医学界新聞

 連載 イギリスの医療はいま

 第5回 イギリスの看護職

 岡 喜美子 イギリス在住(千葉大学看護学部看護学研究科修了)


 イギリスで看護婦(RN:Registered Nurse)になるにはDiplomaとDegreeの2つのコースがある。前者は3年間看護学教育を受けてRN資格を得るものであり,後者は大学で3~4年間の看護学教育を受けて,RNの資格とともに学士号(Bachelor of Nursing)を取得する。現在は准看護婦養成は廃止されているので看護婦(first level nurse)の養成教育は看護学教育として一本化されている。
 看護学教育の内容としては,両コースとも大差はない。3年制の前半は一般基礎教育課程として,看護職に必要な基礎的学問である生理学,解剖学,心理学,社会学,看護理論などを学び,後半は成人,小児,精神看護および心身障害者看護を実習を交えて学習する。4年制の場合は助産学,地域看護学,癌看護,学校保健,産業看護など,より専門的な分野を選択して学習できるところもある。
 両方のコースの違いは,大学教育のほうが入学条件がやや難しいことと,学費が高いことである。それでも政府は看護婦の養成に力を入れており,誰でも受けることのできる奨学金制度を用意しているため,一般の大学生よりは看護学部の学生のほうが経済的には恵まれていると言えよう。

看護婦の大学教育の推進

 今年の5月,ロンドンの聖トーマス病院にあるナイチンゲール看護学校で最後の卒業式が行なわれた。1860年にナイチンゲールによって創設された由緒ある看護学校も,時代の趨勢によって130年の歴史に幕を閉じることになった。来年からはロンドン大学看護学部に吸収され,看護婦の大学教育に貢献していくことになる。
 かつてアメリカが非常な早さで看護婦養成教育を大学教育に移行していったのに対し,イギリスではその動きは遅々として進まなかった。向学心に燃える看護婦はこぞって渡米し,学士,修士,博士号を取得してイギリスに戻り,後進の指導にあたった。
 これはもともとイギリスに大学が少なく,15年前までは大学進学率は約8%ほどで,大学はアカデミズムの牙城であり,エリートの養成機関であったことにも起因している。
 しかし1980年代から進められた大学改革により,以前は専門学校扱いであったポリテクニックが大学に昇格・統合され,大学の数も現在では約100を数えるまでになった。大学進学率も約33%に上昇し,看護婦の大学教育が一挙に推進された。現在では看護教員は全員看護学士以上の学位を持たなければならないので,学士号取得のために自分の学生と一緒に改めて大学教育を受ける「先生」もいる。

フレキシブルな継続教育

 日本では看護専門学校の卒業生が学士号を取得したい,あるいは大学院で勉強したいと思っても,教育制度の違いからまるで振り出しに戻るように大学受験からスタートしなければならない。自分の専門とは関係のない受験科目を改めて勉強する大変さに進学をあきらめてしまう人も多い。しかしイギリスではこのような問題がなく,学びたい人には多種多様の道が開かれている。例えばRNの資格を持っている人が看護学士号を取得したい場合,大学で1~2年のフルタイムコースを取るか,通信教育やパートタイムの学生として働きながら大学教育を受けることができる。また放送大学で単位を積むことも可能である。
 看護学士号だけでなく,助産婦,保健婦,地域看護婦などの専門資格取得のための継続教育や大学院教育も盛んで,驚くほどたくさんのコースが大学で開かれている。また准看護婦養成廃止に伴い,現役の准看護婦(EN)がRNに昇格するためのコースも用意されている。
 これらのどのコースをとっても入学はいたって簡単である。受験のかわりにインタビューがあり,そこで大学のコンサルタントと面談して学習年数や取得科目を決めていく。したがって個人の教育的背景や臨床経験年数の違いによって選択するコースが変わってくる。特にイギリスは経験を重んじるお国柄なので,臨床経験の豊富な看護婦ならば1年間の大学教育で学士号が取れたりする。実際,日本からの留学生で専門学校卒の場合,普通は2年,臨床経験が長いと1年で学士号が取得できる。その後は大学院に進めるので,日本人にもイギリス留学はお勧めである。
 このようにイギリスの看護婦教育は大変フレキシブルであり,学びたい人にはいくらでも門戸を開き,就学しやすいように多岐にわたる教育プログラムを提供している。日本の硬直化した教育制度を見るたびに,イギリスからこの柔軟性を学んでほしいと思うのである。