなどを述べた。さらに,太田孝一氏(札幌医大)は,麻酔科的除痛法(神経ブロック療法)について報告。モルヒネによる疼痛管理の補助的療法として用いた場合のQOL向上における効果を紹介し,「一時的に痛みがコントロールできるため,集学的・包括的治療が可能」と述べた。
 各演者の発表ごとに会場からの質問が相次ぎ,また,その後のディスカッションでは各演者ごとに質問紙による質疑応答と,コメンテーターからの補足がなされた。どの演者にも臨床に直結した質問が多く寄せられ,疼痛管理に対する関心の高さがうかがえた。最後に司会の並木氏が,近い将来,学会として疼痛緩和のガイドラインを出したいとの考えを明らかにした。
 なお会期中に開かれた総会では,柏木氏が学会理事長に就任することが確認された。また,次回の学会(会長=国立がんセンター東病院長 海老原敏氏)は,明年3月27-29日に,第10回日本サイコオンコロジー学会(会長=志摩泰夫氏)との合同で開催され,阿部薫氏が合同大会長を務めることが決まっている。

日本緩和医療学会の目的と意義
 がん患者の全経過を対象としたQOL尊重の医学,医療であるpalliative medicineの専門的発展のための学際的かつ学術的研究を促進し,その結果を広く医学教育と臨床医学に反映させることを目的とする。
 上記の活動はがん医療全分野にpalliative medicineの重要性を示し,それを専門分野とする専門家の誕生を促し,ひいては世界のがん患者の全人的苦悩(total suffering)が緩和されることを意味するものである。
(日本緩和医療学会創設趣意より抜粋)